第38話「片付けたあとに残るもの」
朝、三上商店の前を通ると、いつものように豆腐の木箱が店先に並んでいた。白い湯気が立つ鍋の匂いと、乾いた新聞紙の匂いが混じる。路面電車が角を曲がるたび、店の軒先の風鈴が小さく鳴った。
その「いつも」の中に、最近、妙な隙間が増えている。
たとえば、壁に貼られていたはずの映画のポスターが、翌日には跡形もなく剥がされている。貼り替えた人もいないのに。紙の痕も残っていない。
たとえば、通い慣れた道の角にあった鋳物の郵便受けが、ある朝、何もなかったみたいに消えている。
消える、という言葉が、生活の中で少しずつ軽く使われ始めているのが怖かった。
「灯子、持ってく?」
三上のおばさんが、紙袋を差し出した。中身はパンの耳と、今日の惣菜の切れ端。幻灯局に寄付してくれる、ありがたい“生活の延長”だ。
「ありがとうございます。花さんに渡します」
「最近、花屋のほうも忙しそうねえ。あの市場の人たち、こっちまで来てるんでしょ」
私は、言葉を選びながら頷いた。
「仮設の商店街ができたって。……もう、工事がだいぶ進んだみたいで」
「そう」
三上のおばさんは、顔をしかめるような笑いを浮かべた。
「工事ってねえ、いつも“始まったら早い”のよ。決まるまでが長くて、決まったら、あっという間」
その“あっという間”の中に、人の暮らしが丸ごと入っていることを、この街は知っている。知っているから、笑い方が苦い。
紙袋を抱え直し、私は路面電車に乗った。吊り広告はいつも通り、映画と美容院と、河畔石畳地区の保存を祝う観光キャンペーン。
その下で、誰かがぽつりと「高架下、もう何もないらしいよ」と言った。
誰に向けた言葉でもないのに、耳に刺さった。
◇
幻灯局の事務所では、御影さんが窓際でフィルムの箱を整理していた。相変わらず、手元の動きが静かで、無駄がない。
「来ました。三上商店から」
「ありがとうございます」
御影さんは紙袋を受け取り、棚の端に置いた。
「……今日は、高架下へ」
「はい」
短い返事だけで、胸の奥が固くなるのが分かった。
あれから数週間。撤去予定の告示が出て、説明会があって、赤い線が引かれて、写真が“証拠”になりそうだと話して――その間にも、工事は淡々と進んでいった。
行政の言葉は、いつも「段階的に」だ。段階的に撤去、段階的に支援、段階的に再開発。段階的という言葉の中に、誰かの段取りと、誰かの都合が隠れている。
「最後の確認撮影です」
御影さんが言う。
「現場がどう変わったか。残っている痕跡が何か。……“残ってしまうもの”も」
“残ってしまうもの”という言い方が、妙に引っかかった。残すのではなく、残ってしまう。意志ではなく、余り。
相馬さんが遅れて入ってきた。いつもより帽子を深くかぶっている。手には、折り畳んだ地図のようなもの。
「現場、もう中に入れない区画が増えてる。安全管理の札が出てるからな」
「入れるところだけでも」
御影さんが淡々と言った。
相馬さんは頷いたが、目が笑っていなかった。
「“入れるところだけ”……便利な言葉だ。線のこちら側だけ、ってな」
その言い方は、ただの皮肉ではなかった。自分に言い聞かせるみたいに聞こえた。
そして、花からの伝言がメモで机に置かれていた。
『仮設商店街の花屋に寄ります。市場の人、今日も何人か来るって。時間あれば顔出して』
私はそのメモをポケットに入れ、カメラバッグの肩紐を握り直した。
◇
高架下市場に着くと、風がまず変だった。
あの場所の風は、いつも油と魚と、濡れた段ボールの匂いを運んできた。人の声と、包丁の音と、呼び込みの声が混ざっていた。
今は、土埃の匂いがする。コンクリートの乾いた粉の匂い。鉄の切り口の匂い。
高架の下に立った瞬間、私は自分が音を探していることに気づいた。
シャッターを上げる“ガラガラ”という音。子どもの笑い声。ビニール袋の擦れる音。
どれもない。代わりに、遠くで重機のエンジンが低く唸り、金属が擦れる高い音が時折響く。
かつて通路だった場所は、ただの広い空間になっていた。
屋台の密度はなく、天井の蛍光灯は外され、配線だけがむき出しで垂れている。コンクリートの床には、どこを歩けばいいのか分からないほど線が増え、しかしどれも「道」ではない。
柱に近づくと、赤いスプレーの跡だけが残っていた。
撤去予定区画を示していた、あの線の断片。塗料がコンクリートのざらつきに染み込み、乾いた血の痕みたいに見える。
「……市場の“あと”って、意外と何も残らないんですね」
思わず口から出た。
御影さんは、赤い跡を見つめたまま言う。
「残らないようにするのです」
「え」
「撤去というより、片付けです。片付けてから壊す。片付けることで、痕跡が薄くなる。……薄くなった痕跡は、反論しにくい」
相馬さんが、地面にしゃがみ込み、コンクリートの割れ目を指でなぞった。
「本当は、もっとぐちゃぐちゃにいろんなものが残るはずなんだ」
土埃が指に付く。
「昔はこういう現場、片付ける余裕なんてなくて、生活の破片がそのまま出てきた。鍋とか、椅子とか、子どもの靴とか……。
でも最近は、きれいにする。きれいにして、何もなかったみたいにする。……技術だよ。痕跡を消す技術が洗練されてる」
私はシャッターを切った。広い空間、むき出しの配線、柱の赤い跡。
ファインダー越しに見ると、そこは“工事現場”として成立してしまう。生活の温度がない。
(写真は、温度を写せるって、御影さんは言った。じゃあ今、この温度のなさは、写せるのだろうか)
私は、赤い跡に近づき、できるだけ画面いっぱいに収めた。
線は途中で途切れている。途切れているのに、線の役割だけがまだ残っている。こちら側と、あちら側を分ける感覚だけが残っている。
そのとき、相馬さんが顔を上げた。
「見てみろ」
彼の指差す先、コンクリートの壁に、四角い“空白”があった。
「看板の跡だ。外した跡だけ残ってる」
そこは、以前、古い看板がかかっていた場所だ。私は、あの看板が“写真の中だけ残っている”のを見た。
今、現実は当然のように空白で、空白の輪郭だけがきれいに整っている。
空白のきれいさが、妙に不気味だった。
◇
次に向かったのは、仮設商店街だった。
高架下から少し離れた場所に、プレハブの店舗がずらりと並んでいる。
上に簡素な看板が掲げられていて、太い文字で「仮設商店街」。
その下に、かつての市場の常連だった人たちが、小さな人混みを作っている。
“きれいな場所を用意しました”という行政の言葉は、外見としては確かに正しい。
プレハブは新しく、床は水平で、雨漏りはしない。通路は広い。消防の点検済みの札が貼られている。
けれど、音が違う。匂いが違う。
声が、どこか遠慮がちだ。屋台の距離感が、生活というより規格に合わせて並べられている。
花が、小さな花屋の前で元市場の人たちと話し込んでいた。
花束ではなく、仏花に近いものが多いのが、胸に刺さる。ここでは、祝いより弔いの需要が先に立っているのかもしれない。
「灯子」
花が気づいて手を振った。
「こっち、元魚屋のおじさん。前に八百屋の隣だった人」
元魚屋の男は、荒れた手で頭を掻きながら笑った。
「写真の人だろ。あんた、あの日、ずっと通路歩いてた」
「……はい」
私は少しだけ頭を下げた。
「“前よりきれいな場所を用意しました”って言うけどなあ」
男は、プレハブの白い壁を軽く叩いた。
「あそこには、雨漏りごと、ゴミ溜まりごと、いろんなもんがあったんだよ。
きれいにすると、息ができるのは楽だけど……」
言い淀み、男は笑い方を変えた。
「なんて言うか。“本当にあったのか”分からなくなる。そういう気持ちになるんだ」
花が、ゆっくり頷いた。
「……全部きれいにすると、空気もきれいになるけど、思い出まで薄くなるね」
私はカメラバッグから、何枚かプリントした写真を取り出した。御影さんと一緒に現像して選んだものだ。
シャッターを上げる手。子どもの落書き。古い看板。通路の光と影。
「これ……市場の」
男の目が、写真に吸い寄せられた。
しばらく黙って、ページをめくるみたいに一枚ずつ見ていく。
隣では、別の元店主が無言で写真を受け取り、胸の前で押さえるように抱えた。
涙ぐみながら笑う人もいれば、何も言えずにただ頷くだけの人もいる。
反応がさまざまなのが、救いでもあり、つらさでもあった。
同じ場所でも、抱えているものは同じじゃない。だから「これでよかった」とは言えない。
「……ありがとう」
元魚屋の男が、写真の端を指で撫でた。紙が少しだけ震えた。
「こういうのがあると、“あそこにいた”って言える」
私は喉の奥が熱くなるのを感じた。
“言える”というのは、誰かに向けての言葉だ。自分に向けてでもある。
何かが消えたあとに残るのは、結局、「言えるかどうか」なのかもしれない。
◇
夕方、幻灯局に戻ると、机の上に封筒が置かれていた。市の印。
御影さんが開け、内容を読み上げる。
「撤去完了の報告と……写真記録の寄贈の打診です。公文書館へ。都市史研究のため、と」
相馬さんが鼻で笑った。
「都市史研究、ね」
御影さんは、続きの文面を読み、眉をわずかに寄せた。
「……“市場に関わる苦情や訴訟リスクに備えて、全体像を把握しておきたいという意味もあります”」
書き方が妙に正直だった。あるいは、正直であるふりをしている。
「つまり、こっちが撮った写真を、行政側の“備え”に使いたいってことだ」
相馬さんの声が低い。
「都合のいい証拠、ってやつに」
私は、机の上に広げたプリントの束を見た。
市場の人たちのために撮った写真。依頼人との約束で撮った記録。
それを、行政の棚に並べる――そのことの重さが、ようやく実感として落ちてきた。
写真は物だ。物は置かれる。
置かれる棚によって、物語が変わる。
「写真は、どこに置かれるかで意味が変わってしまいます」
御影さんが静かに言った。
「市場の人たちのために撮ったものを、誰の棚に並べるべきか――それが問われています」
そこへ、ノックもなく扉が開いた。九条さんだった。
疲れた顔のまま、でも歩き方は迷いがない。
「……来たの、これか」
封筒を見て、彼は苦い顔をした。
「公文書館に寄贈しろ、ってやつ」
「九条さん、知ってたんですか」
「編集部に話が回ってきた。市は“透明性のため”とか言ってるけど、実際は“管理のため”だろうね」
九条さんは椅子に腰を下ろし、頭を抱えた。
「文章も写真もさ、結局“公的”に取り込まれると、勝手に“正しさ”の顔をし始めるんだ」
御影さんが、言葉を整えるように言う。
「寄贈を断ることもできます。ただ……」
「断ったら断ったで、“隠している”って言われる」
九条さんが即座に返した。
「書かないと“知らんぷり”。出すと“利用”。地獄だね」
沈黙が落ちた。
窓の外で、路面電車の音が遠くに聞こえる。いつもの音が、今日は薄く聞こえる。
私は、プリントの束に指を触れた。
紙の冷たさが、妙に現実的だった。
「……全部をどこか一箇所に任せてしまうんじゃなくて」
自分の声が、少し震えているのが分かった。
「いくつかの場所に、分けて置いておくことは、ズルいでしょうか」
相馬さんが、こちらを見た。御影さんも。九条さんも。
ズルい、という言葉が先に出たのは、自分の中に罪悪感があったからだ。
どちらか一つを選べない弱さ。責任を分散してしまう逃げ。
でも同時に、それしかない気もしていた。独占させないために。
九条さんが、ゆっくり笑った。
「むしろ、それがいちばんフェアなやり方かもしれない」
「フェア……」
「どこか一つの“物語”に独占させないためにはね。
行政の物語にも、住民の物語にも、幻灯局の物語にも。
全部が少しずつ持ってて、全部が少しずつ不完全でいる方が、“正しすぎる証拠”より信用できる」
御影さんが、考え込むように目を伏せた。
「住民側の記録……冊子にして配る。
公的記録としては、最小限の寄贈。解説を付け、撮影の経緯を注釈する」
相馬さんが、頷く。
「全景と通路数枚だけ。生活の顔が分かる写真は、住民の手元に残す。
……それなら、“武器”になりにくい」
「それでも、“武器”にされる可能性はあります」
御影さんが言う。
「ですが、注釈があれば、少なくとも“どう撮られたか”は残ります。文脈の一部が棚に置ける」
私は、ふっと息を吐いた。
決める、ということは、誰かの線を引くということだ。
でも、今引こうとしている線は、高架下の赤い線とは違う。雑に引かれた「ここから先は消す」の線ではなく、雑に引かれないようにするための線。
それでも、線であることは変わらない。
◇
その夜、幻灯局の暗室に赤い光が灯った。
液面から、写真がゆっくりと浮かび上がってくる。
かつての市場の通路。屋台の密度。人の気配。
私は、できあがったプリントを一枚ずつ乾かしながら、冊子の構成を考えた。
写真だけではなく、短い言葉も添える。店の名前。年数。あの日聞いた一言。子どもの背の線。落書きの場所。
“危険度ランク”の外側にあったものを、なるべく落とさないように。
裏表紙に入れる一文は、御影さんが提案した。
『ここにあったことを、あなたと私たちが覚えている』
その文章を見て、私は胸の奥が少しだけほどけた。
覚えている、というのは、未来への約束ではなく、今ここにいる者同士の握手だ。
冊子ができあがった翌日、私と花で仮設商店街を回った。
元店主たちに一軒一軒渡し、ページをめくる指先を見守った。
古い手が、ページをめくるたび、高架下の風景が現れる。
ページの端が、少し震えている。
震えが止まらない人もいれば、途中でふっと笑って「これ、うちの棚だ」と言う人もいる。
“ここにあった”ことが、紙の上で呼吸していた。
同じ頃、御影さんと九条さんは公文書館へ行った。
寄贈するのは薄いファイル一つ。全景写真と数枚の通路写真。
そして、解説文。
『本記録は、立ち退きを前に住民からの依頼により撮影されたものである。撮影は生活の証拠を目的とし、行政判断の材料として作成されたものではない』
それを、蛍光灯の白い光の下で、無機質な棚に差し込む。
公文書館の書庫は静かで、音が吸い込まれるようだった。
ファイル群が整然と並ぶ棚の一角に、「高架下市場・撤去前記録」と書かれた薄いファイルが入る。
棚の奥で、蛍光灯の光が少しだけチラついたという。
それが偶然かどうか、御影さんは最後まで言わなかった。
◇
最後の確認撮影を終えた日、私はもう一度、高架下の更地に立った。
夕方の光が、鉄骨の影を長く伸ばす。
人の声がない。
重機の音も、今日は止まっている。
私は遠景から一枚撮った。
鉄骨とコンクリートの床だけになった空間。
柱の赤いスプレーの断片。
赤い跡は、風雨で少し薄くなっている。
それでも、まだそこにある。
線としての役割は終わっているのに、線の痕は残っている。
(片付けたあとに残るものは、こんなふうに“薄い”のか)
薄いからこそ、見落とされる。
見落とされるからこそ、誰も責任を持たない。
シャッターを切ったあと、私はカメラを下ろし、しばらくその空間を眺めた。
何もない。だから、何もなかったことにされる。
その流れに抗うために、私たちは今日も“物”を作る。紙に、像を焼き付ける。
帰り道、路面電車の窓に、自分の背中が映った。
その向こうに、高架の影が流れていく。
喫茶「花」に寄ると、花が棚の端に新しい冊子を並べていた。
商品ではない。値札のない冊子。けれど、手に取った人は必ず表紙を撫でる。
「置くの?」
私が尋ねると、花は頷いた。
「仮設商店街の人が、ここにも置いていいって言ってくれた。
“こっちの客にも見せたい”って」
「……いいですね」
「うん。どこか一つに閉じ込めないほうが、いい気がする」
花は、コップの水を拭きながら言った。
「消える街ってさ、消える前より、消えたあとに“本当にあったんだっけ”ってなるのが怖いんだよね」
私は、棚の端の冊子を一冊手に取った。表紙はシンプルで、でも紙は少しだけ厚くした。触れたときに、「物」として残るように。
ページをめくると、シャッターを上げる手が写っている。
次のページに、子どもの落書き。
次のページに、看板。
私は最後のページまでめくり、裏表紙の一文を指でなぞった。
『ここにあったことを、あなたと私たちが覚えている』
窓の外で、路面電車のベルが鳴る。
いつもの音。
でも、そのいつもの音が、今日は少しだけ遠く感じた。
遠く感じるぶんだけ、私は冊子を棚に戻す指先に力を込めた。
薄い痕跡は、放っておけばすぐ消える。
だから、置く。分けて置く。何度でも。
喫茶の蛍光灯が、ほんの一瞬だけチラついた気がした。
私は顔を上げ、何も言わずにその光を見つめた。
影が落ちる前に、もう一度、記録の置き場所を確かめるように。




