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帝都幻灯局 ― 失われた街を撮る者たち ―  作者: 灯坂 フィルム


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第33話「紙面に引かれた線」

 朝の路面電車は、いつもより少しだけ静かだった。


 吊り革につかまる人の手。

 膝の上に乗せられた通勤鞄。

 眠そうに窓の外を眺める学生。


 そのあいだを、紙の擦れる音が、同じリズムで繰り返されていた。


 ぱさり。

 がさり。


 行き先表示の下に吊られた広告の代わりに、車内のあちこちで、同じ新聞の見出しが光っている。


『帝都から消えた路地——

 それでも残すべき場所はどこか』


 太い文字が、一面の上のほうに踊っていた。


 吊り革の向こう側に立っているサラリーマンが、その見出しのページを広げる。

 座席に腰かけた老夫婦が、半分に折った同じ紙面を覗き込む。


 どこを見ても、同じ文章が目に入る。


(……出たんだ)


 胸の奥が、少しだけざわついた。


 九条さんが、ここしばらく「そろそろ勝負かけたい」と言っていた、大きな特集記事。

 ゲラを何度も抱えて、額にしわを寄せていた姿を思い出す。


 私の立っている位置からだと、紙面の細かい文字までは読めない。


 でも、写真だけは、ちらりと視界に入った。


 階段の多い坂道。

 洗濯物の揺れる路地。

 夕暮れの商店街。


 見覚えのある光景が、いくつも並んでいる。


(これ……)


 胸の奥が、きゅっと狭くなった。


 ちょうどそのとき、電車が停留所に差しかかる。

 ブレーキの音と一緒に、窓の外の景色が少し揺れた。


 私は、吊り革から手を離して、降車ボタンにそっと触れた。



 喫茶「花」のドアを開けると、いつものベルの音と、一緒にコーヒーの香りが押し寄せてきた。


「いらっしゃい」


 カウンターの向こうで、花が顔を上げる。


 店内のテーブルにも、さっき電車で見たのと同じ新聞が広げられていた。

 一人客がカップを傾けながら、見出しのページを熱心に追っている。


「……もう読んだ?」


 花が、私の顔色を見て訊ねた。


「いえ、電車で見出しだけ。ここで、ちゃんと読もうかと」


「じゃあ、好きな席どうぞ。コーヒーでいい?」


「はい。薄めでお願いします」


 私はいつものカウンター席に腰を下ろし、新聞を一部引き寄せた。

 紙面を広げると、木目のカウンターの上に、路地の写真が大きく広がった。


「……」


 思わず、息を飲む。


 薄い石畳。

 斜めに伸びる階段。

 両脇に並ぶ家々の、古びた窓枠。


 ついこのあいだまで、何度も通った路地だ。


 坂の途中で、子どもたちが遊んでいた。

 洗濯物が風に揺れていた。

 夕暮れになると、路面電車の音が、遠くから微かに聞こえてきた。


 今は、もうフェンスに囲まれて、立入禁止になっている場所。


 その光景が、紙の上で、綺麗に切り取られていた。


「……これ、あの坂の路地ですよね」


 声に出すと、花がうん、と頷いた。


「そうだね。ほら、ここ」


 花はスプーンの柄で、写真の端を指さす。


 画面の左下。

 ほんの小さなスペースに見えている、三角形の屋根。


「うちの近くの路地も、ちょっとだけ紛れ込んでる」


「あ……本当だ」


 喫茶「花」のある通りを抜けた先の、細い路地。

 私が初めて幻灯局に来た日、迷い込んでしまったところだ。


 そこが、画面の隅で、ひっそりと息をしている。


 写真の下には、小さな文字でキャプションが添えられていた。


『坂の多い住宅街の一角。

 路面電車と共に暮らしてきた路地は、再開発に伴い姿を消した』


 文章自体は、事実だけを書いている。


 その隣には、別の写真が載っていた。


 屋台が並ぶ路地。

 提灯。

 濡れた石畳。


 どこか懐かしい雰囲気をたたえた、夜の商店街。


『「昭和の香り」が残る商店街。

 いまも近隣住民の生活を支えるこの通りは、地域の声により再開発から外れた』


 キャプションの最後には、小さく「残すべき街の一例」と書かれていた。


 その見出しの下に、さらに小さなブロックがいくつか続いている。


 高架下市場の写真。

 バラックが密集した一角の、遠景。

 仮囲いの隙間から覗く、工事前の道路。


 そこに添えられた言葉は、少し違っていた。


『安全面の課題が残るエリア』

『治安の懸念から、以前より問題視されていた地区』


 文章は慎重な言葉を使っている。

 けれど、読み手の目には、「危ない」「仕方ない」という印象だけが残りそうだった。


 そのうちの一枚に、見覚えのあるアングルがあった。


 高架下の柱と、裸電球と、露店のテント屋根。

 その端に、小さく「立入禁止」の札が写り込んでいる。


(……昨日、私が撮ったやつだ)


 無意識に、指先が写真の縁をなぞっていた。


 クレジットはない。

 「提供・帝都新聞」とだけ記されている。


「どう?」


 カウンター越しに、花がカップを置きながら訊ねる。


「記事、自体は……どう思う?」


「……問いかけていることは、分かります」


 私は慎重に言葉を選んだ。


「『どんな街も平等に守られるべきだ、なんて綺麗事を言うつもりはない』って書いてありますし。

 “ここは残す”“ここは仕方ない”って線を引く権利は誰にあるのか、って」


 記事の最後の数行を、もう一度目で追う。


『どんな街も平等に守られるべきだ、なんて

 綺麗事を言うつもりはない。

 だが——

 「ここは残す」「ここは仕方ない」

 その線を引く権利は、本当に誰にあるのだろう』


 九条さんらしい、少し斜に構えた問いだ。


 それ自体は、私の胸にもきちんと響く。


 ただ——。


「“残すべき街”って、こういう見た目のところ、って……」


 私は、紙面の上で大きく扱われている写真を見下ろした。


 夕暮れの商店街。

 古い看板。

 提灯の赤。


「決めつけてないですか? 無意識に」


 花は、しばらく黙って紙面を見ていた。


「うーん……“こういうのが分かりやすい”っていうのは、あるかもしれないね」


「分かりやすい、ですか」


「“なんとなく良さそう”“守ってあげたい感じ”って、写真だけ見ても伝わりやすいじゃない?

 昔ながらの商店街とか、細い路地とか、路面電車が走ってる坂道とか」


 花は、カウンターの端に手を置いた。


「逆に、グレーのコンクリートとか、入り組んだ高架下とか、バラックとかは……

 やっぱり“危なそう”“ちょっと怖い”って印象のほうが先に立つと思う」


「それで、“安全面の課題”とか“治安の懸念”って、キャプションになるんですね」


「たぶん、書いてる人も、全部が全部悪気でやってるわけじゃないんだろうけど」


 花は、カップから立ちのぼる湯気を眺めながら言った。


「読んだ人の多くは、見出しと写真だけで判断しちゃうからね」


 私は、紙面の上をもう一度見渡した。


 “残すべき街”の側に置かれた写真たち。

 “課題のあるエリア”として扱われている写真たち。


 どちらにも、人が暮らしている。

 そこに通って、買い物をして、子どもを育てている人たちがいる。


 でも、紙の上では、「こっちは残したほうがいい場所」「こっちは整理されても仕方ない場所」というラベルが、すでに貼られているように見えた。


 ラベルを貼ったのは、誰だろう。


 記事を書いた九条さん?

 紙面を組んだ編集者?

 それとも、そんなラベルを求めている、見えない“読者”の影?


 コーヒーの表面に、新聞の白い面が淡く映り込んでいた。



 その日の夕方、幻灯局のドアが勢いよく開いた。


「おーい」


 九条さんの声だ。


「今日のスターは戻ってるか?」


「スター?」


 花がきょとんとした顔をする。


「俺の特集を、しっかり飾ってくれた写真の持ち主だよ」


 九条さんは、束にした新聞を片手に、ずかずかと事務スペースに入ってきた。


「ほら、これ」


 テーブルの上に、一面のページを広げる。


 その上に、さっき喫茶で見たのと同じ路地の写真が、どんと乗っている。


「……」


 私は少しだけ固まりながら、その紙面を見下ろした。


「ごめんね、事前に全部は話せなくて」


 九条さんは、片手を上げて小さく謝る仕草をした。


「でもさ、あの記事で、“何も知らない人たち”の目線をちょっとだけ変えられると思うんだ」


「……目線、ですか」


「そう。

 高架下のことも、礼拝堂のことも、坂の路地のことも。

 全部一度に説明したって、普段この辺に来ない人には、実感が湧かないだろ?」


 彼は、自分の胸ポケットから折り畳まれたゲラを取り出して、指先でとんとんと叩いた。


「だから、“とっかかり”になるような写真と話を、まず紙面に置いた。

 そこから、少しずつ興味を持ってくれればいい」


「……でも」


 私は、紙面をそっと畳みながら口を開いた。


「あの、“残すべき街”って……」


 言葉を選ぶのに、少し時間がかかった。


「“残すべき街”って、九条さんが、決めたんですか?」


 九条さんは、一瞬目を瞬かせた。


「決めてないよ」


 そう言って、笑う。

 いつもの、少し肩の力の抜けた笑い方。


「ただ、“こういう場所が消えていくのは惜しい”って例として出しただけ。

 ちゃんと本文読んだ? 問うてるだけだよ、“誰が線を引くのか”って」


「本文は、読みました」


 私は頷いた。


「最後の問いも、胸に残りました。

 “ここは残す”“ここは仕方ない”って線を引く権利は誰にあるんだろう、って」


「じゃあ——」


「でも、高架下の市場の写真には、“治安の懸念”って書いてありました」


 九条さんの言葉を、そっと遮る。


 彼は、一瞬だけ言葉を飲み込んだ。


「あれは……」


 口を開きかけて、閉じる。


「編集部が……いや」


 額にしわを寄せ、少しだけ目線を落とした。


「そう見えたなら、俺の責任でもあるか」


「九条さんの責任、ですか?」


「記事ってのは、見出しと写真で半分決まる」


 九条さんは、テーブルに片肘をつきながら言った。


「本文で何を書いたって、そこまでちゃんと読んでくれる人間なんて、そう多くない。

 だから、見出しを強くする。“危ない”“惜しい”“消えた”——そういう言葉を使う」


 彼は、紙面の「帝都から消えた路地」という文字を指でなぞった。


「“全部を公平に扱う記事”なんて、まず読まれない」


 淡々とした口調。


「読まれなきゃ、届かない。

 届かなきゃ、変わらない。

 ……その間で、いつもどこかが削られるんだよ」


 それは、たぶん、何度も自分に言い聞かせてきた言葉だったのだろう。


 机の上に置かれたゲラの端が、少しくしゃりと音を立てた。


 私は、うつむきかけた視線を少し持ち上げる。


「“削られる”ものの中に、私たちが撮ったものも入ってるんですね」


「……そうだね」


 九条さんは、素直に頷いた。


「幻灯局の写真を使うときは、出来るだけ文脈を外さないようにと思ってる。

 なるべく、“誰かにとって都合のいい一枚”になりすぎないようにって」


 彼は、窓の外にちらりと視線をやった。


「でも、それでも、紙面の枠は決まってるし、編集部の“分かりやすさ”の感覚もある。

 そこで、時々、俺の手の届かないところでラベルが貼られる」


 そのラベルを、彼自身も半分引き受けてしまっていることを、ちゃんと分かっている声だった。


 それでも、記事を書き続けている。


 その事実が、私の胸の中で、重くもあり、少しだけ眩しくもあった。


「……九条さん」


 私は、紙面をそっと撫でる。


「もし、私の撮った写真が、“危ないから仕方ない”っていうラベルと一緒に並んでいたとしても。

 それでも、九条さんは“目線を変えられる”って思えますか?」


 彼は、少しのあいだ黙り込んだ。


「すぐには、変わらないだろうね」


 やがて、静かに口を開く。


「一回の記事で、誰かの頭の中にある“帝都の地図”が書き換わるなんて、期待してない」


 彼は、自分の胸ポケットに、またゲラを押し込んだ。


「でも、“あれ?”って引っかかりが、どこかに一つでも残ればいいと思ってる」


「引っかかり……」


「例えば、今日の記事を読んだ誰かが、

 “高架下”って聞いたときに、“危ない場所”だけじゃなくて、“誰かが暮らしてる場所”ってイメージも、少しだけ思い出すようになるとか」


 九条さんは、私のほうを見た。


「そのとき、頭の中に浮かぶ画は、たぶん俺の文章よりも、君の写真のほうなんだ」


 そう言われて、私は返事に詰まった。


 自分の撮った一枚が、誰かの中に残るとしたら。

 それが、どんなラベルと一緒に記憶されるのか。


 それを、私は今、完全には選べない。


「……ずるいですね」


 口からこぼれたのは、そんな言葉だった。


「“読まれなきゃ届かない”って言われると、何も言い返せなくなります」


「ずるいよ。自覚はある」


 九条さんは、あっさり認めた。


「でも、ずるくないやり方でやっても、たぶん記事は紙面に乗らない。

 紙面に乗らなきゃ、今日みたいに電車の中で誰かが読んでくれることもない」


 彼は、肩をすくめて笑う。


「だから、そのあいだで、俺も毎回少しずつ自分の中の線を引き直してる。

 “ここまでは削ってもいい”“ここから先は削っちゃいけない”って」


「……幻灯局も、少し似てますね」


 気づけば、そう口にしていた。


「“公式に出す写真”と、“ここにだけ残す写真”って、最近分けるようになってきて」


 局の奥の棚。

 鍵のかかった引き出し。

 そこに眠る、誰にも見せられない一枚たち。


「誰かのために残しているのか、自分のために残しているのか、分からなくなることもあります」


「それでいいんじゃない?」


 九条さんは、立ち上がりながら言った。


「記録は、最終的には“誰か”のためになるかもしれないけど、最初の一歩はだいたい、“自分が引っかかったから撮った”“書いた”ってだけだし」


 彼は、ドアのほうに歩き出す。


「とりあえず、今日はこれで勘弁して。

 次の回では、もう少し“危なそうな街”のほうにも光を当ててみるよ」


「約束じゃないですよね?」


「約束にしちゃうと、また削られるからね」


 振り返りざまに、片目だけでウインクをしてみせる。


「でも、“やりたいことリスト”には入れておく。

 そこに君の写真があると、俺としてもサボりにくくなるし」


 ドアが閉まると、事務所の中に、少し遅れて紙の匂いが残った。



 夜の路面電車は、朝とは違うざわめきに満ちていた。


 一日の仕事を終えた人たちの、弛んだ肩。

 油とアルコールの匂い。

 遠くで鳴る、車輪のきしむ音。


 それでも、ところどころで新聞が開かれているのは、朝と同じだった。


 さっき九条さんが置いていった一部を、私も膝の上に乗せていた。

 何度目か分からない一面を、ぼんやりと見つめる。


 向かいの席では、スーツ姿の男の人が、半分に折った同じ紙面を片手で支えている。


「へえ、まだこの路地残ってたんだな」


 隣の席の同僚らしき人が、写真を覗き込む。


「ここ、昔飲みに行ってさ。階段で転びそうになった覚えあるわ」


「まだあるってことは、残す方向になったんだろ。よかったじゃん」


「だなあ。まあ、ああいうとこまで全部マンションになるのも、なんか味気ないし」


 二人の声は、特に悪意を含んでいるわけではない。


 彼らは、写真を指さしながら、笑って話しているだけだ。


 ページをめくる音。

 紙面の下のほうに載っている、高架下市場の写真に視線が滑る。


「こっちは……ああ、やっぱ危ないって見られてるんだな」


 誰かが、ぼそっと呟いたのが聞こえた。


「高架下って、今取り締まり厳しいんだろ?

 なんかいろいろあったってニュースで」


「まあ、危ないとこは整理してもらわないとな。子どもとか通るとヤバいし」


 また、悪気のない声。


 彼らの頭の中で、「残すべき」「危ないから仕方ない」というラベルが、さらりと貼り替えられていくのが、なんとなく感じられた。


 新聞の白い面が、蛍光灯の光を反射して、車内のあちこちで淡く光っている。


 一枚の写真と、それに付いた一行の文字で——

 その街の価値が、決まってしまうことがある。


 窓に映る自分の顔と、新聞紙の白い反射と、その向こうを流れる高架下の闇。


 その三つが、薄いガラス一枚の上で、折り重なっていた。


(私が撮った画は、どこまで“私の画”なんだろう)


 シャッターを切った瞬間は、たしかに私とその場所との間にあったものだ。


 でも、紙面に載った途端に、それは「帝都新聞の一枚」になり、見出しとキャプションに属するものになる。


 電車の中でそれを目にした人は、たぶんもう「誰が撮ったか」なんて考えもしない。


 ただ、「ここは懐かしくて良さそうな街」「ここはちょっと危なくて整理したほうがいい街」と、無意識の棚に仕分けしていく。


 その棚のラベルがどこから来ているのか、考える人は少ない。


 それでも。


 私の胸の中には、紙面とは少し違う“帝都の地図”があった。


 礼拝堂の前に落ちていた、見えないスタンプの影。

 ミヤシタ写真機店の看板の、揺れる“写”の字。

 塞がれかけた階段の、錆びた手すり。


 それらは、まだどこにも載っていない。


 どこにも載っていないけれど、私の手帳と、局の棚と、いくつかの心の中には、たしかに残っている。


(それが、いつか誰かの“引っかかり”になるんだろうか)


 九条さんの言葉を、もう一度思い出す。


 引っかかり。

 違和感。

 「これは本当に“危ないから仕方ない”だけの場所なんだろうか」と、一瞬だけ立ち止まる感覚。


 電車がカーブを曲がる。

 窓の外に、高架下の暗がりがよぎる。


 そこには、もうフェンスに囲まれた市場も、まだ人の声で賑わう露店も、同じように混ざっているはずだ。


 新聞紙の白い面が、また蛍光灯の光を受けてふっと明るくなった。


 私は、膝の上の紙面をそっと畳んだ。


 紙に引かれた線とは別に、自分の中にも線を引き直していく。


 誰かにとって「残すべき」と書かれた街も。

 「危ないから仕方ない」と言われた街も。


 どちらも、私にとっては「撮っておきたい帝都」の一部だと、そう決めるための線。


 電車が停まり、ドアが開く。


 冷たい夜気が、紙の匂いと一緒に流れ込んできた。


 私は新聞を小さく折りたたんで鞄にしまい、手帳の表紙にそっと触れた。


 紙面の上で引かれた線と、手帳の中に描かれていく線が、いつかどこかで交わるのかどうかは、まだ分からない。


 それでも、今日もまた一日分の帝都を、胸の中に持ち帰る。


 そう思いながら、私は車両を降りて、夜の路地へと足を踏み出した。


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