第6章 交差する誠実
夜のオフィスに響くキーボードの音。
静かな中に、誰かの“誠実”が確かに息づいていた。
その夜、アークシステムズのオフィスには、
キーボードの音とプリンターの低い駆動音だけが響いていた。
凪がネットワークの防御設定を再構築し、
柊は会議資料を確認している。
環は少し離れたデスクで、
温かい紅茶を手に静かに座っていた。
穏やかだけど、どこか張り詰めた空気。
誰もが“何かが動き出した”ことを感じていた。
そんな中、柊のPCに一通のメールが届いた。
件名:お伝えしたいことがあります(クレイド・イ
ンダストリーズ 佐伯俊哉)
柊は即座に開いた。
そこには短い文面が並んでいた。
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三浦ゆりさんについて、お話ししたいことがありま
す。
おそらくそちらの三浦環さんに関係のある件です。
私は彼女の行動に不審な点を感じています。
直接お会いしてお話ししたい。
どうか警戒を怠らないでください。
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柊は一読し、すぐに凪を呼んだ。
「凪、これを見てくれ。」
凪が覗き込み、顔を引き締める。
「……やっぱり、佐伯さん、気づいてたんですね。」
「誠実な人間だ。俺たちに手を伸ばしてくれた。」
柊は深く息を吸い、
そのままメールに短く返信を打った。
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ご連絡ありがとうございます。
私たちも同様の不審を感じております。
明日、直接お話しできれば幸いです。
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「柊?」
環が声をかけた。
柊は環のほうを向き、少し穏やかに微笑む。
「環、クレイドの佐伯さんからだ。
三浦ゆりの件で、話があるらしい。」
環の指がカップを握る。
その白い指先に、力がこもる。
「……あの人のことですか?」
「そうだ。でも安心しろ。
俺たちだけじゃなく、
環を守ろうとしてくれる人がもう一人いる。」
凪が頷き、言葉を添える。
「佐伯さん、誠実な方です。
前から思ってました。
あの人、きっとゆりさんの“異常さ”に気づいてたんですよ。」
環は少し黙っていた。
そして、ぽつりと呟いた。
「……もし佐伯さんがいなかったら、
きっと私は今も気づけなかったかもしれない。」
柊がゆっくりと環の肩に手を置いた。
「それでも、立ち向かおうとしてるのは環だ。
誰かに守られるだけじゃなく、
自分で“向き合おう”としてる。」
環は目を閉じて、深くうなずく。
「……怖いけど、少しずつわかってきました。
“怖い”って言えるのは、逃げることじゃないんですね。」
「ああ。言葉にした瞬間、人は一歩強くなる。」
「それが、環さんの“進化”ですよ。」
環の頬に、ようやく小さな笑みが浮かんだ。
◇◇◇
その頃、
クレイド・インダストリーズの深夜のオフィス。
佐伯俊哉は、メールの「送信完了」の文字を見つめ、
小さく息を吐いた。
「これで、やっと動ける……。」
ふと、視線を横にやると、
三浦ゆりのデスクに置かれた写真立てが見える。
あの少女の笑顔――
それが“環”だと確信していた。
「……俺が見たもの、すべて伝える。」
彼の拳が、静かに握られた。
恐怖の中にも、人の誠意は確かに存在する。
環は、ひとりではないという事実に救われていた。




