第3章 見えない影
届いた一通のメールが、穏やかな日常をわずかに狂わせる。
“ずっと探していた”――その言葉の意味とは。
昼下がりのオフィス。
窓から差し込む光が、デスクの上のファイルを淡く照らしている。
凪が新しい案件の資料をまとめ、
柊は電話で取引先と話していた。
環はひと息つきながら、届いたメールの通知を開いた。
差出人の欄を見た瞬間――
心臓がひとつ、跳ねた。
差出人:miura_yuri@clayde.co.jp
件名:お話できませんか
一瞬、息をのむ。
画面の光が、少しだけまぶしく感じた。
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三浦環様
先日の会議では驚かせてしまってすみません。
ずっとお伝えしたいことがありました。
突然こんなメールを送ってしまって申し訳ないのですが、
どうしても直接、お話ししたいのです。
2人きりで、少しだけお時間をいただけませんか。
……ずっと探していたんです。
あなたに会える日を。
三浦ゆり
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画面の文字が、波のように滲んで見えた。
「……三浦、ゆり?」
同じ姓。
でも、どこかで聞いたことがある気がする。
記憶の奥の何かが、静かにざわめいた。
環はすぐに柊を見た。
彼はまだ電話の向こうで冷静な声を保っている。
その姿を見て、少しだけ安心して息を吐いた。
けれど、胸の奥のざわめきは消えなかった。
メールを閉じようとしても、
その一文が頭から離れない。
“ずっと探していたんです。”
その言葉が、何かを思い出させそうで、
でも思い出せない。
ただ、怖かった。
◇◇◇
電話を切った柊が、環の顔を見て眉を寄せた。
「どうした?」
「……えっと、メールが届いて……」
柊が近づき、画面を覗き込む。
その瞬間、彼の目がわずかに鋭く光った。
「凪。」
「はい。」
凪がすぐに反応し、環の席に寄る。
「差出人、クレイド・インダストリーズ……」
凪が口にした瞬間、
柊の表情が変わる。
「……環。これ、返信しないで。
今すぐ、凪と一緒にログを確認する。」
柊の声は落ち着いていたが、
その奥には、いつもの穏やかさとは違う緊張があった。
凪はすぐにPCのログを開き、メールの経路を追う。
「外部専用アカウントです。会社の公式ではありません。」
「なるほど。狙って送ってきてるな。」
「……狙って?」
柊は環の肩に手を置いた。
「大丈夫。俺たちがいる。」
その言葉に、環はようやく息を吐いた。
ほんの少しだけ、手が震えていた。
◇◇◇
凪が画面を閉じ、言った。
「この文面、妙に優しい口調ですね。
でも……“ずっと探していた”って言葉、嫌な予感がします。」
「ああ。どこかで線が繋がってる。」
窓の外には、午後の日差し。
穏やかなはずの光が、
なぜか少しだけ冷たく感じられた。
◇◇◇
この瞬間、
環の“過去”がゆっくりと形を現し始める。
そして、柊と凪の“守る誓い”が、
静かに、強く――結ばれていく。
言葉は、やさしさの仮面をかぶって忍び寄る。
環の中で、過去が再び形を取り始めていた。




