Interlude ― 母にならなかった私の母性 ― 環とゆりの物語に寄せて
「母にならなくても、人の心をあたためたいと思う気持ちは母性なのかもしれない」
環とゆりの物語を書きながら、自分の過去と少しずつ向き合っていきました。
泣けなかった日々を経て、今感じる“ぽかぽか”のしあわせについて綴ります。
環を通して描いた母と娘の物語は、
私自身の人生と重なっている。
子どもの頃の私もまた、
母の愛の中で傷つきながら、泣かないことで自分を守っていた。
だからこそ、環が泣かない子になった理由が、
痛いほどわかる。
彼女は“強い子”なんかじゃない。
壊れないように、感情を閉じただけの子だった。
私は母のようになってしまうことが怖かった。
だから「母にならない」という選択をした。
そして、子どもができないとわかったとき、
悲しみよりも安堵を感じた。
――これで、誰も傷つけなくて済む。
そう思ってしまった自分を責めたけれど、
あのときの私は、確かに誰かを守りたかったのだと思う。
◇◇◇
左半身の麻痺で、私はたくさんの“できないこと”に出会った。
けれどその代わりに、“やさしさに気づく力”をもらった。
リハビリの先生も、スタッフさんも、
出会った人たちはみんな、これまでの私が知らなかったほど
あたたかくて、やさしい人たちだった。
思えば、自由に動けていた頃の私は、
心を閉ざして生きていたのかもしれない。
誰かを信じることも、頼ることも、怖かった。
でも今は、少しずつ“ありがとう”が言えるようになった。
それだけで、世界がぽかぽかと光って見える。
母にならなかった私は、
いつの間にか、物語を通して
たくさんの“いのちの言葉”を育てていた。
環も、柊も、凪くんも、
そして読んでくれる誰かの心の中で
あたたかな光となって生きている。
もしもこの物語を通して、
ひとりでも「生きていていい」と思える人がいるなら、
それが、私の母性のかたち。
それが、私のしあわせ。
今日も、どこかの誰かの心に、
小さなぽかぽかが灯りますように。




