表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season2 ― 過去と対峙 ―  作者: 柊梟環
EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season2 ― 過去と対峙 ―
12/14

第10章 言葉の光

“母”という名の鎖と向き合うとき。

環は、自分の中の“言葉”で未来を切り拓く。

警察の立ち会いのもと、

クレイド・インダストリーズの応接室。


白い壁と冷たい蛍光灯の光の下、

三浦ゆりは静かに座っていた。

その表情は穏やかで、

まるで何事もなかったかのように見える。


ドアが開く。

しゅうなぎ、そしてたまきが入ってくる。


空気が一瞬で張りつめた。

ゆりの唇が、ゆっくりと動く。


「……環。来てくれたのね。うれしいわ。

 やっぱりいい子ね。私の娘……環。」


環は無言で椅子に座る。

深く息を吸い、

そのまま目を逸らさずに、母を見た。


胸の奥はまだ少し震えていた。

けれど、その震えの下に、確かな“強さ”があった。


柊と凪が後ろで静かに見守る。

何も言わない。

環が自分の力で立つ瞬間を信じている。



◇◇◇



「環……あなたも、私のこと恋しかったでしょ?

 ママ、ママって言ってたものね。

 私もあなたに会いたかったわ。とっても。

 環は私のかわいい娘だもの。」


ゆりの声は柔らかかった。

その柔らかさが、むしろ怖かった。


環は静かに首を横に振る。


「いいえ。

 私には“母”という言葉が、

 どんな意味を持つのか、わかりません。」


ゆりの眉がわずかに動く。

環は胸の前で手を握りしめた。


「……身体は反応してしまいます。

 でも、あの頃のことはもう覚えていません。

 あなたの顔も、名前も。

 あなたが私にしていたことも。

 あなたを母だと思っていたことも。

 すべて――覚えていないんです。」


ゆりの表情がかすかに揺れた。

環は続ける。


「あなたが私にしたことで、私は感情をなくしました。

 でも、柊と凪くんに出会って、

 少しずつ感情を取り戻しました。」


言葉を口にするたびに、

風が頬を撫でていくようだった。

恐怖の奥にある“生きている実感”を、

環自身が確かめるように。


「今、ここに……あなたの前にいることは、――とても怖いです。

 でも、怖くてもあなたと向き合えるのは、

 柊と凪くんが隣にいてくれるからです。」


柊が静かに頷く。

凪も、優しく見守る。


「怖くても強くいられるようになりました。

 柊も凪くんも、私を真っ直ぐ見てくれています。

 あなたは――私の何を見てきたんですか?

 私の、何を知っているんですか?」


風が止まった。

ゆりの笑顔が、音もなく崩れていく。


環の目には、涙ではなく光が宿っていた。


「……柊と凪くんのおかげで、私は今、とっても幸せです。」


ゆりは微笑んだ。

「強くなったのね、環。」


「違います。

 強くなったんじゃなくて、“支えてくれる人がいる”だけです。」


柊の方を見ずに言う。

けれど、その声には確かな“ぬくもり”があった。



◇◇◇



「……あなたのしたことは、消えません。

 でも、私の中にはもう“怖い”だけじゃない。

 “生きたい”っていう気持ちがあります。」


「生きたい?」

「はい。

 怖いと思えることは、生きている証拠だから。

 私は“怖い”を知って、“怖い”って言えるようになった。

 それでまた少し、前に進めたということです。」


ゆりは黙った。

そして、小さく笑う。


「……やっぱり、あなたは私に似てる。」

「いいえ、違います。」


環の声が、はっきりと響いた。

ゆりが目を見開く。


「私は、痛みを与えることでしか

 誰かをつなぎとめられない人間にはなりません。

 私が誰かに優しくできるのは――

 柊や凪くんに、優しさをもらったからです。」


環はゆっくりと立ち上がった。

椅子の音が、静寂の中に響く。


「ただ1つだけ、あなたにはお礼をしなければなりません。」


小さく息を吸い、まっすぐにゆりを見た。


「私を産んでくれたおかげで、

 柊と凪くんに出会うことができました。

 それだけは――ありがとう――と思っています。」


環はゆっくりと頭を下げた。

その姿は、もう“恐怖に怯える娘”ではなかった。

静かに前を向く女性の、凛とした強さがあった。


ゆりの瞳に、一瞬だけ何かが揺れた。

涙ではない。

それは、崩れ落ちそうな“空洞”のような揺らぎ。


環は振り返らない。

柊と凪が、彼女のそばに立った。


柊がそっと囁く。

「怖いを知って、怖いって言えた。

 もう、それでいい。」


環は小さく微笑んだ。

「……うん。ありがとう、柊。」



◇◇◇



外に出ると、

雨上がりの空に光が差し込んでいた。


遠くで鳥が鳴き、

街の音がゆっくりと戻ってくる。


雨上がりの風が、頬を撫でた。

その風の中に、光が混ざっていた。

胸の奥までゆっくりと届き、息のように広がっていく。


環は空を見上げ、

小さく呟いた。


「もう、過去に縛られない。

 私は、私として生きていく。」


その声は、雨上がりの空へ吸い込まれていった。


柊と凪が、そっと並んで歩き出す。

3人の影が、朝陽の中で1つに重なった。

「ありがとう」と言えたその瞬間、

環は過去を断ち切り、自分として生きる光を見つけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ