第9章 暴走と決意
止まらない暴走と、揺るがぬ決意。
恐怖と勇気の狭間で、環は“戦う”ことを選ぶ。
夜の街は雨に濡れていた。
ビルのネオンが水たまりに滲み、
車のライトが波紋のように揺らめいている。
アークシステムズのオフィス。
柊と凪、そして環がモニターの前にいた。
佐伯から届いた一通のメールが、
緊張を張りつめた空気の中で光っている。
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件名:至急お伝えしたいことがあります
三浦ゆりさんが、クレイドのシステムに不正アクセス
を行っています。
アークシステムズの内部データを閲覧しようとしてい
る形跡があります。
ただの嫌がらせではありません。
“環さんの現在地”を探しています。
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環の顔から、血の気が引いた。
「……現在地って……私を……?」
柊の表情が一変する。
「凪、すぐにサーバーを切れ。」
「了解!」
凪の指が高速で動く。
パスワードを再設定し、共有フォルダを遮断する。
セキュリティアラートが鳴り響き、
緊急遮断のランプが赤く点滅した。
柊は環の肩を強く掴んだ。
「環、絶対にこのオフィスから出るな。
すぐに警察へ連絡する。」
「……柊、怖い……また、あの人が……」
「大丈夫だ。もう同じことは繰り返させない。」
柊の声は鋭く、それでいて温かかった。
その声に、環の心がわずかに落ち着く。
◇◇◇
同じ頃。
クレイド・インダストリーズ。
照明の落ちたフロア。
モニターだけが、闇の中で白く光っていた。
ゆりは静かにその光を見つめ、
指先で頬を撫でた。
「環……見つけた。」
画面には、アークシステムズの社屋。
防犯カメラの映像が、
外部アクセスによって“ゆっくりと切り替わっていく”。
佐伯が慌てて駆け込んでくる。
「三浦さん! 何をしてるんですか!」
ゆりは振り返り、
静かに微笑んだ。
「私の子どもの居場所を、
母親が知ってはいけないの?」
その声は穏やかだった。
だが、瞳は光を拒むように冷たかった。
「これはもう越えてはいけないラインです! 警察を――」
「やめて。」
その一言で、空気が止まった。
「あなたには、わからない。
私がどれだけ環を愛してきたか。
痛みを与えることでしか、
あの子を“生かせなかった”ことを。」
佐伯は言葉を失う。
ゆりの言葉の奥に、母性の形をした闇が蠢いていた。
「……それは愛じゃありません。」
「ふふ……あなたもそう言うのね。
でも私は、あの子の母親。
誰にも渡さない。」
ゆりの手がケーブルを引き抜く。
画面が暗転し、アクセスログが消える。
同時に、アークシステムズ側のアラートも止まった。
静寂の中で、ゆりは呟く。
「これでまた、ひとつ近づいたわね。」
◇◇◇
「……通信が切れた。」
「やばい、向こうで証拠を消した可能性があります!」
「佐伯さんに直接連絡だ。」
柊が携帯を取り出す。
コール音。
やがて、息の荒い声が返ってきた。
「……如月さん! 三浦ゆりが……もう止まらない!」
「彼女を止めてください、佐伯さん! 警察に!」
「はい……必ず!」
通信が途切れたあと、
柊は深く息を吐き、環を見る。
環の手が、まだ小刻みに震えていた。
だが、その瞳にはかすかな光が宿っていた。
「……怖い。でも、私、逃げたくない。
あの人に、ちゃんと“今の私”を見せたい。」
柊はしっかりとうなずく。
「……ああ。
それが“決意”だ、環。」
凪も微笑む。
「僕らがいます。環さんはもう、ひとりじゃない。」
雨音が強くなり、
窓の外の街が水に滲む。
環は静かに息を吸い込んだ。
凍りついた心臓に、
ようやく、ぬくもりが戻っていく。
支えてくれる人がいる。
その事実が、環を恐怖の闇から導く光になった。




