第十一救 利他⑩〜他人の為に尽くすこと
ノエルは、その年老夫婦の為に身を粉にして働き、小麦の収穫まで、漕ぎ着けたが、案の定収入は芳しくなかった。
「やはり、この広大な耕作放置地を何とかしなければ…」
ノエルは、考えながらギターを掻き鳴らした。刑務所の矯正監、アデル・ラ・ベルナールがどう調べたのか、怖くて知りたくないが、ノエルにギターをプレゼントとして、老夫婦の家まで贈りつけてくれたのだ。
「◯ャンペンスーパーノヴァ〜♫」
…既にお気付きの方もいらっしゃるかと思うが、リアムとノエルの名前は、とあるイギリス有名バンドから取った。
2025年10月25日、日本公演おめでとう!
一曲歌い終えた頃、気付いたらノエルは、近所の人の方々に囲まれていた。
「うわっ!」
ノエルが驚くと、近所の老若男女達は、口々に、
「でら綺麗な男だっちゃ。みゅうじしゃんなんて、間近で初めてみたけど、人形みたいに綺麗じゃのう」
「お兄ちゃん、歌上手いね」
「もっと聴きたい」
と言ってきた。ノエルが歌っている間に、ベラばあさんから電話で呼び集められた近所の方々である。
「…じゃ、じゃあ」
ノエルのミニコンサートが始まった。この後、クラーク家でのコンサートは、毎週恒例の行事となった。
★★★
その夜。
ノエルは、夢の中で仏様と対話していた。ノエルが、熱心にクラーク家の収入を上げたいことを力説すると、仏様は、
「それなら、村役場に行って、アナトール・ラ・カミュを訪ねなさい」
と言って消えてしまった。
「仏様って、本当に有り難いな」
その朝起きたノエルは、直ぐに村役場に出掛けた。クラークじいさんによるミニトラックでの送迎付きである。
「儂のノエルちゃんが攫われる…」
すっかり村の有名人になったノエル。ノエルは、ある意味危険で、外を一人で出歩けなくなっていた。老若男女のノエルを見る目が熱いのである。
「怖ぇえ村だ…」
村役場に着き、受付に行くと、受付のお姉さんが気絶した。
推しが目の前に現れた嬉しさでおかしくなったようである。
「話し掛けるどころじゃねぇ」
イーサンじいさんと、手を繋いで村役場で、アナトール・ラ・カミュを捜した。
村役場は、割と広くて人が多かった。
「皆、収穫後で暇だから、村役場に駄弁りに来てるんじゃ」
「…暇潰しに付き合わされる職員乙」
職員達、村民達、皆がノエルをおかしな目で見ている。
イーサンじいさんは、大声で、
「アナトール・ラ・カミュはどこじゃ!」
と怒鳴ると、暫くして一人の青年が出てきた。
眼鏡を掛けた、極々普通の青年だった。猫背気味の姿勢で、静かに歩いて来たアナトールは、
「ぼ、ぼ、僕が、アナトール・ラ・カミュですが、な、な、な何のご、ご用でしょうか」
物凄く吃りながらノエルに近づいてきた。眼鏡で無表情の為、ノエルはほっとした。熱い視線に晒され続けていたのだから。
ノエルは、イーサンじいさんと手を繋ぎながら、クラーク家の収入を上げる為に何とかしたいことを力説した。
イーサンじいさんは、滂沱の涙を流し、
「推しの思いやりが嬉しすぎて、儂は、もう死ねる…」
感激に打ち震えていた。
それを聞いていたアナトールは、
「成程、僕のところに来た理由が分かりました。僕は、この村役場で農業振興対策課に所属しているのです」
★★★
アナトールは、物凄くシゴデキな男だった。テキパキと、ノエルとイーサンじいさんに指示を出す。
「では、書類を揃えてください。農業振興の為の国の補助金制度があるので、その申請をしましょう」
イーサンじいさんと、ノエルはパソコンを持っていなかった為、アナトールが村役場の古いパソコンを貸し出し、資料づくりを手伝ってくれた。
★★★
日本では、特に農業衰退が激しい。ここ五年で農家が二十五%も減っているという。高齢化も激しく、かなり事態は深刻である。
アナトールは、米の栽培を提案してくれた。ネットスーパーと連携したサプライチェーンをつくり、空前の日本食ブームに乗っかろうという作戦である。
最近の米の高騰の一因として、あまり報じられてはいないが、「米の輸出」があると思う。
2024年から日本は、外国に日本米を輸出している。
2030年までに2024年の約八倍の輸出量にしようと息巻いている。飢餓輸出が行われているのだ。
小麦は、あまりにも世界的に競争率が高すぎる。日本のブランド米を栽培すればいい収入が見込める。
アナトールに苗業者を紹介してもらい、クラーク家で、コシヒカリを生産することにした。その為の機械の導入も積極的にやった。
ノエルは、久しぶりに◯ーチューブを使おうと思い立った。農業系◯ーチューブに自らなることで、クラーク家に圧倒的に不足している人手も探そうと考えたのである。
ノエルは、自分のアカウントを開いて、目を見張った。
「ノエル、うちに戻ってこい。ソロデビューすればいいじゃないか」
…なんとそれは、以前所属していた音楽事務所の社長からのダイレクトメッセージだった。アデルは、刑務所でのライブを密かに◯ーチューブに流しまくり、週一のクラーク家でのコンサートも、◯ーチューブにアップされまくっていた。
それを目敏く見つけた社長からのメッセージだったのだ。
ノエルは、
「今、ご存じの通り、クラーク家にご厄介になっています。恩返しできたら、来年社長のところに戻りたいのですが、いかがでしょうか?」
驚くくらい直ぐに社長から返事がきた。
「いつでも戻ってこい。俺はお前を待ってる」
ノエルは、その場で胸が一杯になって、蹲った。感動の涙で前が見えない。
★★★★
翌年。
「ワァァァ〜ノエル〜!!」
ノエルは、ソロデビューし、かつてベースのオルグに解散を告げられた同じステージにいた。
「みんな! 本当にありがとう!」
クラーク家の農業改革は、アナトールの尽力のお陰で大成功し、「ノエル米」を大量生産し続けている。ネットで世界中で大人気であり、クラーク家は従業員を多数抱えるまでになった。
イーサンじいさんとベラばあさんは、経営に専念し、「農業が儲かる」ことを知った子孫が全員都会から戻ってきた。
村には、学校が沢山できて、人口がかなり増えた。世界中から集まった農業従事者のお陰でもある。
クラーク家では、農家だけど、年間120日の休みがあり、福利厚生も完備。「農業の理想の形」として、連日テレビ等の取材がひっきりなしに来た。
「儂のノエルちゃんが居ないこと以外は、良いことだらけですわ。ノエルが齎した恩恵です」
イーサンじいさんは、いつもそう周囲や取材に語っていたという。
良かったね! ノエル。ノエルは、その後、ライブ中にくずおれて死ぬまで、世界的に有名な歌手として歌い続けることになる。享年七十九。最期まで歌い続けて、人々を幸せにした人生だった。
情けは人の為ならず! それが利他です! 南無真如! 今週もありがとうございました!




