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第7話「戦火の序曲」

 ――戦域コード:クラウス渓谷


 マグノリアとアストレアの国境沿い、最前線の戦場。


 爆音。閃光。


 深く刻まれた峡谷の上空で、青空が次々と赤く染まっていく。


 マグノリア空戦中隊〈蒼鋼の爪〉が、アストレア軍の迎撃にさらされていた。


 「くそっ、また墜ちた! 機体がもたねえ!」


 「第1小隊がやられた! 魔力遮蔽まりょくしゃへいが通じない!敵の光術式が強すぎる!」


 火線が交差し、空域はもはや地獄だった。

 空中での連携は乱れ、指揮機は沈黙。戦線は崩壊寸前。

 増援も補給も届かず、各隊はバラバラに応戦し、ひとつ、またひとつと光に呑まれていく。


 ――空は、すでにアストレアの手に落ちていた。


 敵はアストレア空中聖兵団。


 神託の名のもとに鍛えられた彼らは、数より質でマグノリアを圧倒していた。

 銀白の装甲、天光の翼。

 放たれる術式は空そのものを光で染め上げ、マグノリア軍機を次々に叩き落としていく。



 ■  ■  ■



 その頃、後方戦術管制室。

 魔導モニターを前に、制空管制官ハイネ・リデルは、冷静に指示を重ねていた。


 「第4小隊、前進開始。第2小隊は左側へ魔力遮蔽まりょくしゃへいを継続。……負傷者を救護班に引き渡して」


 口調は静かだったが、戦況はそれを許さない。


 魔導モニター上では、次々と味方機の反応が消えていく。


 そんな中、一つの通信が届く。


 「司令部より通達。特別行動、承認済み――リュナーレ・ノクトリア、単独展開を許可」


 報告を聞いた戦術士官が、驚きと戸惑いを隠さずに振り返る。


 「……“彼女”を、出すんですか?」


 ハイネは短く答えた。


 「他に、この空を割れる者はいない」


 魔導モニターに浮かぶ戦域地図。

 そこに、新たな印――黒い点が、一つだけ追加された。


 「模擬戦では測りきれなかった。これは彼女にとって、“初陣”ではない。“本番”だ」


 その言葉に、室内の空気が変わる。


 静まり返った戦術室で、誰もがその言葉の意味を理解し始めていた。



 ■  ■  ■



 ――渓谷上空


 雲を突き破り、一筋の影が落ちる。


 魔導箒ノクシア。 その背にまたがるのは、白髪の少女――リュナーレ・ノクトリア。

 推力、機動性――そのすべてが既存の常識を凌駕りょうがする、異端。


 彼女の手には、もうひとつの異端――魔導銃レーヴェ

 闇魔力にしか反応しない特異な兵装。術式を誤れば、自らを傷付けることすらあり得る危険な銃。


 だが、その銃は今、ノクトリアの魔力に応じるように静かに脈動していた。


 (制御反応、わずかに遅延。重心に癖がある……でも)


 軽く呟き、構えを微調整する。魔力伝導路が彼女の意思をなぞるように輝き、銃口が風を裂く。


 「……これなら、従える」


 瞬間、黒の閃光が尾を引いて空へと解き放たれた。


 魔導箒ノクシアの機動と、魔導銃レーヴェの精度。思考と装備が、完璧に同期する――


 この瞬間、少女と闇は、戦場に“噛み合った”。



 ■  ■  ■



 突如、光に満ちた空に――黒い閃光が差し込んだ。


 それは、渓谷上空の雲を割って現れた、一筋の漆黒の影。

 高速で空を滑るその機影に、誰もが目を奪われた。


 「おい! なんだあれは……!」


 空域にいた全ての者が、正体不明の黒い機影に目を奪われた。


 制御不能とも思える速度。鋭角えいかくすぎる旋回。常識外の機動性。


 「マグノリアに、あんな機体……いたか……?」


 爆風が巻き上がる中、最前線のアストレア兵の一人が、遠くの姿に目を凝らす。


 白髪、黒衣。“闇魔法”。


 「まさか……あの娘、あのときの……」


 王都を震撼させた“異端ノクトリア”の名が、脳裏のうりに浮かんだ刹那せつな――


 確認の猶予ゆうよすら与えず、黒い弾丸が光を断ち切るように飛来した。


 漆黒の線が空を裂き、軌道上の機影を瞬時に飲み込む。




 空は――すでに、彼女のものだった。




 ノクトリアは、魔導箒ノクシアの推力を最大限に解放する。


 機体が震え、次の瞬間、黒の機影が敵編隊の“下”から垂直に突き上がった。


 目指すは、編隊の中心――指揮機。


 「装填、〈追尾魔導弾〉」


 魔導銃レーヴェに闇魔力を流し込みながら、ノクトリアの視線は一瞬たりとも敵を外さない。


 空間索敵術式が捉えた敵影の軌跡を、一瞬で読み解く。


 「狙うなら――核だ」


 連携の中心。通信と統制を担う指揮機。


 レーヴェの銃口が淡く脈打ち、追尾式の闇弾が装填される。引き金が軽く引かれ、黒の閃光が夜空を切り裂いた。


 魔導弾が複雑な軌道で空を走り、逃げる指揮機を追い詰めていく。


 「な、何だこの魔法は……!? 弾道が読めない……っ!」


 「魔導伝送が途切れた……!? いや、違う、干渉されてる……いったい何が……!」


 数秒後、黒い閃光とともに空が爆ぜた。

 闇の魔力が内部から炸裂し、魔導障壁ごと指揮機を貫く。


 連携の要を失ったアストレアの隊列は、一気に崩れた。


 ノクトリアは一気に反転し、渓谷の稜線すれすれを超高速で旋回する。

 風が黒衣を引き裂き、白髪が流れる。


 「……制御が手になじむ。いい子じゃない、魔導箒ノクシア


 機体の反応が、思考と完全に同調する。彼女は、戦場の流れを読んでいた。


 残るは、統率を失ったアストレア飛行兵たち――ただの“標的”。


 ノクトリアは、迷うことなく次の弾を装填した。

 〈炸裂魔導弾〉。飽和状態の魔力を展開し、範囲ごと一掃する魔導弾。


 「逃げても無駄」


 ――雷鳴のような一閃


 放たれた黒い閃光が数機を呑み込むと同時に、空をぐ爆風が渓谷を震わせた。

 巻き込まれた機体は次々と制御を失い、光の残滓ざんさいを描きながら谷底へと落ちていく。


 「なんなんだよコイツ……化け物か……!? 人間じゃねぇ……っ!」


 「あれに狙われたら終わりだ……!」


 残ったアストレア兵たちは恐慌におちいり、逃げ出すことしかできなかった。

 統率の糸は完全に断たれ、空を支配するのは――黒い影。


 全ては、黒の照準に捉えられていた。


 ――この空に、彼女の敵はいなかった。


 戦闘開始から、わずか三分強。


 アストレア空中聖兵団――壊滅



 ■  ■  ■



 アストレア側、後方の通信管制拠点。


「……全滅?本隊の空戦部隊が、たった一人に?」


 軍参謀神官の顔が蒼白になる。


「記録を回収しろ。あの黒衣の魔導士……何者だ」


 部下が震える手で魔導伝送石を解析する。


「魔導反応……。属性分類――“闇属性”……!」


「間違いない……あれは、あの女だ」


 少し前、王都から逃げ出した処刑対象。死んだと思われていた異端の少女。


「生きていた……!? それが今、敵国の魔導士として……!」


 次の瞬間、参謀の口から漏れた言葉は、思わずだった。


「……いや、違う。あれはもう……“魔導士”なんてものじゃない」


 神にも等しい光魔法を扱う者たちの部隊を、たった一人で葬ったのだ。


 その場にいた全員が、口に出さずにはいられなかった。




 まるで“全てを葬る黒い影”そのものだと――そう、誰かがつぶやいた。



 ■  ■  ■



 クラウス渓谷上空――


 魔導箒ノクシアの速度をゆるめながら、ノクトリアは静かに空を漂っていた。


 風に流れる残骸ざんがい。漂う硝煙しょうえん


 彼女の背中に、仲間たちの歓声も、敵の罵声もなかった。



 ただ、ひとつ。


 魔導通信石越しに、ハイネの静かな声が届いた。



 「全隊、戦闘終了確認。戦果報告、単独機によるアストレア軍部隊の壊滅――」


  少しの間を置いて、続ける。


 「リュナーレ・ノクトリア。任務、完遂。……驚いたよ」


 ハイネは、魔導モニターに映るノクトリアを見つめながら小さく息を吐いた。


 「あれほどの機動と術式展開……一人で、あの数を……。模擬戦の比じゃないわね」


 彼女は答えなかった。ただ静かに、銃を下ろし、視線を前へ向けた。


 この空は、まだ――黒に染まる途中だった。

読んでいただき本当にありがとうございます!

小説初心者で拙い文章ではございますが、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

もしよろしければ、ブックマークや☆評価をいただけますと、今後の励みになります!

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