第6話「空白の戦場」
――マグノリア西部演習空域
蒸気の熱と金属の匂いが混ざり合う、実戦さながらの空域に、三十名以上のマグノリア軍魔導兵たちが整列していた。
魔導箒の浮上音、術式調整の呪文、整備員たちの掛け声。それらが交錯する中、空は青く澄み渡っていたが、地上の空気は張り詰めていた。
「今日の訓練内容は、模擬空戦」
教官の張り上げた声が、空中スピーカー越しに響く。
「今回は、新規配属候補者一名を交え、通常部隊との戦闘訓練を実施する」
その一言で、空気がわずかにざわついた。
「新入りって……例の亡命者だろ」
「どこの部隊にいたんだ? 名前も経歴も不明なんて……」
「白髪の女って話、魔力波が異常だったらしいぞ」
無数の視線が、一人の少女に注がれる。
リュナーレ・ノクトリアは、列の端に静かに立っていた。
漆黒の外套。左腕に仮所属の識別布。顔をしかめる者、遠巻きに見る者、あからさまに距離を取る者。
――それでも、彼女は誰とも目を合わせなかった
この訓練は、ノクトリアにとって“初陣”だった。
亡命からわずか数日。身体の傷も癒えぬまま、彼女は今、正式配属の試験を兼ねた模擬空戦に臨んでいた。
なぜ、ここに。なぜ、今この瞬間なのか。
そんな疑問を抱く暇もないほど、事は早く進んでいた。
視線の先には、整備員たちが調整を終えたばかりの魔導箒が鎮座している。
さらに、彼女の魔力と完全適合した魔導銃が隣に立てかけられていた。
(この機体も銃も、私にしか使えない。なら――証明するしかない)
ノクトリアは静かに目を細め、深く息を吐いた。
■ ■ ■
風の流れ、周囲の魔力の密度、全てが戦いの始まりを告げていた。
「総員、出撃準備!」
教官の号令が空を裂いた瞬間、空域に魔力の震えが走った。
命令と同時に、空へと飛び立つ兵たち。
ブースター音が重なり、青空に機影が散る。
ノクトリアも静かに魔導箒へ跨った。
その瞬間、骨に染みるような振動が足元から伝わる。
(推進魔法の同期、問題なし。操縦系統……反応、鋭い)
風が髪を揺らす。それだけで、全身が戦闘態勢に入る。
「……了解」
低く呟き、彼女は飛んだ。
魔導銃を手に取り、軽く魔力を注ぐ。
銃口が淡く脈打ち、術式が走る音が耳元で弾ける。
(……応えるのね、私に)
――開始10分後
空域管制室は、異常事態にざわついていた。
「第2班、全滅! 第3班、反応なし!」
「なんだあの動き……視界に捉えきれない!」
魔導索敵石に映る機影がどんどん消えていく。
漆黒の閃光が空を駆け、爆ぜ、消え、再出現する。
ただの模擬戦闘であるはずなのに、誰一人、まともに反応できていなかった。
――相手が射撃を構える前に、背後を取られていた
――射線が合う前に、障壁を貫かれていた
統制のための魔導通信はすでに機能しておらず、部隊は壊滅的に混乱していた。
■ ■ ■
――管制室最奥の一席
元魔導箒乗りの制空管制官、ハイネ・リデルは、魔導モニター上の“それ”を見つめたまま息を呑んだ。
「これが、“闇魔法”……」
彼女の表情には、僅かに冷気が混じる。
――たった一人で少女が空域を制圧している
手元の魔導モニターに走る戦闘データ。
魔力密度、速度、加速度、命中率――どれもが、演習想定を大幅に逸脱していた。
「……こいつ、模擬空戦のレベルじゃないわ」
ただの天才ではない。戦場のために生まれたかのような存在。
ハイネは、背筋に走る冷たい予感と興奮を否応なく噛み締めていた。
モニターの中、ノクトリアの姿が映る。
白銀の空に黒の影。感情を捨てたかのような飛行と、無駄のない射撃。
その顔に、笑みも怒りも浮かばない。
――ただ、無表情のまま
「左上から接近、予測回避可能。次――右下、弾道重ねる」
機械のように的確な自己分析。
そして、その通りの軌道で闇の魔導弾が放たれる。
魔力の精度は極限まで研ぎ澄まされ、
魔導銃の弾道はまるで機械のように正確だった。
彼女が放つ弾には、一点の“感情”も込められていなかった。
それが、逆に恐怖だった。
■ ■ ■
「こんなの模擬戦じゃねぇ……これは、ただの狩りだ」
空域の一角、交戦中の魔導兵が、呻くように呟いた。
魔導銃が三連射。
魔導障壁をすり抜ける闇の散弾が、次々と対象を撃ち落とす。
ただし、弾丸は致命傷を避けるよう制御されていた。
意識を刈り取るか、機体を操縦不能にするだけの威力。
空域の端では、救護班の部隊が複数展開され、墜落した兵士たちのもとへと急行していた。
墜落地点では煙が立ちのぼり、倒れた兵士たちが担架に乗せられていく。
「模擬戦なのに……なんでこんなに負傷者が出るんだ!」
実戦さながらの混乱状態、それでもマグノリア軍は連携を保ち負傷者の保護に全力を尽くしていた。
やがて、魔導通信石から響く通信音。
《――模擬戦、終了。総員、帰還せよ。》
これに呼応したのはノクトリアただ一人だった。
ノクトリアは、命令に従い魔導箒を旋回させ帰投する。
戻ってきた彼女に、誰も近づかなかった。
恐怖で敬礼すら忘れた兵士たちの中を、彼女はただ静かに歩く。
その横顔には、勝利の色も、誇りも、なかった。
風が彼女の外套を揺らし、静かに囁いた。
――この少女こそが、“戦場”そのもの。
誰よりも静かに、そして誰よりも確かに、空を支配していた。
読んでいただき本当にありがとうございます!
小説初心者で拙い文章ではございますが、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。
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