第5話「異端との契約」
リュナーレ・ノクトリアが目覚めてから二日後、マグノリア魔導工廠の一室に彼女の姿はあった。
白銀の器具が並ぶ作業台。その奥、魔導整備士エミリオが腕を組んで立っていた。
「改めて問うが、本気で戦う気はあるか?」
ノクトリアは躊躇なく頷いた。
「……私は、自分の“存在”を否定した国を、許すつもりはない」
エミリオは目を細める。
「……復讐、か?」
ノクトリアはゆっくりと首を振る。
「ただ――彼らは私に“消えろ”と言った。それがすべて」
その声は、怒りではなく、静かな断絶の響きを帯びていた。
「私は何も奪う気は無かった。ただ、生きていたかった。それを否定されるのなら……今度は、私がその国を否定するだけ」
エミリオはしばらく沈黙し、作業台に置かれた分厚いカバーをめくった。
現れたのは、漆黒の魔導箒。その姿は細く鋭く、機能美に満ちていた。
「こいつは魔導箒。お前のために設計された、魔導軍用箒だ。既存の民間箒とはまったく別物だぜ」
ノクトリアはその箒に、ただ静かに視線を落とした。手を触れる。
表面に刻まれた複雑な術式が、彼女の魔力に反応して微かに光る。
「……生きてるみたい」
「魔導融合炉搭載で、出力は通常軍用機の三倍以上になるはず。反重力制御も補助魔術陣も特注だ。だが制御は極端に難しい」
「――手懐けてみせる」
即答だった。エミリオが口元で笑う。
「次にこいつだ」
彼が見せたのは、まだ組み上がっていない魔導銃の設計図だった。
銃身は長く、魔力伝導路が二重に編まれている。
「こいつは魔導銃。お前の闇魔力でのみ起動し、魔導弾を直接形成・発射する特殊兵装だ」
ノクトリアは図面をじっと見つめ、ぽつりと呟いた。
「……こんな兵器、聞いたこともない」
エミリオは口元を緩め、当然だろ、と言わんばかりに肩をすくめる。
「そうだよ。だから“造る”。俺たち技術屋ってのは、そういう連中だ」
ノクトリアは、目を細めた。
「……使ってくれるの? こんな力を」
エミリオはその瞳をまっすぐに見据えた。
「ああ。お前の力を戦争に使う。お前の存在を国に知らしめる。それが開発の条件だ」
「私の力を、認めてくれるの?」
「認めるさ。異端だろうが、化け物だろうが。――強けりゃ、それでいい」
彼の声には、技術者としての純粋な興味があった。
「国のため? 違うな。正義でもない。俺はただ、“こんな逸材”が目の前に現れたら、動かずにいられねぇだけだ」
「お前を見た瞬間、閃いたんだ。コイツのためだけに動く機体、コイツにしか撃てねぇ銃……造れるってな」
エミリオは止まることなく喋り続けた。
「……それにしても、お前の魔力波には驚いたぜ。解析班が頭抱えてる。特に“波長の揺れ”と“属性の重なり”が常識外れなんだとさ」
「……闇魔法は、抑圧と遮断の性質を持ってる。空間そのものの魔力構造を狂わせて、制御を奪ったり引き裂いたり・・・」
「まさに異端だな。だが面白い! お前の闇魔力は“汚れ”じゃない。“澄んだ闇”って感じだ。こんなのは見たことがねぇ!」
エミリオは止まらなかった。まるで、言葉が溢れ出してくるかのように。
ノクトリアは黙ったままエミリオを見ていた。彼がひとりで喋り続けるのを止めようともせず、ただ、興味深げに。まるで観察するような瞳で。
(……よく喋る人)
そう思いながらも、嫌悪感はなかった。どこか憎めないその熱量に、ほんの少しだけ心が緩んでいく。
そして、ノクトリアは、口元をわずかに吊り上げた。
「……ここでなら、私は“存在してもいい”ってことね」
かつて捨てられた力が、今ここで価値を持つというのなら。
ならば、この場所で――戦おう。
マグノリアとアストレアは、既に戦火を交えていた。
神の名のもとに技術を禁じた国家と、魔導技術によって自由と革新を掲げる国家。
その最前線に立つ意志を、ノクトリアは自ら選んだ。
やがて、魔導箒は彼女の闇魔力と完全に適合し、
魔導銃は彼女の意志と共鳴する銃として、姿を現す。
夜明け。
否定された異端者に、翼と牙が与えられた。
空は、これより彼女の領域となる。
読んでいただき本当にありがとうございます!
小説初心者で拙い文章ではございますが、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。
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