第2話「刻まれた烙印」
それは、まだ“全て”を奪われる前の記憶。
誰よりも優秀で、誰よりも孤独だった、あの頃の――私。
アストレア中央魔導学院――星の神託によって設立された、神政国家における最高峰の教育機関。その最上級クラスに、リュナーレ・ノクトリアの名はあった。
魔力理論、術式制御、実戦技術。いずれにおいても彼女は抜きん出ており、周囲の神官教員たちからも一目置かれる存在だった。
講義での応答は簡潔明瞭、術式演算の精度も群を抜いて高い。教本にない質問にも的確に答え、同級生たちを黙らせる場面も少なくなかった。
だが、彼女に心からの友人はいなかった。
距離を置かれていたのではない。むしろ、過剰に神聖視され、近寄りがたかったのだ。
それでも本人は気にした様子もなく、ひとり静かに学び、術式を磨き続けていた。
唯一、彼女に親しげに接する者がいた。
それが――王女ルメンシア・アストレアだった。
「今日も答え、早かったわね。あなた、やっぱり頭いいのね」
「……当然のことをしただけです」
控えめな笑みで話しかけてくるルメンシアに対し、ノクトリアはあくまで淡々とした態度を崩さなかった。
だがその瞳の奥には、かすかな安堵の色があった。
(私に“普通に”話しかけてくる人間……今は、彼女だけ)
それでも、言葉にはしなかった。心を許せば、脆くなる気がしたからだ。
光の国アストレアにおいて、“優等”であることは守られることを意味する。だが同時に、常に“正しさ”を示さなければならない。
――だから、ノクトリアは決して見せなかった。
その内に秘めた“本質”を。
季節は夏の終わり。街には戦時特有の緊張感が漂い、学院の空気もどこか張り詰めていた。
遠くで聞こえる鐘の音も、どこか重たく響く。
そんな中、次なる授業は“魔導戦術”――最も実践に近い内容だった。
アストレアでは現在、隣国マグノリアとの戦争が続いていた。
科学と魔法を融合させ、自由と革新を掲げるマグノリア。
それに対し、アストレアは“神の意志”を掲げ、禁忌技術を否定する神政国家。
戦争の発端は、マグノリアによる聖堂区域への誤爆とされる事件。
それが“神の敵”として認定され、アストレアは聖戦を宣言。
両国は今も空域を巡って激しい交戦を続けている。
――そのため、学院でも戦場を想定した実践訓練が強化されていた。
その日は、魔導戦術の実技演習だった。
対人模擬戦。術式展開の速度と応用力を競う、実戦形式の演習である。
「始め!」
号令と共に、空中に魔導障壁が張られ、試験場が閉鎖される。
ノクトリアは静かに構えを取り、相手の動きを正確に読み切っていく。
左から火球、右から牽制の光弾。
重ねがけの術式展開。動作と同時に反撃。
一つ、また一つ。
魔法がぶつかり、術式がかき消えるたびに、観戦席の神官教員たちが小さくどよめく。
(魔力密度、動作予測、展開速度……どれも問題ない)
思考は冷静だった。
対峙した生徒の動きはすべて読み切れていた。
だが。
その一瞬の“隙”は、予定外の事故から生まれた。
風切り音。
至近距離からの魔導弾が、予測よりも早く彼女に向かって放たれた。
回避は――間に合わない。
その瞬間、ノクトリアの意識が深く沈んだ。
感覚が遮断され、内に秘めていた“何か”が目を覚ます。
――そして、爆音。
試験場全体を黒い暴風が包み込んだ。
空間が歪む。
魔力の渦が、闇の律動となって吹き荒れる。
瞬く間に、相手の術式は掻き消され、競技場は瓦礫のように砕け散った。
観戦席の神官たちが立ち上がる。
ルメンシアの瞳が、驚愕と――微かな、恐怖に染まる。
ノクトリアの周囲に渦巻くのは、
漆黒の、禍々《まがまが》しい魔力の残滓。
それは、アストレアで最も忌避される――闇魔法だった。
翌日。
学院の名簿から、ノクトリアの名は消えていた。
「リュナーレ・ノクトリア。神の秩序を冒涜した罪により、拘束する」
冷たい金属の手枷。
神官騎士たちに囲まれ、魔力封印の術式が彼女の全身を縛る。
ルメンシアは、何も言わなかった。
目を逸らした。
ノクトリアは、ただじっと彼女を見つめていた。
その瞳の奥に宿るものが、何であったのか。
誰にもわからなかった。
――地下礼拝堂、魔封牢
太陽の光すら届かぬ、石の檻。
動かせるのは、指先すらも許されない。
名も呼ばれず、食事も機械のように投げ込まれる。
そこに“少女”という存在はなかった。
それが、処刑までの“猶予”だった。
神託によれば、異端は“浄化”されねばならない。
そしてその異端が、かつて学院一の才女だった事実も、
すぐに世界から消え去っていくのだ。
「この世界に“私”を否定する資格なんてない」
闇の中、ノクトリアは目を閉じる。
だがその胸の奥で、確かに“脈打つもの”があった。
「……こんな終わり、誰が決めた?」
己の存在を証明するかのように、
封じられた闇が、静かに呼びかけてくる。
――立て。
――逃げろ。
――そして、生きろ。
その夜、地下に囚われた少女の運命が、音もなく軋み始めた。
読んでいただき本当にありがとうございます!
小説初心者で拙い文章ではございますが、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。
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