表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不解:超常により荒廃した世界で、俺たちは生きる  作者: 篠槻さなぎ
第二章:邂逅により動き出す
8/48

第二章:02:狩りを終えて、ひと休憩

 自分が仕留めたアブラサソリへの祈りを終えた美愛は、兵志と志鶴を見上げる。


「お待たせして申し訳ありません、兵志さま。志鶴さま」


 美愛は杖槍を持ったまま、ぺこりとお辞儀をする。


「兵志さま。わたしを助けてくださったお礼がしたいのです」


 美愛は胸に手を当てて、一心に兵志を見上げて微笑む。


「わたしは家族のためにお金が欲しくてやってきました。何度も何度も考えてサソリを狩ることを決めたのですが……わたしには、度胸が足りませんでした」


 美愛は恥ずかしそうに笑うと、兵志に羨望の眼差しを向ける。


「兵志さまが助けてくださって決心がつきました。そのお礼がしたいのです」


 兵志を見上げる美愛の目は、純粋な想いで満ちていた。

 兵志は、その思いを無下にしようとは思わない。

 美愛は兵志の意向を理解してにこりと微笑むと、アブラサソリを見た。


「わたしは自分が切り落とした左爪だけもらいます。兵志さまは、残りの好きな部分を貰ってください。もしそれで余ったら、わたしが回収します」


 自分が仕留めた分は自分が。それ以外は兵志のもの。

 そう決めた美愛を見て、兵志は問いかける。


「それでいいのか?」


「はい。ここで解体をして、毒袋と、バイクとリヤカーで持てるだけのお肉を持ち帰ろうと思っています」


 アブラサソリは、全身に貴重な価値がある生き物だ。

 身の肉は引き締まっていて美味しい。殻は固く、武器や防具に加工できる。

 そしてなんといっても価値があるのは、サソリが尾と爪に持つ毒だ。

 

 アブラサソリの毒は、生物にとっては猛毒だ。

 だがアブラサソリの毒は原材料として、石油と同等の価値がある。


「美愛、お前はサソリの毒が目当てでここに来たんだな」 


 兵志が断定的に言葉を紡ぐと、美愛は笑顔で頷く。


「はい。それにわたしはそこまで大金を必要としていませんから。左爪から採れる毒とお肉だけで、十分予定金額に届くと思います」


 美愛の説明に、嘘や偽りはないと兵志は思う。

 元々、《真なる者》に通じる人々は嘘を吐かない。

 彼らが吐く嘘は優しい嘘だけ。そう決まっている。


 兵志は誠実な美愛を見て穏やかに目元を緩めると、提案をする。


「俺たちはアブラサソリの肉が欲しくて来た。毒袋と殻はついでだ。──だから、お前はアブラサソリの左爪すべてと、尾と右爪の毒袋を貰うと良い」


「──え」


 美愛は兵志の提案を聞いて、一瞬だけ思考が止まる。


「え。い、いいんですかっ?!」


 美愛は思わず声を大きくする。兵志はそんな美愛を見つめて、頷く。


「もともとサソリを生息区域からおびき出したのはお前だろう。よく頑張った」


 サソリは日の当たらない岩陰の冷地で、集団して生息している。

 そこから美愛は、サソリを広い場所におびき出した。

 しかも美愛がおびき出したサソリは、普通のサソリよりも小さい個体だ。


 わざわざ数多くいるサソリの中から小さい個体を選び、誘導するのは骨が折れる。


 だから兵志は自分の欲しいものと美愛の欲しいものを天秤に掛けた。

 そして美愛の手間暇を考えて、どちらの利にもなる提案をしたのた。

 美愛は兵志の提案を聞いて、呆然とする。そして、キラキラと目を輝かせた。


「ほ、本当に良いのですか……っわたしが切り落とした左爪と、ぜんぶの毒をもらってもいいのですか!?」


「問題ない。俺たちはあと一〇匹前後狩るからな、お前から貰う分は想定外の分だ」


 美愛は目を輝かせていたが、兵志の言葉にはっとする。

 そして杖槍を握りしめたまま、少し考える。


「では、兵志さま。わたしに狩りを手伝わせてくださいませんか?」


 美愛は自分の胸に手を当てて、兵志に進言する。


「攻撃はあまり得意ではないのですが、サソリをおびき出すことに関しては自信があります。兵志さまの望む通りの数を、順番におびき出せるでしょう」


 美愛は、気合の入った様子だ。そんな美愛を見つめて、兵志は頷く。


「分かった、手伝ってくれ。美愛」


「はいっ! 必ずお役に立ちますっ」


 美愛は兵志の許可を貰って、嬉しそうに表情を輝かせる。

 兵志は武装を肩に担ぐと、志鶴しづるを見た。


「そういうことだ、志鶴。異論はないか?」


「はい、兄さまの望む通りで問題ありません。私は兄さまのお手伝いをします」


 志鶴はふわりと笑って頷くと、美愛に向き直る。


「これから短い間ですが、よろしくおねがいしますね。美愛ちゃん」


「はい、志鶴さまっ。ご丁寧にありがとうございます」


 美愛は嬉しそうに頷くと、兵志と志鶴に頭を下げる。

 兵志は自分の肉から、志鶴の肉へ指示を伝える。


『志鶴、追随端末オートドローンで美愛の様子を記録しろ。あの子の気質や在り方には一切の危険性はない。だがその能力を持って生まれたことについては、一考の余地がある」


『はい、兄さま』


 兵志と志鶴は肉で会話をすると、動き出す。

 美愛は自分が斃したアブラサソリを一瞥すると、よしっと気合を入れた。


────……✧


 全身に真紋が刻まれている、貴き存在として生まれた少女──美愛。


 兵志は美愛と共闘して、美愛について分かったことが幾つかある。


 まず、美愛にはやはり強い力が秘められている。

 だがその力を、美愛は十分に発揮できていない。

 どうやら美愛は、自分の力の使い方を理解していない様子だ。


 真紋しんもんを持つ《真なる者》に通じる貴い者たちに、できないことはない。

 彼らは祈りや想いをかたちにして、奇蹟を起こす。

 祈力きりょくと呼ばれる想いの力で、彼らにできないことはない。


 だが美愛は自分の力を、想いでかたちにすることができない。

 自分の力をかたちにするイメージができていないのだ。

 

 とはいえ自分と他人を守護するイメージはできるらしく、守護は完璧。

 守護だけでいえば、《大聖女》に匹敵するほどの力を持つだろう。


(美愛が握っている杖槍じょうやりめいは、《聖女》綾凪が使用していたものだった。仕草も綾凪に似ているから、美愛は確実に綾凪に所縁ゆかりがある子供だ)


 兵志はアブラサソリを小型チェーンソーで切り分けながら、美愛について考える。


 アブラサソリの狩りは、美愛のおかげで楽に終わった。

 美愛が兵志の望む場所に、望む通りの数を誘い出してくれたからだ。

 兵志と志鶴は、美愛のおかげでとても楽に狩りを行うことができた。


 どちらかといえば、狩りよりも移動と解体作業の方が時間がかかるほどである。


(美愛が綾凪に所以がある子供……とはいえ、疑問は残る)


《聖女》綾凪は、しっかりとした《聖女》だった。

 彼女ならば、自分のそばにいる才ある貴き存在に何も教えないなんてありえない。


(何か綾凪が美愛に力の使い方を教えられない事情があるのか……少し引っかかる)


 どうにも、簡単に事情が分かる話ではないらしい。

 しかも妖魔としての本能が、兵志に告げている。

 美愛という存在を決して軽んじてはならない──と。


 兵志は慣れた手つきでチェーンソーを操り、アブラサソリを解体する。

 そしてサソリの肉を次々とトラックの荷台に乗せる。


 先ほどトラックの空調機能を起動したため、荷台の中は冷え切っている。


 妖魔は腐りかけの肉が一番美味いという『不解』だが、新鮮な肉も好みである。

 兵志は軽く血抜きをしたサソリの肉を、次々と荷台に放り投げる。


 志鶴と美愛はというと、アブラサソリの毒を抽出して一斗缶に詰めていた。


 アブラサソリの毒は毒袋と呼ばれる、薄いながらも強靭な膜に包まれている。

 毒袋は簡単には破れない。だがそのままだとぶよぶよして扱いづらい。


 そのため『軍警』では機械を使って袋を排除。

 摘出した毒を、一斗缶に流しこんで扱いやすいように詰めてから運搬する。


 その一連の作業を、志鶴は美愛と共に行っていた。


 美愛は機械で一斗缶に次々と流し込まれるアブラサソリの毒を見つめる。


「『軍警』の技術力は本当に高いですね……それに洗練されています」


 小型発電機でごうんごうんと駆動する、アブラサソリの毒を抽出する機械。

 それを見つめて、美愛は思わず言葉を零す。

 志鶴は一斗缶を見つめながら、何気なく美愛に声を掛ける。


「そういえば、美愛ちゃんはどこに住んでいるのですか? ……あ、これって聞いても大丈夫なことですかね?」


「問題ありませんよ。兵志さまと志鶴さまならだいじょうぶだと思いますから」


 美愛はふにゃりと人懐っこい笑みを浮かべる。


「わたしは『華街はなまち』が治める《繚嵐りょうらん》に家族と住んでいます。ですが、いつもいる場所は『組合くみあい』が管理する《薄楼はくろう自治区》ですね」


『華街』と『組合』はこの地域では『軍警』と同じくらいに有名な組織だ。

 両組織と、『軍警』は『古縁』という縁で結ばれている。


《繚嵐》は『華街』が拠点とする場所。

《薄楼自治区》は『組合』が管理する地域だ。


 美愛は照れたように笑うと、そっと志鶴に体を寄せる。


「実は『華街』のオーナーである伊冴見いさみにいさんに後見人をしてもらってるのです。その繋がりで、『組合』の組合長、伊冴姫いさきねえさんに面倒を見てもらっています」


 あまり公にできないことなので、美愛は少しだけ声量を落として告げる。

『華街』と『組合』は、それぞれとある双子によって運営されている。

 それが伊冴見と伊冴姫。《契約の権化》と《力の権化》と呼ばれる双子だ。


 志鶴は驚いた表情を隠さずに、美愛を見つめた。


「あの双子と繋がりがあるとは……すごいですね」


「はい。とてもよくしてもらっています」


 美愛はふにゃりと人懐っこい笑みを見せる。


 今の時代のひとびとには、自分の身は自分で守るという考えが染みついている。

 だから初対面の人間に対して、自分が普段どこに住んでいるか軽率に話さない。


 美愛も、自分の情報を簡単に話してはならないと理解しているだろう。


 だが美愛は志鶴と兵志に色々と話してくれる。

 その理由は、美愛が何度も口にしている。

 美愛は二人に話しても大丈夫だと、貴い者として感じるからだ。


 完成された存在である《真なる者》には、真実が見えている。

 ひとの在り方や本質を、正確に見抜くことができる。


 美愛は全身に真紋しんもんが刻まれているほど、《真なる者》に通じている貴き存在だ。


 だからこそ、初対面でもその人間が善人か悪人か理解することができる。

 信用してもいいか即座に判断することができるのだろう。


 獅子我兵志と獅子我志鶴は、『軍警』の信条に則り動く。決して人を見捨てない。   

 そのり方を、美愛は信じているのだ。

 その様子が、美愛の言動や行動からも見て取れる。


「──よし。美愛ちゃん、この一斗缶三つをどうぞ」


 志鶴はアブラサソリの毒が入った一斗缶を三つ、美愛の前に差し出す。


「三つも貰っていいのですか?」


 美愛は志鶴と共にアブラサソリの毒の処理を行った。

 そのためアブラサソリ一匹分は、ぎりぎり一斗缶二個に満たないと分かっている。

 それなのに、報酬が三つ。志鶴は報酬が多いことに困惑する美愛に笑いかける。


「たくさん手伝ってもらいましたから。正当な報酬ですよ。兄さまもそうします」


 志鶴は応えながら、アブラサソリの肉を積んでいる兵志に目を向ける。


「さっきも言いましたが、私と兄さまはお肉が欲しくて来ましたから。サソリの殻と毒は、ついでに回収できればいいなという心構えですから」


「……ありがとうございます。とてもうれしいですっ」


 美愛は満面の笑みを浮かべると、腰を下ろして一斗缶を見る。

 すると。美愛のお腹から、くうっと可愛らしい音が響いた。


「は、はぅ……っ!」


 美愛は顔を赤くして、お腹を押さえる。

 志鶴はアブラサソリの毒の抽出機械を片付けながらくすっと笑う。


「もうお昼も過ぎましたものね。お腹が空くのは当然です」


「一応お昼ご飯は持ってきてるのですが……うぅ。恥ずかしいです……」


「そういえば美愛ちゃん、ここまでリヤカーとバイクで来たんですよね?」


「はい。光学迷彩のシートを掛けて、ちょっとだけ向こうに停めてあります」


 美愛は大きな岩がある方向を指す。

 普通の人間には光学迷彩のシートに包まれていてバイクの存在が分からない。

 だが妖魔である志鶴には、そこには確かにリヤカーとバイクがあると分かる。


「私たちもお弁当を持ってきているんですよ。せっかくですから、一緒にご飯を食べてからおうちに帰りませんか?」


「え! ぜ、ぜひご一緒したいです……っ!」


 美愛は志鶴の提案に、ぱあっと表情を輝かせる。


「ではそうしましょう。──兄さまぁー、お昼ご飯食べませんか?」


 志鶴の言葉に、兵志は手を振って応える。

 志鶴は兵志が賛同してくれたのを確認すると、美愛に目を向けた。


「では美愛ちゃんはバイクとリヤカーを取ってきてください。食事にしましょう」


「分かりましたっ」


 美愛は志鶴の言葉に頷くと、てててっと駆けていく。

 そんな美愛を見送ると、志鶴は兄のもとへと近寄った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ