第一章:05:定められた邂逅
疾走するアブラサソリに追われている、フードを目深に被った人物。
その人物を助けるために、兵志は行動を開始する。
「行ってくる、志鶴」
兵志は志鶴に声を掛けると、トラックの扉をあけ放つ。
そして後ろ手で思い切り扉を閉めながら、トラックから飛び降りた。
落下の衝撃を上手く分散すると、兵志は人を追うアブラサソリに向けて急行する。
実は兵志も志鶴も、トラックの最高速度より自分たちで走った方が速い。
とはいえアブラサソリを狩れば、その肉が荷物になる。
だから二人はトラックを運転して西の乾燥地帯までやってきたのだ。
兵志は砂埃を巻き起こしながら、志鶴の運転するトラックを置き去りにして疾走。
そして、兵志は腰のチェーンに取り付けられた武装を最小化・封物化した立方体を手にする。
手にした武装が内包された立方体を、兵志は手の平の中で思い切り握り潰す。
すると、立方体がぐにゃりととろけた。
液体のようにどろりとした立方体は、次の瞬間に質量を大きく変化させる。
次の瞬間。兵志の手の平の中に、立方体に封じ込められていた武装が現れた。
それは兵志の身長よりも大きい、黒鉄によって鈍く輝く機槍斧だ。
兵志は軽々と機槍斧を手にすると、速度を上げる。
アブラサソリは、変わらずに小柄な人間を追い続けている。
どうやら追いかけられているのは、少女らしい。
小柄な体躯の少女は、自分の得物を強く握りしめて必死に走り続ける。
少女が持っているのは長柄武器だ。
その長柄武器とは、先端が三又となっている三叉槍。
だが普通の三叉槍とは異なり、少女が手にするのは蒼海鋼で造られた槍だ。
蒼海鋼とは、宝石蝸牛と呼ばれる『不解』が生み出す特殊な鉱物だ。
宝石蝸牛は、現在一五○種以上確認されている『不解』である。
外見は人間よりも大きい、でっぷり太った巨大カタツムリ。
一般のカタツムリと違い、宝石蝸牛は背中に灰色の鉱物を背負っている。
それは鋼基と呼ばれている。
その鋼基に生えてくるのが、蒼海鋼といった宝石のように輝く鉱物だ。
宝石蝸牛の生み出す鉱物は、宝石のような色をして煌めきながらも鋼のようにしなやかで強い。武器や防具へ簡単に加工できる鉱物だ。
少女の槍はアクアマリンのように輝く蒼海鋼だけを、ふんだんに使った槍だ。
その柄の部分には白い布が巻き付けられており、少女が走るたびにひらひら舞う。
(あの武器、杖槍か?)
兵志は疾走しながら、少女が握り締める槍を見て心の中で呟く。
杖槍とは、『教導』という組織で使用されている特攻儀礼武装だ。
その名の通り、武装でありながらも儀礼にも用いられる武装である。
(『教導』の武装を持つ人物が、何故アブラサソリの狩り場に……?)
兵志は少女を見つめたまま、訝しむ。
すると兵志の視線の先で、少女はぎゅうっと杖槍を握りしめた。
どうやら、いつまでも逃げてばかりではダメだと考えたらしい。
決意を固めた少女は、兵志の前で行動を起こした。
少女は杖槍の石突──槍の柄の尻を、思い切り地面に打ち立てる。
そして棒高跳びの要領で、上空へと駆けあがった。
その跳躍力は、並の人間には出せない高さだった。
少女は高く飛んだ空中で懸命に体を翻すと、アブラサソリの頭を狙う。
(脳天を狙うのは良い。でも、甘い。あれじゃ無理だ)
兵志の推測通り、少女はアブラサソリの脳天を狙えなかった。
アブラサソリが高く跳ね上げていた鋭い尾を放ったからだ。
必死の攻勢へと出た少女は、懸命に空中で身をよじってサソリの攻撃を避ける。
するとサソリは右腕の爪を使って、少女を掴み取ろうとした。
そのサソリの爪を、少女はぎりぎりで避ける。
少女は音を立てることなく、サソリの硬い殻に覆われた腕にとんっと乗る。
そして思い切り踏み込んで、跳躍。
少女は杖槍を大きく振りかぶって、もう一度サソリの脳天を狙った。
だがアブラサソリは、左手の腕で少女を大きく薙ぎ払った。
少女は左わき腹から胴体へ鋭い衝撃を叩きこまれて、力なく吹き飛ぶ。
受け身が取れる状態ではない。
だから少女は地面に激突して、土埃を巻き起こしながら転がる。
それでも、少女は自分の得物である杖槍を手放さなかった。
手放せば、死ぬと分かっているからだ。
少女は懸命に体を起こす。その瞬間、フードが脱げた。
一見ショートカットのようだが、襟足が長く伸ばされている薄茶銀の髪。
左側頭部で編み込んだ赤いリボンが特徴的な、端正であどけない顔立ち。
そんな愛らしい少女に向けて、アブラサソリは右の爪を振りかぶる。
痛みに顔を歪めていた少女は、黒檀色の目を大きく見開く。
そしてとっさに、少女は杖槍を掲げた。
その瞬間、少女の体からカッと光が放たれた。
アブラサソリは少女の体から放たれた、貴き光を受けて硬直する。
密かに接近していた兵志は、その隙を狙う。
そしてアブラサソリの右爪を、機槍斧で根元から一撃で切り落とした。
(あの子の体に浮かび上がってるのは……間違いない。真紋だ)
兵志は大きく退いたアブラサソリから意識を反らさず、少女を見て目を細める。
少女の体には、顔や首──足や腕。全身に、虹色に光り輝く紋様が浮かんでいた。
それは貴き存在である《真なる者》に通じる証──真紋と呼ばれるものである。
服で隠れているが、おそらく真紋は少女の全身に刻まれているだろう。
それはつまり、少女には強い力が秘められているということだ。
少女は突然横から出てきた兵志の姿を見て、目を見開いた。
「え? ……『軍警』の……?」
少女は、思わず呟く。
それでもはっと息を呑むと、アブラサソリを見た。
少女は一つ、息を吐く。そして、心を決めて座り込んだ状態から腰を上げた。
兵志は気持ちを瞬時に切り替えた少女に、声を掛ける。
「行けるのか?」
兵志が短く問いかけると、少女はこくんっと頷いた。
少女はすっと目を細めると、アブラサソリに向かって杖槍を振った。
すると光のベールが一撃となって、アブラサソリの左爪を根元から切り落とした。
「お手を、貸してくださると嬉しいです。お願いしますっ」
やる気になった少女に声を掛けられて、兵志は頷く。
「了解した」
兵志は頷くと、即座に前に出る。
少女は顔に力を入れると、力強くアブラサソリの尾を睨んだ。
すると目に見えない斬撃が飛び、アブラサソリの尾を半ばから切り落とした。
アブラサソリは突然の攻撃を受けて、たたらを踏む。
兵志はそんなサソリに接近する。
そして機槍斧を鋭く突き出して、サソリの口に突き刺した。
アブラサソリは巨体をのけぞらせる。兵志は冷静に、アブラサソリに突き刺した機槍斧を構え、柄に取り付けられた引き金を引く。
すると、兵志の握っている機槍斧の槍先が大きく突き出した。
兵志は機槍斧にぐっと力を込める。
そしてサソリの急所である口から脳天を突き破った。
アブラサソリは身をすくめると、一斉に生えている足をばらばらと落とす。
急所を一発で潰されたため、反動で足の神経が一気に痺れて千切れたのだ。
アブラサソリは大きくのけぞらせて、硬直。
巨体をふらりとさせて、そのまま地面へ転がった。
ズシ──ン、と。酷く重たい音が響く。
兵志はアブラサソリが沈黙したのを確認すると、少女を見た。
少女の全身には、いまも尊き証である真紋が浮かび上がっている。
少女は兵志の視線に微笑むと、立ち上がりながら自分の真紋を消した。
虹色の輝きを放っていた真紋は、すぅっと薄くなり消える。
少女は杖槍を握りしめたまま、まっすぐと兵志を見上げる。
「獅子我、兵志さまでいらっしゃいますか? 『軍警』の、副総指揮さまの……」
少女は熱に浮かされたかのように、ドキドキした様子で兵志に問いかける。
兵志は『軍警』の副総指揮として有名だ。
そのため少女が自分の名前を知っていても、兵志はおかしくないと分かっている。
兵志は少女をまっすぐと見る。
「──その通りだ。俺が『軍警』の副総指揮、獅子我兵志だ」
兵志の言葉を受けて、少女は丸い目を大きく見開く。
そして、少女は兵志をじっと見つめて──一つの核心を得た。
獅子我兵志は、この世界においてかけがえのない逸材だ。
強くてうつくしくて──優しくて。他者のことを大切に想えるひと。
このひとなら、きっとだいじょうぶ。
少女はそんな確信を天啓のように得て、ふにゃりと人懐っこい笑みを浮かべた。
「初めまして、兵志さま。わたしは美愛と申します」
少女──美愛は、兵志に心からの信頼を寄せて挨拶をする。
初対面なのに、普通では考えられないほどの信頼。
兵志はそんな少女の信頼を訝しみつつも、ゆっくりと頷いた。




