第一章:03:妖魔の生態と準備
妖魔とは、限界が存在しない『不解』だ。
妖魔は明確に地球由来の生物ではない。だから死という概念を持っていない。
根本から『不解』である妖魔は、自らの肉を無限に精製できる。
その肉を自由自在に操り、自らの望む姿かたちに変貌することができる。
とはいえ妖魔の感性は基本的に雌であるため、女のかたちから外れない。
だが。ただ一人、人造妖魔である獅子我兵志は、自らを男として認識している。
獅子我兵志は、獅子我大志の後継として造られた。
獅子我大志が望んだ後継である兵志は、妖魔でもあり人間でもある。
人間とは、超常的な存在である『不解』を理解することができない。
だから立派な人間でもある獅子我兵志は、妖魔である自分を理解できない。
だがそれでいいのだ。何故なら妖魔とは、限界が存在しない『不解』である。
己を理解してしまえば、自ずと自分の限界を知ることになる。
だが兵志は妖魔としての自分が理解できない。
だからこそ、兵志は自分に限界がないと思えるのだ。
人間としての感性が無理だと感じても、妖魔として兵志は限界を超えられる。
できないことなど、ありえない。
獅子我兵志は、閉塞された未来を切り拓く力があるのだ。
────……✧
獅子我兵志はクロークコートを翻しながら、軽やかに階段を降りる。
そして一階から自宅の地下に向かい、扉の前に立った。
地下への扉は、厚さ一五センチもある鉄扉だ。
兵志は網膜認証でロックを解除すると、鉄扉を開ける。
地下室は、うちっぱなしのコンクリート壁で囲まれている。
兵志は廊下を歩き、備品室でボディハーネスとベルト一式を取る。
そして作戦準備室へと入った。
作戦準備室というだけあって、部屋の中は銃器や鈍器・工具で溢れている。
特に装飾を施す理由もないため、壁は廊下と同じでコンクリートが剥き出し。
灰色の壁には黒い金網が設置されており、工具や武装・道具が掛けられている。
(さて。姉貴のわがままを聞くために、狩りに必要な準備を始めよう)
兵志はベンチに座ると、カーゴパンツをベルトで強く締め上げる。
そしてボディハーネスを体に巻くと、近くのテーブルに置いてあった銃のホルスターを手に取って足に巻く。
『軍警』で支給されている衣服や装備は服飾部隊という部隊が生産している。
人類文明が崩壊した今、衣服とはそう簡単に調達できるものではない。
だから各組織は、自前で衣服を製造できるラインを整えている。
ちなみに兵志が見に着けている衣服は、クロークコートから何まで特注品だ。
兵志は人造妖魔として、自らの肉を自在に操る。そのため工夫のない服を着ていると、肉を素早く動かした時に服を引き千切ってしまうのだ。
兵志は志鶴の分の武装も準備するために、拳銃を二丁手にする。
『軍警』で一般的に使用されている拳銃の個別名称はHG-001R。
通称『ディビジョン』と呼ばれる拳銃だ。
愛称は『ディビ』。基盤となったのはガバメントという旧アメリカ国製の拳銃だ。
『軍警』が改造したため、ディビの基盤となったガバメントの面影はない。
変わらないのは、四五口径という銃身の内径だけだ。
兵志は人造妖魔であるため、素手で人間を締め上げて気絶・もしくは殺害できる。
だが人類文明が崩壊したいま、自分の身は自分で守る時代である。
つまり武装しているという意志表示が、現代においては非常に重要なのだ。
『不解』によって人類文明が崩壊した今、脅威とは『不解』だけではない。
生き残るために必死な人間も、確かな脅威となっているのだ。
兵志は慣れた手つきで弾倉と共に、拳銃の確認をする。
疲れていても、『軍警』の隊員は銃のメンテナンスは帰宅直後に必ず行う。
だが任務前の最終チェックも重要だ。
(問題ない。確認完了)
兵志は拳銃に何も問題がないのを確認すると、太もものホルスターに収める。
次に、兵志は志鶴が普段から使っている拳銃の状態も確認した。
拳銃を確認すると、兵志はサバイバルナイフも手に取る。そして並行して、兵志は自分と志鶴の分として、四つの弾倉を引き出しから取り出して準備する。
(軽装備の準備は終了。次はアブラサソリを狩るための武装の準備だな)
兵志は作戦準備室の一角に備え付けとなっているタブレット端末に手を伸ばした。
タブレット端末は『軍警』のデータベースへアクセスできるようになっている。
今回兵志が志鶴と共に狩りに行くアブラサソリは、定期的に『軍警』の狩猟部隊が資源調達のために狩っている。そのためデーターベースに情報があるのだ。
『軍警』のデータベースは身分によって閲覧制限があるが、アブラサソリなど生物の情報は誰でも閲覧できるようになっている。
兵志は端末の検索欄に『アブラサソリ』と入れる。
すると、すぐさま『軍警』が保有しているアブラサソリの情報が表示された。
「アブラサソリの殻の硬度はD。節を狙えば切り落とせる硬さ。……急所は甲殻類と同じで口の裏から脳天に掛けて一突き……身がぷりぷりになる?」
兵志はデータベースに書くにしては一言コメントのような文言に首を傾げる。
アブラサソリは『不解』の影響によって肥大化した地球由来の生物だ。
巨体であるため、一度にたくさん肉が採れる。
しかも分厚い殻は武器や防具に加工できる。
そして何と言っても価値があるのは、両爪と尾にある毒袋に溜められた毒だ。
アブラサソリの毒は、石油よりも上等な燃料や部品の原材料になる。
だから名前が、『油サソリ』なのだ。
兵志は手袋を身につけながら、続きの文章に目を通す。
「サソリの弱点が甲殻類と一緒なのは巨大化した弊害か……。甲殻類を締めたことはないが、鋭いものを口に突き刺して脳天に向けてスライドすれば一発ってことか」
兵志は頭の中でイメージをしながら、壁の棚に近付く。
そこには、六センチの黒い立方体が無数に並べられていた。
黒い立方体の正体は、『軍警』の技術で極限までに最小化・封物化された武装だ。
黒い立方体を覗き込むと、うっすらと中身が見える。
内部が透けて見えるのは、どんな武装が封物されているか一目で判断するためだ。
(……俺はいつも通り『高周波振動機槍斧《HB-004C》』を持てばいいか)
兵志は自分の武装を手に取る。そして志鶴の武装を選ぶ。
「志鶴は運用に慣れてる『回転式機関銃《WG-002》』にロングブレードパーツでいいな」
兵志は呟きながら、 黒い立方体一つと一回り小さい灰色の立方体を手に取る。
灰色の立方体には、武装の先端に取り付けるブレードの部品が入っている。
兵志は武装を用意すると、チェーンネックレスを二つ手に取る。
チェーンには立方体を嵌めるための金具が付いている。
兵志は慣れた手つきで立方体を嵌めこむと、チェーンのツメで完全に固定する。
(解体用に小型チェーンソーも持って行くべきだな。毒袋から毒を抽出するための装置も必要か。あれは工兵部隊のところにあるはずだ。あとは追随端末の準備だな)
兵志は小型チェーンソーと共に十徳ナイフを用意する。
準備をすると、兵志はアタッシュケースが並べられた一角へと向かう。
並べられているアタッシュケースを、兵志は指でなぞる。
「汎用Cタイプでいいか。対人戦闘をするわけでもないからな」
兵志は呟くと、黒いアタッシュケースを手に取る。
追随端末とは『軍警』の技術の結晶で、要は自律支援すロボットだ。
反重力子によって浮遊して付き従い、自分で考えて自分で行動し、主人に尽くす。
追随端末は優秀なレーダーでもある。そのため『軍警』隊員は外に出る際には、危機察知ができるように必ず持っていくことになっている。
とはいっても兵志や志鶴は単身で殺意や敵意、人の気配を感じ取ることができるのだが、それはさておき。
兵志は武装の準備をすると、タブレット端末を操作する。そして各部隊と高官・本部勤務の隊員が利用する連絡ソフトに、これから外出すると書き込む。
連絡を終えると、兵志は乾燥地帯へ向かうためのトラックを確保する。
トラックを確保すると、兵志はいま用意した荷物をまとめて荷台に乗せた。
「こんなモンか」
兵志は武装の最終チェックを済ませると、地下から外へ直通の搬入口から出る。
そして荷物を持った状態で、つい先程確保したトラックへ向かう。
兵志が確保したトラックは、旧時代のトラックを大型にしたものだ。
四人乗りの座席の後ろに、荷台が取り付けられている。
タイヤも大きく、複数取り付けられているモンスタートラックだ。
トラックの荷台の装甲には、盾と剣と拳銃がデフォルメされた『軍警』のエンブレムが大きく印字されている。各所にも、『軍警』のエンブレムは刻まれていた。
兵志は工兵部隊に挨拶して鍵を貰うと、トラックに荷物を積める。
(志鶴はシャワーを浴び終えてラウンジに向かったか。……ラウンジに戻って弁当を詰める準備を手伝おう)
兵志は時間を確認すると、再び自宅であるホテル霧雲のB棟へ戻る。
そして二階のラウンジにある、キッチンへと向かった。




