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不解:超常により荒廃した世界で、俺たちは生きる  作者: 篠槻さなぎ
第二章:邂逅により動き出す
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第二章:09:すべての妖魔の起源

『軍警』の拠点──《四方山よもやま》。

《四方山》には、妖魔ようまという『不解』が住処にしている施設がある。

 その施設とは、スパリゾートホテル霧雲。

 かつて港町において、温泉リゾート施設として使われていた建物だ。


 ホテル霧雲の地下には、一フロアまるまるを使った地下プール施設がある。

 波打ち際を再現した、広大なプールだ。


 そのプールは入り口近くが、波打ち際の砂浜を再現されている。

 そこから緩やかな傾斜が付いたプールは奥に行くにつれて水深が深くなっており、奥から波が起こる仕組みとなっている。


 かつてホテルの目玉であった、海を再現したプール。

 その地下プールは、妖魔の母体によって占有されていた。


『不解』の一種である妖魔。その妖魔の母体とは、すべての妖魔の仔体こたいの祖。

 妖魔の本体とも呼べるべき存在だ。


 すべての妖魔の頂点に君臨している、妖魔の母体。

 その妖魔の母体が使用している地下施設プールはおぞましく変貌している。


 地下施設プールは、大部分があかい肉に覆われていた。


 まるで生物の体内がひっくり返されてぶちまけられたような光景だ。


 壁や天井には、びっしりと肉の塊がこびりついている。

 プールの水は赤く濁り、あかい泡と肉の破片が浮かんでいる。

 プールの目玉である波を造る機械は、いまも稼働していた。

 そのため赤黒く変色した砂浜には、どろりと濁った水が打ち付けられている。


 恐ろしい装いのプールの中心には、肉の塊が集まっていた。


 その肉の塊は塔のように積みあがっていて、先端には球体の肉の塊がある。

 球体の肉の塊からは肉の糸が天井に向かって伸びていて、繭のように天井や壁に張り付いて固まっている。


 妖魔の母体の住処。そこに、人造妖魔である獅子我兵志が入って来た。

 兵志はアブラサソリの肉を乗せた台車を押しながら、慣れた様子でプールを見る。


 すると、プールサイドの中央に積み上がっていた肉塊が揺れ動いた。


 揺れ動いた肉は集まりかたちを造る。

 そして肉の塊から剥がれ落ちるように、一人の女性が生み出された。


 その女性は、本当に美しかった。


 ショートカットに整えられた、白銀虹プリズム色の艶やかな髪。髪とまったく同じ色の瞳。

 すらりとしたしなやかな躯体は適度にふくよかで、何も纏っていない。


 妖魔の母体から生み出された()()


 その()()は空中を泳ぐと、兵志の前に音もなく降り立った。


「久しぶりね、兵志。お前好みのからだを造ったの。かわいい?」


「かわいい。良く似合ってる」


 兵志のよどみない言葉に、妖魔の母体の端末はご機嫌に目を細めた。


「お前、最近は志鶴しづるよりも少し小さめが好みなのね。面白い」


「何が面白いかは分かりたくないが、傾向的にはそうだな」


 兵志は軽く応えながら、荷台に積んであったアブラサソリの肉の塊を手に取る。


 妖魔は人間を愛している。その愛は本物だ。


 だが妖魔の愛は、人間のものと同じではない。


 妖魔は人間を愛しているが故に、愛を伝えるために壊す。

 壊しておかし尽くして、直して遊んでまた愛する。


 人間にとって妖魔の愛とは、苦痛を感じるものだ。

 快楽を与えられたとしても、その快楽は全うではない。

 それでも人間に対する妖魔の愛が本物だというところが、尚更性質(たち)が悪い。


 そんな妖魔の母体は兵志を見て、くすくすと妖艶に笑う。


「お前は人間でも本質が妖魔だから大変ね。妖魔として人間をあいしたいと思うのに、全力で人間に愛を囁けば苦痛を与えてしまう。それが人間のお前は耐えられない」


 兵志は何を今更、といった様子で母体の端末を見る。


「どうした、今日はえらく感傷的だな」


「ふふ。少しわたしたちのり方と昔話がしたくなった気分なの」


「昔話?」


 兵志は怪訝そうに首を傾げる。

 そんな兵志に、母体の端末は両手を差し伸べる。


「兵志、わたしにも肉を頂戴」


 兵志は両手を伸ばしてきた母体の端末にアブラサソリの肉を手渡す。

 兵志が渡したアブラサソリの肉は、母体の端末の頭と同じくらいの大きさだ。

 母体は愛おしそうに兵志から受け取ると、がぶっと噛みついた。


仔体こたいが味わっていたから知ってるけど、この肉なかなか美味しいわね」


 妖魔は母体と仔体に分けられるが、根本的な部分で通じている。

 仔体の経験を、母体はすべて網羅している。

 兵志は母体にサソリの肉を献上する前に、仔体に与えていた。

 だから母体は、すでにサソリの肉の味を知っている。


「兵志はお肉、食べないの?」


「生で食べられない。体を造り変えないと腹を壊す。それは志鶴も一緒だ」


「あの子、わたしたちの中で体組成が一番人間に近いものね。ふふ、不便」


 母体の端末がと肉を食べる傍ら、兵志は適当にアブラサソリの肉を放り上げる。

 兵志が適当に放り投げた肉は、突然伸びてきた肉の塊がばぐんっと食べた。


 ぬちゃもちゃと、ねばついた音が響く。


 普通の人間ならば、妖魔が食事をする様子はおぞましく、恐ろしいものだろう。


 だが兵志は特に何も思うことがない。

 無表情で腰に手を当てると、母体の端末を見た。


「で? なんで昔話をしたいと思って()()()()()してるんだ? 唐突だな?」


 妖魔の母体の端末の姿は、この世界に存在していたとある人物に似た容姿だ。

 もうこの世には存在しない彼女。

 そんな彼女を想って兵志が問いかけると、母体は微笑んだ。


「唐突じゃないわ。だってお前が真者しんじゃの後継に会ったのだから」


 兵志はアブラサソリの肉を手づかみして放り投げようとしていたが、停まる。


 母体の端末は美味しそうにアブラサソリの肉を頬張っている。

 そして喉を鳴らして呑み込むと、すっと兵志を見た。


 その白銀虹プリズム色の瞳には、兵志が映っている。だがどこか空虚で、恐ろしい瞳だ。


「お前、美愛とかいう自認も姿かたちもただの女の子に会ったでしょう」


 母体の端末は兵志を見つめたまま、緩く笑う。


「あの子は頭のてっぺんからつま先まで、真者が造ったものよ。ふふ、気色悪い」


 母体の端末は、別に美愛という少女の存在が気色悪いと言っているのではない。

 美愛の存在その全てに、真者の思惑が込められていること。

 それが気持ち悪いのだ。


「真者は面白くなかったわ」


 母体の端末は、本当に面白くなさそうに笑って告げる。


「真者は結末が見えるから本当に受動的で、自分から動かない。望まない未来が訪れる時だけ、その未来から人間を救うために手を差し伸べる。だから大志様からロクデナシと言われて、『不解』のからはもっと言葉を使えと言われたのよ」


《真なる者》である真者は、完成された存在だ。

 彼にはすべての結末が見えている。

 人々がどのように生きて死ぬか、その人物を見据えるだけで理解できる。


 だから真者は望まない結末にたどり着くときだけ、手を差し伸べていた。

 誰もが納得できる結末にたどり着くのであれば、真者は見守るだけだ。

 どんなにその人が苦しんでも、真者は手を出さなかった。


 最終的に良い未来に行きつくのであれば、そこまでの道のりは良い経験になる。

 苦しんだ分だけ、救いのある未来にたどり着ける。


 だからこそ真者は、受け入れられない結末以外に手を差し伸べなかった。


「あいつは真者しんじゃ。完成された存在。無駄なことは絶対にしない、完璧主義者。……だからわたしたちとも遊んでくれなかった。本当に、つまらない存在」


 母体の端末は目を細めると、持っていたアブラサソリの肉を力任せに潰す。


 ぐしゃっと、無残に飛び散るアブラサソリの肉。


 地面に落ちたサソリの肉は、地面にこびりついていた妖魔の肉が残らず食する。

 それを見つめて、母体の端末は妖艶に笑う。


「わたしたちは、決して滅びない。だって終わりのない『不解』だから」


 母体の端末はふっと嘲笑うと、兵志を見た。


「わたしたちを滅ぼそうと躍起になっても意味はない。その考えは、わたしたちを楽しませるだけ。わたしたちを終わらせようと襲ってくる人間の相手をするのは、わたしたちにとって楽しいお遊び。……そのお遊びに、真者は付き合ってくれなかった」


 兵志は不愉快そうな母体の端末に、新しくアブラサソリの肉を手渡す。

 母体の端末は微笑むと、兵志が持つアブラサソリの肉にばぐんっと被りつく。


「真者は残酷な存在よ。無垢で完成されて純真だから、わたしとは別の意味で性質たちが悪い」


 母体の端末はむぐっと呑み込むと、くすくすと笑う。

 そして兵志の首に両腕を掛けてしだれかかると、天女のように可憐に笑った。


「元が人間だとしても。人間であるからこそ、アレは怖いの。執念深いの。純真に想うからこそ、その想いは決して終えない。……本当に面倒。だからね、兵志」


 母体の端末は兵志の頬を撫でて、母のように慈しみを込めて微笑む。


真者しんじゃの系譜には気をつけなさい。一生付きまとわれることになるわよ?」


 それも退屈しないからいいかもしれないけど。と、妖魔の母体は笑う。


「執着されると面倒だってことか?」


「そう。だから楽しみなさい」


 兵志は無表情のまま、少しだけ考える。


「……お前は、美愛が《御子みこ》であると思うか?」


「さあ? あれは『聖占せいせん』が勝手に言ってるものでしょう?」


 母体の端末は兵志に緩くすり寄ると、本当に興味なさそうに告げる。


「真者や『聖占』が取り付けた命名に、あまり興味はないわ。でもあれは真者の後継。それだけは確かよ。それにあの女の子は、完成された人間がどこまでも気に入るような外見と内面の女の子だもの」


 あいつの趣味なんてどうでもいいけれど、と母体の端末は笑う。


「《御子》という『聖占せいせん』の予言なんて、あの子の道をとざすようなものよ。あの子は何でもできるのに。貴い存在は期待に応えようとするから」


 兵志は母体の言葉に薄く目を見開く。そして問いかけた。


「美愛に、できないことはないのか?」


「ええ、そうよ。だってあの子は全てを選ぶ権利が与えられているもの」


 母体の端末は、ぎゅうっと兵志に抱き着く。

 そして兵志の肉体にすり寄りながら、甘い声を出す。


「あなたと同じ。美愛(あの子)は全てをひっくり返し、望む未来を生み出せるのよ」


「──そうか」


 兵志は頷くと、母体の端末から離れるために端末の両肩に手を置く。

 そして母体の端末をまっすぐと見下ろして、口を開く。


「真者が美愛を後継として造ったならば、美愛はこの時代を守るために生まれたといっても過言じゃない。つまり俺と同類。それなら、尚更俺はあの子を助けるべきだ」


 兵志の決意の言葉に母体の端末はふふっと笑うと、兵志から離れる。

 そしてアブラサソリの肉が乗った荷台の取っ手を掴むと、兵志を見上げた。


「真者の後継を受け入れる準備があるのでしょう。頑張って?」


「ああ。ありがとう」


 兵志は母体の端末の頭を撫でる。

 母体の端末は穏やかに笑うと、自らの肉を動かす。


 そして、ばぐんっと。アブラサソリの肉と肉が乗っていた荷台を、呑み込んだ。


 アブラサソリの肉と共に、飴細工のようにぼりぼりと噛み砕かれる荷台。


 妖魔に備品を一つ壊されたワケだが、兵志は気にしない。

 元々荷台が無傷で回収できると思っていなかったからだ。


「じゃあね、兵志。あなたの肉はいつも感じているけど、また来てね?」


 兵志は頷くと、その場を後にする。

 母体の端末はゆっくりと歩いて、天井から垂れ下がっている肉の繭に近づいた。

 母体の端末が近づくと、肉の繭がゆっくりと開く。


 そして大量の肉に丁寧に包まれている大切な()()が、少しだけ露出する。


 母体の端末は穏やかに笑うと、肉の繭の中に入る。

 そしてどろどろに溶けて、最後にはとぷんっと肉の塊と一つになった。


 母体の端末を取り込んだ肉の繭は、ゆっくりと元通りになる。

 まるで大切なものを抱きしめるかのように。

 母体は兵志が来る前と変わらずに、ただそこに存在していた。

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