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不解:超常により荒廃した世界で、俺たちは生きる  作者: 篠槻さなぎ
第二章:邂逅により動き出す
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第二章:08:決意を胸に

『組合』の拠点である《酒場》──その最上階。

『組合』を取りまとめる組合長、伊冴姫のプライベートフロアにて。


 執務室の隣の部屋で、美愛みあは一人で待機していた。


 美愛がいるのは伊冴姫の休憩室だ。

 休憩室といっても資料室のように使われている部屋。

 壁には、本棚が一面に敷き詰められている。


 中心にはローテーブルと革張りのモノクロソファ。

 ソファは三人掛けが一つと一人掛けのソファが二つ。

 その近くには足を置くためのスツールも置いてある。


 美愛は三人掛けのソファに座って、縮こまっていた。


 握りしめていた杖槍じょうやりは、とりあえずソファの背もたれに掛けている。


 だが何かを掴んでいないと不安で、美愛は自分のモッズコートの裾を掴んでいた。

 するとしばらくして。ドアをノックする音が響いた。


美愛みあ


 部屋に入ってきたのは伊冴姫いさきだ。そして──その後ろには獅子我ししが兵志へいしがいる。


「伊冴姫ねえさん、……心配かけて、ごめんなさい」


 美愛は部屋に入って来た伊冴姫を見て、しっかりと頭を下げる。

 伊冴姫は兵志を手招きして、一人掛けのソファに座ってもらう。

 そして自分も一人掛けのソファに座り、目の前に座る美愛を見た。

 伊冴姫は幼子に話しかけるように、美愛に優しく声を掛ける。


「美愛。ウチや兄さんが心配するって分かってるんのに、黙ってアブラサソリを狩りに行くのは間違ってるよね?」


「はい、その通りです……。私は何も言わずにアブラサソリを狩りに行きました……。……心配されて止められると分かっていたので、黙って行きました……」


 美愛はしおしおとうなだれながら、ちらっと兵志を見る。

 兵志の前で伊冴姫に怒られていることが気になるのだ。

 伊冴姫は兵志に親指を向けると、柔らかく微笑む。


「兵志には色々と事情を話したから、大丈夫。……で、美愛。どうして何も言わずにアブラサソリを狩りに行ったん?」


「…………母さまと父さまの結婚記念日を祝うプレゼント。それを買うお金が欲しかったのです……」


 美愛の母──《聖女》綾凪あやなぎ現界樹げんかいじゅの討伐の際に、美愛を身籠った。

 そんな綾凪を、伊冴姫と伊冴見の母である化生けしょう慈母狐神じぼこしんが発見。

 そして綾凪を伊冴姫と伊冴見に託した。

 伊冴姫と伊冴見は話し合い、綾凪の後ろ盾のために『華街』の男衆と結婚させた。


 伊冴姫は隣のソファに座っている兵志に、そっと耳打ちする。


「《聖女》綾凪と『華街』の男衆──喜多田きただヒナデの関係は良好なんよ。もちろんウチと兄さんが相性の良い人間を選んだからなんだけど。……喜多田は奥さんと死別しててな。ハヤテという息子もいて、どっちも『華街』の《学修区がくしゅうく》で教師やってる」


 大切な家族のために、プレゼントを用意したかった。

 その行為を、絶対に止められたくなかった。

 だからこそ、美愛は伊冴姫に何も言わずにアブラサソリを狩りに行ったのだろう。


「美愛」


 伊冴姫は、美愛の名前を優しく呼ぶ。

 美愛は伊冴姫に呼ばれて、おずおずと顔を上げた。


「あんたは特別な子よね。しかも『教導』にとって、あんたはどこからどう見ても逸材よ。そんなあんたは、自分の力の使い方を知らない。あんたが自分をきちんと守れる力があるなら、ウチはこんなに心配しない。分かる?」


「はい、分かります……」


「なら、自分の身を守れるようになればいい話よね?」


「え?」


 美愛は伊冴姫の言葉に思わず顔を上げる。

 伊冴姫は良く理解している美愛を見て笑うと、立ち上がって美愛の隣に座った。


「あんたに自分を守れる力がちゃんとあるなら、ウチも兄さんも安心できる。自分の身を自分で守れるようになるなら、それが一番いい。そしたら『教導』だって悪い連中だって、お前のことをおかすことなんてできない。そうでしょう?」


「……ど、どうすればいいですか……?」


 美愛は伊冴姫の手を握って、少しだけ身を乗り出して告げる。


「どうすれば、わたしは力の使い方を学べるでしょう。母さまはもう力を使えません。それにわたしは母さまよりできることが多いから、わたしにきちんと教えられるひとは『華街』と『組合』にいません。それに《繚嵐りょうらん》は人の出入りが激しくて、」


 美愛はこれまで自分が力の使い方を覚えられなかった理由を話す。

 だがこの場にいる兵志の存在を知って、はっと息を呑んだ。

 兵志がこの場にいるのは、自分に力の使い方を教える場を設けるためなのだ。

 状況を理解した美愛を見て、伊冴姫は頷く。


「そう。あんたに一つ提案しようと思って、兵志にはついてきてもらったんよ」


 伊冴姫は美愛の手を握って、優しくゆっくりと話をする。


「『軍警』には『教導』から追放された者たちの一部が身を寄せてるんのよ。その中に、あんたに力を教えてあげられるひとがいる。ただ一つ問題があるの」


「……問題?」


「『軍警』の拠点である《四方山よもやま》は閉鎖された場所で、《繚嵐》は拓かれた場所よ。そこを行き来すると、どうしてもあんたは目立ってしまう。だから力の使い方を身に着けるまで《繚嵐》に帰ってこられない。『軍警』の拠点で暮らすことになるの」


「兵志さまの、お世話になる……」


 美愛は伊冴姫の言葉を聞いて、少しだけ俯く。

 そしてたっぷりと時間を使って、美愛はきちんと考える。

 それを伊冴姫と兵志は、ゆっくりと見守っていた。


 美愛は頷くと、決心を固める。

 その答えは、美愛にとって迷うことがない答えだった。

 だが美愛は何度もよく考えて、決意の言葉を口にした。


「わたし、『軍警』の方々のところに行きます」


 美愛は、はっきりと自分の望みを告げる。


「力の使い方を学び、自分の身は自分で守れるようになりたいです。自分の身だけではなく、みんなのことを守れるようになりたいです。それがわたしの願いです」


 美愛は自分の気持ちを口にすると、兵志を見た。


「兵志さま……お世話になっても、よろしいでしょうか……?」


「問題ない。もう伊冴姫とは話を付けたからな」


 兵志は頷くと、ソファから立ち上がる。

 そして美愛の前で腰を下ろして、床に膝をついた。


「《始点創成してんそうせい》の獅子我兵志は、《力の権化ごんげ》伊冴姫と約束を交わした。だから美愛。お前が、自分の身は自分で守れるようにする。その場を『軍警』で用意する」


 兵志はまっすぐと告げて、美愛に手を差し伸べる。


「『軍警』に来い、美愛。全てを守れるようにしてやる」


「──はい、兵志さま」


 美愛は強く頷くと、兵志の手を両手で握った。


「これからよろしくお願いします、兵志さま」


 兵志は、しっかりと頷く。伊冴姫は話が落ち着いたので、兵志を見た。


「じゃあ兵志。もう少し話を詰めようか」


「ああ。美愛のことを迎えに来る日程を決めなくちゃいけないからな。美愛にとっても、準備が必要なことだからな」


 兵志は伊冴姫と共に、スケジュールの確認をする。

 美愛はその様子を見つめて、兵志の手を取った自分の両手を胸に当てる。

 そして強い決心を瞳に秘めて、自分がこれから学ぶべきことについて考えていた。


────……✧


 獅子我兵志は伊冴姫と打ち合わせをして、《薄楼はくろう自治区》の検問所に戻って来た。


「ただいま、志鶴しづる。待たせたな」


 兵志はトラックに乗り込みながら、助手席に乗っていた志鶴に声を掛ける。


「いえいえ問題ないですよ、兄さま。検問所は色々なひとが行き来していますから。それを見ているのも面白かったです」


 志鶴は手早くシートベルトを締める兄を見て、自分もシートベルトを締める。


「伊冴姫さんとお話は、久しぶりにゆっくりできましたか?」


「ああ。あいつも元気そうだった」


 兵志は周りを確認すると、声を掛けていた検問所の組合員に手を上げる。

 すると組合員が即座に動き、兵志の運転する車を誘導する。

 検問所の前には兵志を《酒場》まで案内した芙蓉ふようもいて、彼女は頭を下げていた。

 兵志は手を挙げながら頷くと、検問所から出る。そして、外周区の道へと出た。


「美愛に力を教えるために、『軍警』で預かることになった。存在を秘匿したくて仮隊員の住居を割り当てられないから、おそらく俺たちの家に住まわせることになる」


()を伝って状況をなんとなく確認していましたが、お話し合いはそのようになったのですね。分かりました。美愛ちゃんは良い子ですし、私は問題ありません。兄さまの決定に従います」


「助かる。二日後に美愛を迎えに来ることになった。それまでにゲストルームの片付けをしておいてくれないか?」


「はい、兄さまは『軍警』の副総指揮として、美愛ちゃんを守るために色々と準備が必要ですから。おうちのことは任せてください」


 兵志は頷くと、《外周区》の人間に気を付けながら《薄楼自治区》を出る。

 志鶴は周りを確認しながら、兵志を見た。


「伊冴姫さんが兄さまに美愛ちゃんを託したのは、いまの《薄楼自治区》や《繚嵐》が美愛ちゃんにとって良くない場所だからですか?」


「そうだ。どうやら『聖占』の予言を聞きつけた『教導』が入り込んでいるらしい。目立った動きをすれば怪しまれる」


『聖占』の予言。

 兵志の口から出た言葉に志鶴は深く頷いた。


「帰ったら詳しく聞かせてくださるとうれしいです。()を伝って確認していましたが、あまり聞いてはいけないとも思ったので。なんとなくしか分かりませんから」


「もちろんそのつもりだ。お前には世話を掛ける」


 兵志は運転しながら、志鶴を見る。。

 志鶴はふるふると首を横に振ると、にっこりと微笑んだ。


「私は兄さまの妹ですから。兄さまの力になることはなんでもやります。それに体は丈夫ですから。任せてくださいっ」


 兵志は頼もしい志鶴を見て、柔らかく微笑む。

 そして軽く伊冴姫と交わした約束のことを話しながら、《四方山よもやま》へと帰還した。


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