第二章:05:『組合』という組織
《薄楼自治区》は、『組合』という組織が管理する地域だ。
《薄楼自治区》がある場所は西の乾燥地帯から東。
西の乾燥地帯から見て、《峡辛谷》よりも手前にある。
かつて、この地域は関東地方と呼ばれていた。
だが『不解』という超常によって、地殻変動が頻発。
そのせいで、この地域にはかつて関東地方と呼ばれた面影がほとんどない。
だが《薄楼自治区》がある場所は平地。
珍しく、『不解』による地殻変動を受けていない場所だ。
兵志はトラックを運転して、《薄楼自治区》へと向かう。
ちなみに美愛はトラックの後ろから、バイクで追ってきている。
《薄楼自治区》は、端的に言ってしまえば和華折衷。
大陸系の装飾と、和風建築が織り交ぜられて造られた街だ。
街並みは洗練されていて、屋根瓦と木材と、漆喰の壁で統一されている。
《薄楼自治区》が見えてくると、助手席に座っていた志鶴が口を開く。
「《薄楼自治区》は《外周区》がまた広がりましたね」
《薄楼自治区》は《内周区》と《外周区》に分かれている。
《内周区》は『組合』が正式に管理をしている区域。
《外周区》は《薄楼自治区》の外に集まった人々が、勝手に作り上げた区域だ。
勝手に造られた《外周区》のことを、『組合』は一切保証していない。
だが『組合』は、《外周区》を完全に無視しているわけではない。
その証拠に、『組合』の組合員を外周区長として派遣して《外周区》の治安を守っている。
兵志は運転しながら、広がり続ける《外周区》の街並みを見る。
「《薄楼自治区》にはまだまだ人が集まり続けてるんだな。人が多いと争いも増える。少し、伊冴姫に聞くべきか……」
『組合』は、『軍警』と『古縁』を結んでいる。
『古縁』というのは組織同士の同盟のようなものだが、兵志たちは一度もその繋がりを同盟と表現したことはない。
理由は同盟のように、『古縁』が利益を考えて結ばれた関係ではないからだ。
『古縁』とは、その名の通り古くからの縁。
かつての仲間によって紡がれた、強固な絆のようなものだからだ。
兵志は車を運転して、《外周区》に入る。
《内周区》に入るためには、検問所を通って跳ね上げ橋を通る必要がある。
兵志は《内周区》の検問所の前にやってくると、トラックの窓を開ける。
近寄ってきたのは、チーパオ服を着たショートカットの女性だった。
「話は組合長から伺っております。私は案内人としてやってきた芙蓉。いつもは《酒場》でウェイターをやっております」
《酒場》とは、《内周区》に存在する『組合』の本拠地だ。
《酒場》とはその名の通り、酒が飲める場所。ホテルの装いをしている拠点だ。
芙蓉と名乗った女性は、丁寧にお辞儀をする。そしてにこっと微笑んだ。
「ようこそ、『軍警』の副総指揮。《始点創成》──獅子我兵志様」
芙蓉は兵志の異名を口にして穏やかに微笑むと、頭を下げる。
「先に謝罪を。約束の取り付けが急だったため、十分なおもてなしをさせていただくことができませんの」
兵志は緩く首を横に振ると、検問所を見渡した。
「気にしなくていい。トラックはここに停めていくことになるよな?」
「はい。お手数をお掛けします。よろしくお願いいたします」
「問題ない」
兵志が返事をすると、検問所の筋骨隆々とした組合員が駆け寄ってきた。
彼の掛け声に合わせて、兵志はトラックを移動させる。
そして駐車し終えると、兵志はシートベルトを外しながら助手席の志鶴を見た。
「志鶴、お前はここに残ってくれ。サソリの肉のためにクーラーをつけておきたいんだ。エンジンが掛けっぱなしになるから、お前にいてほしい」
「はい、兄さま。ここで兄さまの帰りをお待ちしておりますね」
兵志は志鶴に話をつけると、車から降りる。
すると、兵志の駐車を誘導してくれた組合員が美愛と話をしていた。
「美愛ちゃん、今度から少し厳しくするって組合長が言ってたよ。俺も何も聞かずにいつもの感じで門を通しちゃったけど、気を付けてね」
「……ごめんなさい」
美愛は言い訳せずに、しゅんっとうなだれたまま謝る。
組合員は肩をすくめると、美愛の頭を優しく撫でる。
そして兵志を見て頭を下げた。
「すみません、『軍警』の副総指揮殿。話は終わりました」
「謝らなくていい。問題ない」
兵志が大丈夫だと告げると、チーパオ服を着た女性──芙蓉が微笑む。
「では獅子我兵志様。ご案内いたします。美愛ちゃんも。組合長がお待ちですよ」
「……はい、分かりました」
美愛は頷いて、杖槍を持ったまま芙蓉に近づく。
美愛の後ろで、組合員が美愛のリヤカーから、美愛の戦利品を回収する。
どうやら組合長に、回収するように指示されているらしい。
美愛は小さくなったまま歩き始める。
これから怒られると分かっているからだ。
兵志は年相応の美愛の姿を見て肩をすくめると、《内周区》に足を踏み入れた。
《内周区》と《外周区》は、同じ建築様式を利用している。
だが内と外では、大きく雰囲気が異なる。
それはやはり《内周区》こそが『組合』の想定した街だからだ。
もちろん《外周区》での生活も悪くない。
《外周区》の人間が《内周区》の施設を利用することができないわけでもない。
だがどうしても、外と内に住む人々は少しだけ雰囲気が異なってしまう。
それは致し方ないことだ。
『組合』に所属する女性──芙蓉は、兵志と美愛と共に歩きながら笑う。
「ふふ。まさか『軍警』の副総指揮様の案内ができるとは思いませんでした。今日のシフトを変わっておいてよかったです」
芙蓉は笑うと、兵志を見上げてにこっと微笑んだ。
「副総揮様は現界樹の討伐で多くの方々を助けてくださいました。感謝しております。お会いできて光栄です」
「討伐は七年も前の話だ。時の流れは早いな」
「はい。当時一二歳だった私ももうすぐ二〇歳ですから」
ふふっと笑う芙蓉。すると、黙って歩いていた美愛が顔を上げた。
「わたしも、兵志さまが現界樹討伐の際にねえさんたちと活躍されたことは、伊冴姫ねえさんから聞いてます」
兵志は美愛の言葉に、つかさず頷く。
「二人と共闘したのはあれが最初だからな。俺もよく覚えている」
七年前にこの世界に現れた『不解』──現界樹。
現界樹は、眷属を従えて大地のエネルギーを吸い取る強敵だった。
七年前、この地域に住む人々は生き残るために、一致団結して現界樹と戦った。
みんなの協力があったからこそ、現界樹は討伐できた。
この地域に再び平穏を取り戻すことができたのだ。
(……美愛の反応を見るに、美愛は七年前には生まれてなかったんだな)
兵志は美愛と芙蓉と共に歩きながら、美愛の様子をつぶさに観察する。
七年前に子供だった芙蓉は、実感がこもっている。だが美愛はそうではない。
(やはり美愛は外見年齢と精神年齢が一致していない。外見に精神が引っ張られて本人がしっかりとした気質だから大人に見えるが、端々に精神の未熟さが感じられる)
まだ確信は持てないが、おそらく美愛はこの七年の間に生まれた子なのだろう。
美愛の外見年齢は一八歳程度。
つまり美愛は、常人の二倍以上の速度で成長していることになる。
(何にせよ、伊冴姫が話してくれると言ってるんだ。あとで考えよう)
兵志は心の中で呟きながら、『組合』の拠点である《酒場》にやってきた。
《酒場》の外見は、一五階建てのホテルである。
一階と二階には組合員が使用できる大規模なバー。
三階から八階は宿泊施設で、それより上は『組合』のオフィスだ。
伊冴姫が組合長を務める『組合』は、人々に仕事を斡旋する組織だ。
その仕組みは、RPGゲームや物語に出てくるギルドのようなものだ。
『組合』では、申請すれば誰もが自分を組合会員として登録できる。
組合会員になった者は《酒場》の受付で仕事──クエストを受けられる。
クエストには難易度があり、会員ランクと力量によって受けられる仕事が決まる。
よくファンタジー作品でも出てくる、冒険者たちが集う場所。
ランクによって受けるクエストが選べる架空の組織。
そのギルドを現実に造り上げたかのような組織が『組合』である。
兵志は芙蓉という女性に導かれて、美愛と共に《酒場》に入る。
すると兵志の姿を見て、ざわっと《酒場》にいた人々が騒めいた。
獅子我兵志は現界樹討伐の時に活躍した、『軍警』の副総指揮として名高い。
向けられる感情に差は在れど、注目されることはいつものこと。
だから兵志は特に気にすることなく、視線を上げる。
兵志の視線の先には、《酒場》の二階に上がるための中央階段がある。
その中央階段から、一人の女性が降りてきた。
鍛え抜かれながらも、女性らしくすらりとしたグラマラスな体躯。
美しい体に纏う服はスリットが深く入った、深紅のチーパオ。
すらりと伸びた足には、薄手の黒いガーターベルトソックス。
足先には黒いリボンが後ろに取り付けられた、高いヒールのパンプス。
『組合』の組合長──《力の権化》伊冴姫。
伊冴姫はツインテールにまとめた自分の長い黒髪に触れながら、妖艶に笑う。
「久しぶり、兵志。本当なら定期会合で会う予定だったんけどね。……まさかこんな形で会うことになるとは」
伊冴姫は手に黒い鉄扇を持ったまま、すっと赤い瞳で美愛を見る。
美愛は気まずそうな顔で杖槍を握りしめたまま、そーっと目を反らした。
それを見て、怒った笑顔を見せる伊冴姫。すると、美愛はもーっと小さくなった。
「久しぶりだな、伊冴姫。息災そうで何よりだ」
兵志は中央階段を降りてきた伊冴姫に近づいて、挨拶をする。
伊冴姫は真剣な表情で頷く。
「積もる話もあるし、ウチのオフィスに行こう。──美愛、あんたも来るんよ。そして別室で待機してもらうから。ちゃんとこってり絞らないと」
「は、はいぃ……っ」
美愛は怒っている伊冴姫が怖くて、しょぼしょぼとうなだれる。
そんな美愛を見て、芙蓉は苦笑いした。
「芙蓉、あんたは業務に戻って。ご苦労様」
伊冴姫が声を掛けると、芙蓉は頭を下げる。
それを見て、伊冴姫はくるりと振り返る。
そして伊冴姫は二人を連れて、階段下の奥にあるエレベーターへと向かった。