第二章:04:和やかなひと時とお叱り
乾燥地帯に敷設された、『軍警』の野営用のキャンプテントにて。
貴い少女である美愛はサンドイッチを呑み込むと、納得したように頷いた。
「なるほど……。食材だけではなく、調理の仕方や味のつけ方でもどこに住んでいるのか分かるのですね?」
美愛は頷きながら、共に食事をする『軍警』の副総指揮──獅子我兵志を見る。
兵志はおにぎりを一口食べて、きちんと呑み込んでから口を開いた。
「慣れ親しんでいると気が付かないが、調理にもそれぞれの組織の特色が出る。『組合』と『華街』なんかは顕著だな。両組織は香辛料やハーブ、油、果物をふんだんに使う特徴がある」
「確かに。兵志さまはご存じだと思いますが、『組合』と『華街』の間には《峡辛谷》がありますからね。香辛料やハーブという調味料はとても豊富に使えます」
《峡辛谷》とは『不解』の影響で作られた谷だ。
谷には香辛料やハーブなど、他にも多種多様な植物が生えている。
《峡辛谷》の所有権は、共同で『組合』と『華街』が保有している。
だから両組織は香辛料やハーブ、油をふんだんに食事に使用できるのだ。
美愛は少し興味が出て、兵志に質問する。
「兵志さまのところでは、旅バトのような鳩肉を扱ってないのですか?」
「鳩は育ててない。『軍警』で使う肉は鶏だ。巨大合成鶏と呼ばれている。定期的に《市場》にも卸してる」
この地域において、物流の中心地となっている《市場》。
『軍警』は拠点で生産した物資を定期的に《市場》に流している。
その一つが、巨大合成鶏という鶏だ。
だがその存在を知らない美愛は、きょとんとして首を傾げる。
「こかとりす……?」
「『軍警』の技術で改造された鶏だ。体長は大きくて一五○センチほどになる。一羽で大量の肉が取れて歩留まりがいいんだ」
美愛も鶏という生き物を見たことがある。
だがあれはせいぜい自分の膝よりも低いくらいの長身だ。
それなのに巨大合成鶏は一五〇センチにもなるという。
美愛は身長が一五六センチ。ほぼ巨大合成鶏は美愛と同じ大きさである。
「か、怪獣……っ!? 鶏の、怪獣……?」
困惑する美愛に、兵志は淡々と告げる。
「巨体だが、怖がることはない。あれの性格は『軍警』が手を入れる前から大人しいものだった。その証拠に、自分の首が絞められる直前まであれは呑気にしてる」
兵志の説明を聞いて、美愛は思わず鶏が可哀想になる。
志鶴は手を拭いた兄におにぎりを渡しながら、ふふっと苦笑する。
「兄さま、少し明け透けに言い過ぎですよ。美愛ちゃんは女の子なんですから」
「……そうだな。悪かった、美愛」
兵志は志鶴からおにぎりを貰いながら、丁寧に謝る。
顔を青くしていた美愛はぶんぶんっと首を横に振ると、サンドイッチを見た。
「やはりいのちには多大なる感謝をしてから食べませんと……いただきますっ」
もぐもぐとサンドイッチを一生懸命に頬張る美愛。
鳩肉はハーブと香辛料に漬けこまれているため、柔らかくておいしい。
たくましく育ってくれた旅バトに感謝である。
志鶴はおにぎりとは別に、弁当箱を取り出しながら困った表情をする。
「そういえばお弁当には巨大合成鶏の唐揚げがあるのですが……兄さま。実はいつもと違うんです」
志鶴は弁当の蓋をぱかっと開ける。
中身は鶏の唐揚げとフライドポテト。サラダチキンに葉物野菜のサラダ。
ついでに卵焼きとミートボールが入っている。
志鶴は兵志にお弁当を見せながら、説明をする。
「今日の唐揚げに使った巨大合成鶏、幼体なのですよ」
「幼体?」
兵志は慣れ親しんだ梅干しのおにぎりを食べながら、怪訝に思う。
ちなみにおにぎりの具にはツナマヨとおかかもある。
『軍警』が海開きの時に捕った魚を、缶詰や干物にしたものだ。
「どうやら生産部隊で手違いが発生したらしく……幼体の状態で間引いたものを三匹貰ったんです」
兵志は志鶴の説明を聞いて、先日読んだ報告書を思い出す。
「そういえば生産部隊から、新人が巨大合成鶏の孵化機材の扱いを間違えたと言う報告があったな。研修マニュアルを徹底させると記載されていた」
巨大合成鶏は繁殖用の個体が産んだ卵を、孵化器に掛けることで生まれる。
誕生してひよこから幼体になるまで五日。
成体になるまで二五日と、品種改良で大変育てやすくなった鶏だ。
巨大合成鶏は孵化器に掛けるまで、卵は決して孵化しない。
だから必要な分だけ孵化器に掛けるのだが、報告書を読んだ限りどうやら新人が孵化器の取り扱いを間違えてしまったらしい。
兵志は報告書を思い出しながら箸を持って、ぱくっと鳥の唐揚げを食べる。
「食感は幼体でも成体とあまり変わらないな。味付けが完璧だ、美味い」
兵志はきちんと味わってから、あまり変わらないと判断する。
妖魔は基本、肉食だ。悪食ではあるが、食べた肉の質感など細かく覚えている。
人造妖魔だとしても、兵志は妖魔だ。だから美愛の持っている調理後の肉を見ただけで《薄楼自治区》で取り扱われている旅バトの肉だと分かったのである。
志鶴はほっとすると、自分も唐揚げに手を伸ばす。
「味見した時に普通と変わらないと感じたのですが、兄さまの感想が聞きたくて。良かったです」
兵志は頷くと、唐揚げに箸を伸ばす。
すると、美愛が志鶴の作った弁当をしげしげと眺めていることに気が付いた。
美愛に気が付いた兵志は、志鶴に視線を向ける。
三人分のアイスレモンティーの用意をしていた志鶴は、兵志の視線に頷いた。
「美愛。弁当のおかず、少し食べるか?」
兵志はフォークをカトラリー入れから取り出しながら問いかける。
美愛はぱあっと表情を輝かせる。
「いいのですか……っ!」
「そんなに物珍しそうに見られたら気になるからな」
兵志が苦笑すると、美愛は恥ずかしくなって、ぽっと頬を赤く染める。
「う。……すみません。『軍警』のごはんがとても珍しくて……」
美愛はぽそぽそと呟くと、縮こまりながらも兵志を見て笑う。
兵志は美愛にお弁当を見せながら、問いかける。
「何が食べてみたい? 先ほど怖がらせてしまったが……唐揚げ食べるか?」
「はいっ! ……話を聞いたら鶏さんが少し可哀想と思ったのですが、実は唐揚げ、ちょっと気になってたのです。お二方が美味しそうに食べるので……っ!」
兵志は美愛の返答を聞くと、美愛に唐揚げを差し出す。
美愛は丁寧に受け取ると、ぱくんっと巨大合成鶏の唐揚げを口にする。
「っ!! お、おいひぃですっ」
美愛は目を輝かせながら口に少し手を当てて、むぐむぐと食べる。
唐揚げは、醤油味。醤油は『華街』や『組合』でも使用されている。
だが両組織の食事は中華風が多い。
美愛は、『THE和食』といった料理をあまり食べたことがないのだ。
美愛は表情を輝かせると、興奮した様子で志鶴を見る。
「ショウガが効いてておいしいですっ。それに唐揚げがちょっと温かい……保温機能がすごいんですね。さすが『軍警』の設備ですっ!」
美愛はゆっくりと唐揚げを味わうと、幸せそうに表情をとろけさせる。
唐揚げを作った張本人である志鶴は、美愛に料理を褒められてうれしくなる。
志鶴は美愛に弁当に入っているフライドポテトを進めながら説明する。
「《薄楼自治区》でも《繚嵐》でもポテトは食べられてますけど、『軍警』のは品種改良されていて荷崩れしにくくなってるのですよ。唐揚げ粉をまぶして揚げてありますが、イモの風味が強いのでおいしいはずです」
「ありがとうございます、志鶴さま……っ」
美愛は志鶴からポテトをもらって、ぱくぱくと幸せそうに食べる。
兵志は志鶴の弁当からサラダチキンを箸で摘まむと、口にする。
サラダチキンはレモンと胡椒が使われている。志鶴がいつも作ってくれる品だ。
志鶴は自分の作った弁当を二人に美味しく食べてもらえて、嬉しくなる。
お弁当の量は十分にある。だから志鶴は美愛に自分の作ったお弁当を提供する。
美愛と志鶴は、外見だけを見れば年が近いように二人。
そんな二人を見て、兵志はふっと微笑んだ。
和やかな昼食は、滞りなく終了した。
兵志は使用した『軍警』の野営地用のキャンプセットを片付け始める。
すると。ピーヒュルルルル──という、特徴的な鳥の鳴き声が響いた。
兵志は一瞬目を見開くと、鋭く細める。
「──『組合』の伝信鳥の声だ」
兵志が反応すると、志鶴の片づけを手伝っていた美愛がきょとんっと目を開いた。
「え? 『組合』?」
兵志はテントから出ると、空を見上げる。すると、上空に鳥の影があった。
その鳥は、機械でてきた鋼鉄の体を持っていた。
兵志が手を上げると、旋回して高度を下げていた鳥が兵志の腕に降り立った。
伝信鳥は『組合』が連絡を取るための通信ロボットだ。
兵志の腕に留まった空色の躯体を持つ鳥は、かぱっと口を開く。
そして、内蔵されたスピーカーが顔を出した。
『久しぶり、兵志。伊冴姫よ。ウチの子が迷惑かけてごめんね』
「久しぶりだな、伊冴姫。ウチの子というのはやはり美愛のことか?」
兵志が鳥に挨拶を返すと、鳥がぱたぱたと翼を広げる。
そしてくいっと首を動かした。
『美愛!! アンタウチや兄さんに何も言わずに、黙って遠いとこまで行って何してるん!! どういうつもり!?』
「ひっ! ご、ごめんなさいっ伊冴姫ねえさんっ!!」
兵志を伺っていた美愛は、突然ながらも正当に怒鳴られてぴゃっと飛び上がる。
美愛の声が聞こえた伊冴姫は、通話越しにため息をつく。
『まったく、もう! ……最近行動範囲が広がってるとはいえ、アブラサソリを狩りに行くまで遠出するなんて思わなかった。これはウチらの判断ミスね』
伊冴姫は自戒するように呟くと、鳥の首を動かして兵志を見た。
『これも「聖占」の思し召しかもしれんね』
伊冴姫はそう告げると、一拍置いてから兵志に声を掛ける。
『──兵志、これから時間ある? ちょうど良いし、話したいことがあるんよ』
伊冴姫は真剣な声で通話越しに告げると、鳥の羽を動かして美愛を見た。
『ついでに、あの心配ばっっっかりかけまくる子の首根っこ掴んで、《薄楼自治区》まで連れてきてくれると助かるんだけど』
気まずそうにしている美愛の雰囲気を感じながら、兵志は頷く。
「分かった。ちょうど俺もお前のところに行こうと思ってたところだ」
『ありがと。じゃあ検問所に連絡しておくから。迷惑かけてごめんね』
伊冴姫がそう告げると、口を開いていた鳥がぱかんっと口を閉じた。
そして、兵志の肩にとんっと降り立つ。
兵志は鳥を肩に載せたまま、志鶴と美愛を見る。
「狩りも終わって飯も食べたことだし──行くか、《薄楼自治区》へ」
兵志がそう告げると、志鶴の傍らでぷるぷると震えている美愛が口を開く。
「ご、ごめんなさい……っごめんなさい、伊冴姫ねえさん……っだ、だって……っ」
しおしおとうなだれて、普段から良くしてもらっている伊冴姫に謝る美愛。
親に怒られるような子供の姿をしている美愛を見て、兵志は思わず肩をすくめた。