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最後の願い 後編

「ミツキは、初めて一緒に帰った日を覚えてる?」

「……ふふ。覚えてる。まぁた余計な事言っちゃった〜って、思ったな。だって、頭に来ちゃって!」

「ミツキ、本当に、本当にありがとう」

「やだあ、しんみり! ミツキだって、ありがとう、だよ〜」

 ミツキの手がそっとこちらに伸びるも、迷ったかのように宙を彷徨い、すぐに降ろされてしまう。もしかすると、あの日のように私の手を引こうとしたのかもしれない。


 ミツキがこちらを気にしつつ歩き始める。私もそれに倣って歩き始めた。濡れた枯れ葉に足を取られそうで慎重に歩く。

 私達はたくさんの思い出話に花を咲かせた。一緒にいた期間は長くないけど、二人には語り切れない程の思い出があった。思い出にはとても鮮やかな色彩が施されていて、冷えていた体が温かくなっていく。

 

「そういえばさ」「あの時もね」、しきりに話題を探す。会話が途切れてしまったら、この幸せな時間は終わるんじゃないかって心のどこかではとっくに気が付いていたから。次第に言葉よりも涙の量が上回り、川を下り終える頃には、私は嗚咽を堪えきれなくなっていた。涙を止めよう、止めよう、と思えば思うほど、堰を切ったかのように溢れて止まらない。

 遠くの方で未だ現場を調べている大人達は何故だかこちらに気が付いていない。


「私ね、私……ミツキが大好きだよっ」

「ミツキも、キョウカがだぁいすき!」

 声が震える。しっかり目に焼き付けたいのに、目の前はぼやけてよく見えない。それでもミツキがとても優しい顔でこちらを見ていると感じる。笑顔で見送らなきゃ、わかるのに。 

「ずっと、側にいてくれるって! 言った! 近くで守ってくれるって!」

 今までにないくらい大きな声が出た。違う。最後に言いたいのはそれじゃないのに。それでもやるせない気持ちが止められない。

 

「うん、ごめんね……もう側にいて、助けてあげられない。だけど、もうキョウカは大丈夫! あいつらに言い返せたんだもん!」

「大丈夫じゃないっ、ミツキがっ、ミツキがいないとっ」

「大丈夫、キョウカは大丈夫なの」


 ミツキが躊躇いながらも私の背に腕を回す。抱き締められた感触はない。ただ、なんとなく暖かい気がした。

「キョウカは大丈夫。だから……こっちに来ちゃだめなの」

「ミツキ……なんで知って……」

「わかるよ、親友でしょ。止めなきゃって力いっぱい念じたら、キョウカがこっちを見たの」


 私は今日、あそこから川に飛び込もうとしていた。ミツキと同じように。昨日一晩考えて、出た答えはそれだった。

 

 三日前、ミツキは家に帰って来なかったらしい。ミツキのお母さんからは当然うちにも連絡が来た。外は真っ暗。とっくに夜になっていた。

 ミツキは目立つ格好をしていたけれど不良ではない。だから親に無断で帰宅時間が遅くなるなんて、私には考えられなかった。何かに巻き込まれたんじゃないかって、居ても立ってもいられず親の目を盗んであてもなく家を飛び出した。

 近所から彼女の通学路まで大声で探し回っても見つけられない。その日のうちにミツキの親は捜索願を出した。私もついでに捜索願を出されそうになったが、その前に補導された。


 ミツキは行方不明とされていたけれど、クラスは早々に諦めムードになっていた。私と一緒にいるせいでミツキも目を付けられていたし、クラスメイト達にも煙たがられていた。だからとは言いたくないけれど。


 そして昨日。担任が嗚咽混じりにこう言った。

「捜索されていたミツキさんですが……悲しいお知らせをしなければなりません」

 体中からスーッと血の気が引く。その先を聞きたくない。耳を塞ぎたい。でも動けなかった。そして担任は続ける。

「裏の雑木林。川の上の柵、みんな知ってるよね。あの柵が、古いでしょ。一部壊れてて。警察の話しでは……そこから落ちたんじゃないかって。川の下流で、ミツキさんの遺体が見つかりました」


 "遺体が見つかった"

 まず最初に何も考えられなくなった。担任教師はまだ何か言っているけれど、その声がとても遠くに聞こえる。しばらくして教室が啜り泣きの声で満たされる。私はまだミツキが死んだなんて信じられなかった。なのに散々私達をいないものとして扱ってきた担任やクラスメイトがぐすぐすと鼻を鳴らし声を漏らすので酷い寒気がした。


 ミツキの訃報を知らされた日、気が付けば彼女の家の前に来ていた。

 マンションの一室。何度もチャイムを鳴らした部屋。だけどその日、私はチャイムを押せなかった。中から女性の悲鳴にも似た声が聞こえてきたからだ。いつも私の来訪を嬉しそうに出迎えてくれたミツキのママだろう。何度も何度もミツキの名前を呼んでいた。あまりの悲痛な叫びに、(ようや)く「ミツキにはもう会えない」と理解した。

 

 それからどうやって家まで帰ったのか、はっきりとは覚えていない。

 ただ、私にはミツキのいない生活が考えられなくて。どうして私を置いて逝ったの? と無意味な自問自答を繰り返して。消耗した頭に浮かんだ解は「私も連れてって」。もちろん親の顔が浮かばなかったわけではないけれど、私にとってミツキの存在はそれほどに大きかった。


 だから今日、大人達の目を盗んでここに来た。誰にも見つからなかったのは奇跡かもしれないし、二人の最後の時間を誰かがプレゼントしてくれたのかもしれない。

 

「親友のキョウカにね、最後のお願いがあって」

「お願い……?」

「あれ」

 ミツキが指を差す。指し示された先には、ミツキが愛用していたポーチが落ちていた。水や土にまみれてドロドロだった。ポーチには二人で購入したお守りが結ばれていた。

「あっ!」

「二人で買ったお守り、落としちゃったの」

「……まさか。ミツキ!」

「ひゃあ怖い顔~。ごめんってえ」


 ミツキの表情は、私の頭に過ぎった光景が現実であると語っていた。彼女は落としたお守り付きのポーチを拾おうと、柵から身を乗り出した。しかし柵が壊れて、手の届いたポーチと一緒に彼女自身も濁流の中に落ちてしまったのだ。ミツキだって必死に川の流れに逆らったはず。だがこの流れの中からは、自力で抜け出せなかったのだろう。


「そんなことで、そんなことで死なないでよっ!」

「ね~。そうだよねえ、面目ない」

「そうじゃなくって……お守りなんてまた買えたじゃん。これからいくらでも、買えたのに」

「ミツキにとっては、このお守りは替えが効かない大事な大事な宝物なの。初めて友達とおそろいにしたから」

 あまりに優しい声色で思わず息をのむ。私だってそうだ。今日も肌身離さず持っているおそろいのお守り。立場が逆でも同じことをするだろう。そう思えるのに、しかし彼女はこの世からいなくなってしまった。"そんなおまもりよりミツキの方が大事だよ"と思わずにはいられない。


「これね、一緒に燃やしてほしいの。お母さんにそう伝えてほしいの。お母さんはミツキの声、聞けないみたいだから」

「一緒に燃やすの?」

「うん、あっちでお守りにするから!」

「……分かった」

 私はそっとポーチを拾った。汚れてしまっていたけれど、少しも気にならない。冷えたポーチをぎゅっと抱きしめた。


「さて、キョウカは止められたし、お守りも見つかったし。そろそろ行きますか~」

「もう……いくの……」

 恐らく二度と会えないのだろう。ミツキの表情はどこか晴れやかで、また明日も一緒にいるのではないかと錯覚しそうになる。 

「ずっとは、無理みたいなの。お守りの事が気がかりで成仏できなかったぽいからさ。もうさっきから体引っ張られてる感じ!」

「怖く、ない?」

「うーん……ちょっと怖い! でも大丈夫。キョウカがそれ、ちゃんとお母さんに渡してくれるって。お母さんがキョウカの言葉を信じてくれるって、信じてるから!」


 ミツキの姿を目に焼き付けようと、涙で揺れる視界を拭う。今までで一番優しい顔をしていた。


「キョウカは、いっぱいいっぱい長生きしてから来てね!」

「何年経っても、ミツキは一番の親友だよ。私もあのお守りずっと大切にするから!」

「学校も、ちゃんと行くんだよ? ミツキがあいつら懲らしめといたから安心して!」

 首を傾げる私を見て、ミツキが楽し気に笑う。

「どうせあのおバカクラスだもの。しばらくしたら全部噂になってるよ」

「……そうだね」

「じゃあ、元気でね! ミツキは、キョウカと仲良くなれてとーっても幸せだった! ミツキのために怒ってくれて嬉しかった!」

「私だって、幸せだよ。ミツキ、ありが――」


 穏やかな風が私の頬を撫で、一瞬目を閉じた。恐る恐る目を開けた時には、私は雑木林に一人立ち尽くしていた。

 何度か名前を読んでみたけれど、返事はない。今度こそ、ミツキは本当にいなくなってしまったのだ。


 あれから数日が経ち、私はミツキの最後の願いが叶うのを見届けていた。親族のみで見送る予定だった所に、ご両親が呼んで下さったのだ。親族の方々から抜け出し、天へと昇っていく煙を見上げる。

「ちゃんと、届いたかな」

 ポツリと落ちた言葉は私の周りを彷徨い、やがて消えていった。


 学校生活はと言うと、すっかり腫れ物扱いされていた。

 例の女達はどうも最後にミツキと会っていたという目撃情報があり、関係があるかもしれないって事で謹慎処分を食らっていた。知らないの一点張りらしい。あの女達が犯人であれば、あの日ミツキが教えてくれただろうから、本当に白なのだろう。もしかしたら彼女達と揉めて、気晴らしに雑木林へ向かった可能性はあるが。


 ミツキの言っていた“懲らしめといた”が効いたのか、久しぶりに登校した彼女達はすっかり大人しくなっていた。今では私にもビクビクと怯える始末。随分と静かになって学校に通う苦が減った。

「今も、守ってくれているんだね」

 心配させているのだろうか。

 

「ミツキが安心出来るように、私も頑張るねーっ!」


  空に向かってやや控えめに叫ぶ。背筋を伸ばして一歩前へ踏み出した。

 

お読みいただきありがとうございます。

「亡くなった友人が最後に会いに来てくれたら」がテーマでした。

もし何か感じていただけたら、感想や評価をご利用ください。大変喜びます。

素敵な一日になりますように。Have a Nice Day!

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― 新着の感想 ―
うるうるしてます。 事故で亡くなったとはいえ、その背景にいじめがあったことは明白で。キョウカにはミツキの分も強く生きて欲しい。きっとミツキのお母さんもそう思っているはず。 きっと教室の雰囲気も変え…
∀・)素晴らしい作品でした。誰にも知られざるキョウカちゃんとミツキちゃんの物語。その物語をひとつの文学として奏でる。なんと美しいものであったか。これを感動と呼ばずなんと呼ぶのか。そんな感触でした。泣け…
まさか、なろうで涙ぐむ作品に出会えるとは……。 短編なのに序盤からグイグイと引き込まれて、伏線もよく出来ていて、泣かされました。 描写も展開も構成も、上手すぎる。。。 自分は起承転結の承が苦手なのです…
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