34 故郷スリ・ロータスへ
結局、二人は村に一週間ほど滞在した。村の人々がこれほど協力的だったのには驚いたが、皆 “砂漠の魔女” の所業には辟易していたのだと理解する。
実際には、男を助けようと何度も何度も村にやって来た赤い髪の若い女に、村の者が絆されたのだ。
元々地元民ですらほとんど出入りのない辺境の村なのだ。そこに恐れもせず、懲りもせず何度もやってくる外国の娘、話題になって当然だ。
皆いつの間にか、やってくるのを楽しみにするようになっていた。
今度こそは諦めて、もう二度と来ないのではと、賭けが始まった。いつも赤髪の娘に金を賭けるのは占い師だけだったが。皆が『もう来ない』方にばかり賭けるので、賭けにならなかったからだ。
それでも、いつも占い師が勝った。
神殿の方角に巨大な黒い煙が立ちのぼった後、赤髪の女が男を連れて現れたときは、村のみんなが仰天した。
『とうとうあの赤髪の女がやってのけたぞ!』と……
セレは、皇都から一個師団がやって来て、魔女の一団は捕えられたと知らされた。
どうやら、あの優しい青年オリィは無事生還したらしい。
(よかった! 本当に良かった!)
『いつか、謝りに行けたらな』と思う。許してくれるとは思えないが……
少し様子が落ち着いたヘリオスと二人、村の人々にお礼を言って旅立つ。 陸路でおよそ一ヶ月、古くからの交易路『塩の道』を通って南の海に出る。
ヘリオスの様子は少しずつ、昔のように戻る時間が増えている。
一緒に魔石探索に行った話をしていると、魔女に捕まっていたことが嘘のようだ。
「あの時の青い魔真珠、そう言えばまだ代金をもらっていなかったわね」
「そうだな、今頃はディヤマンド王国の宝物庫にでも入っているんじゃないか?」
「そうかもしれないわね。あのザイベリー侯爵なら相当高く王様に売りつけているわよ」
「今度会ったら請求しなきゃな」
そんな軽口を叩けるようになった。
己の大事な場所に着けられていた異物については、外したかどうか知るのがだいぶ先になった。お互いにそのことについて訊きたくもないし、言いたくもなかったからだ。
最初、彼は躰に触れられることに神経質になっていた。そして、彼がセレに触れるのはとても慎重だった。ときどき幻覚なのか現実なのか、確認するように抱き締められたが、そこから先にはなかなか進まなかった。
そういう行為に対して嫌悪があるように感じられた。
セレは少し寂しくもあったが、八年間待てたのだから、もう少し待ったところでどうと言うこともない、と自分を納得させた。
ただ、傍にいられるのならもうなんでもいい……そう思った。
一ヶ月とちょっと、時間を掛けて他のキャラバンと一緒に荒野の街道を渡った。
その頃にはヘリオスの薬も大分抜けて、ほとんど以前のような状態に戻っている。南を海に面した美しい町に辿り着いて、岬から海を望む。
「セレ、どうした? 元気がないな」
「そ、そんなことないわよ!」
「ここからは海路だし、少しゆっくりできる」
「そうね……」
「セレ……」
ヘリオスはそっとセレを抱き寄せた。
ヘリオスは魔女の神殿にいる間、時間的な感覚を無くしていた。
盛られる薬や頭が痺れるような香が、常に自分を支配していて、いったいどれ程の年月が経ったのか、わからないようにされていた。
抵抗すると、拘束されて薬が盛られ、意識が朦朧としているなか身体を貪られる。肉体は快感を感じているが、頭の奥は抵抗の悲鳴をあげていた。
薬が切れると、おのれ己のあられもない痴態に気づき、恥辱と後悔の念が押し寄せて来る。
これを繰り返すうち、“このやり方では自分を追い詰めてしまう、ひいては脱出の機会を失ってしまう” と気づき、抵抗をやめた。
きちんと食べて体力を温存し、薬を盛られないよう大抵のことは我慢した。
それでも魔女の要求を受け入れるのは、本当に嫌だった。
魔女は基本、言うことを聞いてさえいれば、攻撃することはなかった。
魔女にとって自分は『愛玩動物』のような位置付けで、こちらが手に噛みつきさえしなければ、頓着することはない。人間には興味がないのだ。自分がこのまま好きなことをして生きていければ、他はどうでも良いと言ったふうだった。
ある日、隙をついて脱出した。
屋上の『飛空艇』を奪って逃げた。
だが、魔女がすぐにすごい勢いで飛んできて、彼は叩き落とされた。
そしてまた捕まり、薬を盛られ脅迫された。
「今度逃げたら、あの女とその家族を見つけて殺す」
魔女がセレのことを覚えていたのは驚きだったが。
そしてより一層強い薬を盛られた。
そこからは記憶が飛んだり、はっきりしない……日付の感覚も失われてしまった。
次に気がついたのは、砂漠の民の村だった。
寝かされて、手足を縛られていた。
ゆっくりと明確になる視覚の中に、赤い髪が映った。
記憶の底に閉じ込めた、一番大事な姿……俺の一番愛しい女。
「……セレ」
呟くと、その水色の瞳がこちらを向いた。
幻覚……?
いや、ここにいるはずがない。これは幻覚だ。俺が見たいと思ったから、脳がその姿を作り出して、目の前にいる気にさせているんだ。
「セレか……」
目の前の幻覚は近づいて来て、
「ヘリオス」
と言った。幻覚なのに随分はっきりと聞こえる。つい、
「お前なのか?」
と返事すると、更に近寄って来た。
「待って、今外すから」
と拘束を外し始めた。
「ヘリオス、ごめんなさい。……迎えに来るのが遅くなって」
と言う。これが幻覚でなかったら、本当に嬉しいのに……だが待て、本当に幻覚なのだろうか? ……いや、まさか!
「本当にセレなのか? 幻覚じゃないのか?」
一応確認してみる。まだ、幻覚という可能性もある。
「本当よ……会いたかった……」
手の拘束が解かれて、温かいセレの手が俺の手を包んだ。
「この拘束は……?」
「ヘリオス、薬を飲まされていたでしょう? それで暴れたので、仕方なく」
そうか、そうなんだ……。
「セレ、顔を見せてくれ」
「ヘリオス……だめ、今のあたしを見ないで」
幻覚でないと言うなら、その顔を見たい。
「どうしてだ? やっと会えたのに……」
ヘリオスはセレの腕を掴むと、身体を引き寄せ、まじまじとセレの顔を見つめた。
日に焼けて、つやのない肌。髪は伸びて砂まみれだ。そして、疲れた表情。いきいきとした娘の顔は、すっかり熟練した女冒険者の顔になっていた。
「セレ、変わってないな。……いや、変わったか。もっときれいになった」
ヘリオスは思う。
いったいどれほどの年月が経ってしまったのだろう。
こんなになるまで、どれほど苦労を重ねたのだろう……
そして見捨てることなく、俺を救いに来てくれた。
俺のことなど忘れても良かったのに……
いや、セレが俺のことを忘れるなんて、想像したこともなかった。
きっといつか必ず会えると思っていたのだ。
海を見下ろす港の、一段高い岬で穏やかな海を眺めながら、二人は心を寄り添わせる。
明日はまた、船に乗ってヘリオスの故郷スリ・ロータスを目指すのだ。
スリ・ロータスは今のところ政情も安定している。長らく故郷を離れていた王子が帰還しても大丈夫なほどには。
まさか、八年も神殿にいたとは思わなかったが……。ヘリオスが故郷を出てからを合わせると、十五年の月日が経っていた。
帰って、彼の大事な赤髪の冒険者を家族に紹介しよう。
「赤髪の冒険者セレスティンは、なぜ裏切ったのか」をお読みいただき、ありがとうございました。
このお話は、「宮廷彫金師は魔石コレクター 変態コレクター魔石沼にハマる」のお話の中の[旅編]
31話 飛行石の辺りに繋がった物語です。




