31 絶望
船でオクスタリア国に着いて、持っていたありったけの魔石を売り、売れるものは全て売った。
ヘリオスは身分証がわりの剣のほかは、変身石さえも売ってしまい、今は本来の姿になっている。最初は見慣れなくて戸惑った。中身は同じなのだとわかっていても、どうしても別の人のような気がして緊張してしまう。
(だって……イケメン過ぎない?)
あの美しい顔の、金色の瞳に見つめられるのだ。心の中がぞわぞわしてしまう……
持ち物を売った有り金で、『大陸の交差点』と言われるタルク国の港キノ行きの船のチケットを買った。目標はその更に先のヘリオスの故国 “スリ・ロータス” なのだが、直行する船がない。タルク国まで行って、そこで金を稼いでまた別の船に乗るのだ。
キノ港までは、ここから二ヶ月ちょっとの船旅だ。
今度の旅は大部屋の三等船室なので、持ち物や身の危険もある。だが、隣にヘリオスがいてくれると思えば、それも怖くなかった。
毎日ヘリオスの隣で守られて眠り、三等船室の床の硬さもだいぶ慣れた。
船の中ではすることがないので、ヘリオスの小さい頃の話や旅の冒険談を聞いたり、あらゆる話をした。……過去の女の話だけは聞かせてくれなかったが。
「スリ・ロータスでは子供の頃から、魔石の種類や使い方の練習をするんだ。王宮には指導する先生も招いて、徹底的にやらされる。もちろん他に剣術や体術も教わるけどね」
「すごいわね。それだけ力を入れているっていうことよね」
「『魔石』や『宝石』はスリ・ロータスの主産業だからね。そういえば、子供の頃に教えてもらった先生に、君の国人がいたな……」
「え、ディヤマンド王国の先生なの?」
「先生は、学者というよりは冒険者みたいな人だったな……俺は短期間、小さい頃教わっただけだが。……なんと言ったかな、デモン、いやデュモン先生、と言ったか……」
「それって、世界的魔石研究者のユーレックス・デュモンじゃない?」
「そうかもしれない……」
ユーレックス・デュモン卿といえば、ディヤマンド王国でも有名な魔石研究者で魔石ハンターだ。
そんな有名な人に子供の頃から教えを乞えるなんて、さすがは王族だ。
飽きると、運動不足の解消に甲板へ出て、組み手や体術を教わった。剣を教えてもらった時も思ったのだが、ヘリオスは本当に人に教えるのが上手い。
共に食べて、共に眠る。心から信頼できる相手と一緒に生きることは、こんなにも心が満ち足りるものなのだろうかと思う。晴れの日も雨の日も、嵐の日も凪の日もあったが、毎日が本当に幸せだった。
船旅の後半、静内海の海運都市パイロープで一晩停泊した。
長い船旅に飽き飽きしていた船員や乗客が街に繰り出し、珍しい食事や酒に舌鼓を打つ。
夜中まで羽目を外したどんちゃん騒ぎが続いていて、みなハメを外して大騒ぎだ。
その夜、セレとヘリオスはなけなしの財布をはたいて、宿を取った。
もうこれ以上は待てない、身も心も一緒になりたい、そんな一心で。
宿の部屋のドアを後ろ手に閉めて鍵を掛ける。もつれ合うように互いを求める。その瞬間が待ちきれないようにお互いをかき抱き、唇を合わせた。
* * *
翌朝、お互いを貪り尽くし、忘れられない夜を過ごしたのに、その目は未だ熱を帯びている。朝の光が差して、一睡もしないまま船に戻った。
「セレ……身体は大丈夫か?」
耳まで真っ赤に染めて恥じらう彼女は、何ものにも変えがたい。
「だ……大丈夫よ……」
きっとあちこち痛いに違いない、無理をさせてしまったのだから……。
愛しくて、ずっと腕の中に閉じ込めておきたいという独占欲は自覚したが、大事にしよう。この赤髪の冒険者を。
ヘリオスは改めて思った。
これから二人でこの世界を渡っていくのだと思うと、ワクワクする。
それから二週間後、船はタルク国のキノ港へ入港した。
ここから先、スリ・ロータスを目指すために、お金を稼がねばならない。
二人はキノの冒険者ギルドを訪ね、冒険者の登録を済ませた。
なるべく一回の依頼で高い報酬を得たい。ここに留まるのにも宿泊費がかかるからだ。そこで目に入ったのがこんな依頼書だった。
『依頼』
砂漠のオアシスに咲く、アイドクレースの花もしくはその実を求む。
報酬は金貨十枚
注意:命の危険あり
冒険者レベル:銀級以上
破格の報酬だった。それなのに、長いこと依頼を受ける者がいないらしい。
少し疑問には思ったが、きっと浮かれていたのだろう。お互いがいる限り、何でもできる気がしたのだ。
「アイドクレースの花って、どんな花なんですか?」
ギルドの職員に聞いてみる。
「濁った沼のような緑色の花、だそうですが、その辺りには “魔女”がいるという噂があって、引き受ける者がいないんですよ……」
という歯切れの悪い回答だった。
今思えば、もっときちんと情報収集していれば、そんな罠に引っかかることもなかったのしれない、後の祭りだが……
砂漠のオアシスに向かった二人を、猛烈な砂嵐が襲った。目や口にまで砂が入って来るすさまじさで、丸二日動くことができなかった。二人は頭から、サンドリザードのマントを被って、ひたすら耐えた。
砂嵐が収まり、辺りを覆い尽くしていた砂の雲が晴れた時、そこに大きな鳥のような、空を飛ぶ乗り物が現れた。
乗り物にはどこか獣じみた黒装束の男が乗っていて、砂まみれで息も絶え絶えの二人を、その空飛ぶ乗り物に乗せると飛び立った。
二人が連れて来られたのは、深い砂漠の中のオアシスに立つ白い神殿だった。荘厳な石造りの太い柱が立ち並ぶ神殿の奥に、魔女は居た。
腰までもある総白髪、白い睫毛に縁取られた目は、輪郭だけが薄茶色で、瞳は冬空に見る雲の裏の太陽のように白寒かった。
その魔女は、退屈していた。
魔女は砂漠で砂嵐に会って迷った人間を、愛玩動物のように取っ替え引っ替え飼った。主に美しい若い男が好みで、精を吸い取るのだ。
神殿に運ばれたセレとヘリオスは、湯を使わしてもらい支度を整えたところで、魔女と対面した。
「ほう、なかなか見目麗しいでははいか」
「助けていただきありがとうございます。私たちは旅の冒険者で、オアシスに咲くと言うアイドクレースの花を探しに来ました」
「フ、ハハハ……それを信じたのじゃな。アイドクレースの花など、ありもしないものを」
「えっ、それはどう言うことでしょう?」
「……あれは、人間を引き寄せるための罠じゃ。なかなか、効果があってのう。お主たちのような若い人間が来てくれるからな……」
「そんな、嘘なんですか! ……ひどいっ」
「騙されたものは皆、そう言うものじゃが、騙される方が悪いとは思わぬか?」
「それって、悪いやつの言い草よね!」
「落ち着けセレ、まずは話を聞こう」
ヘリオスはセレに落ち着くよう言うと、魔女に話しかけた。
「俺たちに何をやらせたいんですか?」
「ほう、男の方は賢いと見える……なに、大したことではない。しばらくここにいて暮らしてくれれば良いだけじゃ」
「しばらく……というと、どれくらいでしょう?」
「……しばらく、じゃ……」
「そんな、私たちは先に進まないといけないんです。どうか、行かせてください!」
「……よかろう、女。お前だけ行くが良い。下僕に近くの村まで送らせよう」
「えっ?」
「男は気に入った。ここにいてもらおう」
そう言うと魔女は薄い唇の端をニタリと吊り上げた。
黒装束の下僕が数人出てくると、二人は別の場所に連れ去られた。
「ヘリオスッ!」
「セレッ!」
セレは神殿の屋上に連れて行かれ、来た時と同じ乗り物に乗せられ、飛び立った。セレは太陽の方向を見て、神殿の位置を忘れないように心に刻んだ。
黒い下僕は近くの村にセレを下ろすと、さっさと戻って行った。
荷物ごと下ろされたのは有り難かったが、いかんせん砂漠の民には言葉が通じない。ヘリオスがいれば、少しは言葉が話せたのだが……。
何とか身振り手振りで、持っていたものを食べ物と交換してもらって、飢えを凌いだ。近くの村に、西方の言葉が話せる呪い師がいるらしいことを聞き出し、訪ねて行った。
呪い師が言うことには、その神殿に永いこと住む魔女は、様々な呪術を使うらしい。呪術を使って若い男を捕まえては、精を搾り取るのだそうだ。
ずいぶん昔に、攫われた村の男が数年後に帰って来たことがあるらしいが、男は見るも無惨に精を搾り尽くされて、老人のようだったそうだ。
この近隣の村では、魔女を恐れるあまり誰も近寄らないらしい。
(このままなんてイヤ! 絶対にヘリオスを取り戻す!)
心の中で硬く誓って、神殿に忍び込むことを決意した。
セレは長く伸ばした赤い髪を切って、水と食料と交換した。
記憶の糸が切れないうちに、神殿へ辿り着かねば……。
神殿は何か、目眩しの魔法でもかかっているのか、見つけることができない。
確かにここにあるはず、と思って進むと、何かにぶつかった。
神殿の石組みが確かにそこにあった。手探りで進むと、いきなり神殿の中に入っていた。
あっさりと黒装束の者に捕まってしまい、魔女の前に引き出される。
「おや、まだ居ったのか? どこかへ置いてこいと命じたのに……」
「あの人を返してください!」
必死に訴えてみるが、魔女の顔は変わらない。泣いて叫んでもみた。
「余はあの者が気に入ったのじゃ。なかなか生きのいいところが良い。返して欲しくば、同等の者を連れてまいれ。ならば返そう」
「そんなっ!」
運命が二人の前で牙を剥いた。
身も心も溶け合って、一つになった魂が引き裂かれる……痛みと絶望でおかしくなりそうだった。剣を抜いて斬りかかろうとしたが、魔女は上空に浮かび上がり、下僕たちに告げる。
「この女を遠くに捨ててこい」




