表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/35

29 脱出

 セレとエリスが涙を()いて荷物をまとめている頃、階下の食堂では騒ぎが起きていた。

 

 毎晩繰り広げられていたカードゲーム賭博(とばく)は噂を呼び、近隣の住民や町長までも巻き込んで大盛況だ。冬の間、寒さに閉じ込められて()け口のない男たちは、カードゲームに熱狂した。


 その真ん中で大勝負が行われていた。テーブルの上には金貨が積み重ねられて、町長と硫黄(いおう)を取引する商人の元締め、黒騎士サイモン、護衛のマクスエルがお互いを牽制(けんせい)している。そんな緊迫(きんぱく)の駆け引きの中で、騒動は起こった。


「イカサマだっ!」

「なんだとっ、ふざけるな!」

「そのテーブルの下に隠した(ふだ)を見せろっ!」

 と、応酬(おうしゅう)が続きテーブルが盛大にひっくり返された。

 床に散らばった金貨を求めて、周りにいた者たちまで一斉に群がって、大乱闘になった。

 金貨を奪って逃げる者、それを追いかける者、怒声が飛び交い殴り合いの大騒動だ。イカサマを疑われたサイモンは皆の標的になり、ボコボコにされて儲けた金貨を根こそぎ奪われた。


 その大騒動の裏に、一人の貴族の少年がいたことを知っているのはごく(わず)かだ。イネスはそれを知っている一人だったし、少年が(あやつる)る危険な石を渡した張本人だったが、後悔しなかったわけではない。

 この少年が将来、正しく生きてくれることを願うだけだ。


 翌朝、セレとエリスは荷物もしっかりと片付けて、いつでも出発できるよう準備万端(ばんたん)になっていた。

 昨夜のことを宿の主人に尋ねると、言葉を(にご)された。

 皆どこか怪我(ケガ)をしているようで、食堂の片付けがなかなか終わらない。

 片付けを手伝っていると、イネスが荷物を持って降りて来た。


「おはよう、イネス」

 声をかけると、何かいつもと違う。

「……おはよう」

「昨日の夜は何かあったの?」

「ああ、サイモン殿が怪我をしたらしい」

「えっ! そうなんだ……」


「それで……セレは決心が着いたか?」

 まさかそれが心配で表情が固いとか……無いとは思うが。

「う……うん。……あたし、イネスと行きたい!」


 伏せがちだったイネスの目が、パッとセレを見つめた。

 瞳の中に喜びの感情が広がっていき、頬と口元が(ゆる)んだ。

(イネス、そんな顔するんだ……どうしよう、ドキドキしてきた)


「俺でいいのか?」

 優しい声が、ドキドキに拍車を掛ける。

「イ、イネスがいいんだよ。イネスだから……」


 そんな二人のやり取りを、床に散らばった陶器の欠片(かけら)を拾いながらエリスがそっと見守っていた。


 黒騎士サイモンは昨夜の乱闘で足の骨を折ったらしい。動かせないので彼はここに預けて、皆撤収(てっしゅう)する。来た時と同じ二台の馬車に分かれて港に向かう。帰りはアンドリュー様も一緒だ。お忍びで来ているので、チャーターした目立たない馬車に乗っている。ここから港まで二日、悪路を進むのだ。


 イネスはサイモンがいなくなって警戒を解いたせいか、セレが『一緒に行きたい』と言ったのが嬉しかったのかわからないが、明るく振る舞うようになった。故郷のスリ・ロータスの話や、兄弟のことなど話してくれる。

 スリ・ロータスは『魔石の島』と呼ばれているだけに、魔石の研究や教育も盛んらしい。小さい頃から魔石に関する教育を受けるのだそうだ。彼も魔石のことを、ディヤマンドから来た魔石研究家に教わったと言う。ディヤマンドにそんな有名な魔石研究家がいただろうか? 初耳(はつみみ)だ。


 二日がかりでヴィーク港に着いた。ここからディヤマンドへ向かう定期船は、来た時に乗船したバロウ港に向かう三日おきの定期船と、アンドリュー様が乗って来たウエストポート港に向かう二日に一度の船だ。

 ヴィーク港に到着した時、バロウに向かう船は昨日出たばかりだったため、一行は翌日朝のウエストポート行きに乗船することになった。

 ウエストポート港は距離が近いので、半日でディヤマンドに到着する。


 ヴィークでの最後の晩餐は、お忍びのアンドリュー様と護衛のヘイリーを除いた皆で食べた。

「アンドリュー様が……退屈凌ぎに我々の心を(もてあそ)ぶんです……お陰で天国にいるような幸福感を味わったと思ったら、地獄に落とされたような苦しみを味合わされたり……。イネス殿、なんという恐ろしい石を若様に預けたのですか……」

 マクスエルが恨みがましい目でイネスに文句を言っていた。

 こんな調子で、サイモンや宿の店主などを()き付けて騒動を起こさせたのだろう……自分がターゲットにされないことを祈る。


 イネスは今更ながらに、複雑な感情が入り混じった気持ちで皆を眺めた。


 国を追われるように出たのは十六才の頃だった。それから身分を(いつわ)り、顔を変え、その日のパンを稼ぐために何でもやった。

 幸い魔石が使えたので、仕事にあぶれないで済んだが、それを面白く思わない者の嫉妬や反感も買った。食事に変なものを混ぜられたり、理不尽な暴力にあったりもした。

 また、年頃でもあったので、悪い女に(だま)されたこともある。うっかり変身が解けて驚かれたり、逆に執着されたりもしたので面倒になり、何の感情も動かさない鉄面皮(てつめんぴ)を通して来たのだ。

 

 それなのに。

 心にはまた、暖かい感情が流れ込んで来てしまうのだ。


 * * *


 翌朝。

 ウエストポートへの定期船は小型だが、船足は早いらしい。

 大多数の乗客は、農閑期(のうかんき)を利用した季節労働者だ。毎年たくさんの季節労働者がモルガニアからディヤマンドに渡る。三等の乗客のほとんどがそれだ。

 対して部屋数の少ない一等船室は、取引で渡航する商人が多い。アンドリュー様は貴族なので早くに入船し、出発を待っている。


 カランカランと出航を告げる鐘がなり、船はゆっくりと岸壁を離れた。

 今回は航海時間が短いので、甲板で過ごす者も多い。とは言っても海を渡る北風が冷たいので、時間と共に人影は減っていくが……

 イネスは甲板に立ってモルガニアが遠くなるのを眺めていた。

 

「イネス……」

 セレがイネスを見つけて近寄って来る。

「どうした?」

「……ウエストポートへは半日で着くんでしょう? その(あと)、どうするの?」

「俺は陸路は危険だと思うから、海路でオクスタリアへ渡ろうかと思う。オクスタリアなら南の国々への船も沢山あるからな」

 

「そうなの? イネスはオクスタリアへ行ったことあるの?」

「ああ、あそこは大陸でも有数な魔石取引が盛んな国だからな」

「イネスって何でもよく知ってるのね。私は、自分の国のこともよく知らないのに……」

 セレがちょっと拗ねたような顔をした。

 

「そんなことはないさ。旅をしている間に、必要で覚えたんだ。セレもそうなるさ」

(優しい……)

 それよりも、もうイネスが旅のパートナーとして考えてくれているのが、とても嬉しかった。

 

「これからの旅は貧乏旅行だぞ。風呂にだっていつ入れるかわからないし、船室だって雑魚寝(ざこね)だ。覚悟しろよ」

「ええっ、お風呂に入れないのはやだなー」

「お前、風呂好きだよな」

「だって、うちのお風呂()()だよー。好きに決まってるじゃない!」

「そうだな。()()に並ぶものはあまりないぞ」

 そう言って笑うイネスの顔が楽しそうで、セレの心はキュンキュンした。


 昼過ぎになって、いよいよディヤマンドの大地が見えて来た。

「ここでお別れなのね。寂しいけど……」

「おじさんやおばさんにも、よろしくね」

 セレとエリスが別れを惜しんでいる。


 西からの追い風で、陸がどんどん近くなって来る。ディヤマンドの西海岸は断崖絶壁(だんがいぜっぺき)が多い。その絶壁を見ながら、突き出した入江に入って行く。

 入江の周辺には他国の交易船も行き来していた。


 こちらの船が入港するのとすれ違いで、ちょうどオクスタリアの船が出航して行く。オクスタリア・カラーの濃紺に真紅のラインがとても印象的だ。

 入港を待っている桟橋の人だかりの中に、一際目立つ馬車が見えた。

 白に金の装飾の施された家紋のデザインが描かれた立派な馬車だ。


「イネス殿、ピアース殿。申し訳ありませんが、侯爵の手が回ったようです」

 息せき切って護衛のマクスエルが走って来た。

「我々が乗っていることをどうやって知ったのかわかりませんが、アンドリュー様のお迎えではなさそうです!」

「イネス、どうしよう?」

「先ほどオクスタリアの船が出たばかりです。あれに間に合えば良かったのですが……」

 振り向けば、すぐそこにオクスタリアの船がゆっくりと遠ざかっている。


「セレ、荷物は?」

「ここにある!」

「じゃあ行くぞ!」

「行くって?」

 答える間もなく、イネスはセレの手を引くと、反対の手にセレの荷物を抱えて甲板の上を走る。

 端まで行くと荷物を海に放り投げて、セレを抱えて飛び込んだ。


「ひあっ!!!」

 ザブーーーーンンン


「セレ、上向いて!」

「はいぃぃぃ……ぶくぶくぶく」


 セレは浮いている自分の荷物を浮きに上を向き、マントの襟首を掴んだイネスがそれを引いて泳ぐ。

 まったく、無茶もいいところだ。

 凍え死んだらどうしてくれる……? と思いながら必死で荷物に(つか)まっていると、オクスタリアの船から救命浮き輪が投げられた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ