18 交換条件
「さて、申し訳ないのだが、ストレング殿。貴殿にもしばし席をはずしてもらえるかな?」
「は、私もですか?」
「ああ、すまないね。ちょっとこのイネス殿と混み行った話があるのだよ」
相変わらず柔らかな声で話しているのだが、その目は少しも微笑っていない。
ストレングは内心歯ぎしりをしながら、王都から来た二人の貴族の言葉のままに、自身の応接室を辞した。
(まったく中央から来る貴族どもは全く何を考えているのやら、腹の底が知れない。旅の冒険者なんかを捉まえて、一体何をさせようとしているのやら……)
ストレングが出ていくと、ザイベリー侯爵はイネスに椅子をすすめた。
「引き留めてしまってすまないね、バロッティ殿。どうか掛けてくれたまえ」
イネスはこの威圧的な空間からすぐにでも逃げ出したかったが、そうもできず黙って向かいの椅子に腰を下ろした。
「かの国スリ・ロータスでは、近年隣国ムガロア帝国の庇護下に入ったそうだね。その後は、姫たちが帝国の王族や貴族に嫁ぎ、関係も良好とか。貴殿もそれくらいは知っているよね」
『貴殿』と敬称が変わったことに、嫌な感じしかしない。何かを勘付かれたのだろうか?
「……風の噂程度には聞いております」
「スリ・ロータスと言えば、この世界の魔石の流通を一手に仕切る国だ。ムガロア帝国も蹂躙するよりは、その手綱をうまく握った方が良いと判断したのだな」
「……そうなのでしょうか」
「ところで、かの国には随分と面白い魔石があるそうじゃないか? 我が国にまだ入って来ていないような、そんな魔石があるとか」
「そういう物もあるかもしれません……」
「ほう、そこは否定しないんだね」
「クリプト、勿体ぶらずに言え」
黒い騎士服の子爵が低い声で急き立てる。
「まあ待て、イオニス。ここからがいいところなんだ……最近、ちょっと面白い魔石をもらったんだよ。それがね、これなんだ」
ザイベリー侯爵は、黒い石の嵌まった金の指輪を着けた手をひらひらさせた。
「なんだ、それは?」
子爵が訝しげに眉をしかめる。侯爵は、おもむろにその指輪を外して子爵に渡した。
「イオニス、それを嵌めてみろ」
子爵は一瞬嫌な顔をしたが、言われるままに指輪を嵌めた。
その途端、子爵の目が見開かれ、大きな声を上げた。
「な……なんだ、お前は!」
子爵が声を荒げながら見つめたのは、向かいに座っている冒険者の顔だった。
さっきまでくすんで見えた灰色の目は金色に、黒い髪は金茶色に変わっている。
「クリプト、この指輪は何だ? この男の顔が違って見えるぞ!」
「ふふふ、わからないかい? その指輪に嵌まっている石は……本当の姿を暴く魔石さ」
いやな予感がした。
イネスは自分だけが部屋に残された時、『まさか……』と思ったのだ。胃の腑が押さえつけられたように重い。
だが、逃げるに逃げられない。この部屋を逃げ出したとしても、外には騎士が待っている。そして、逃げられたとしても残されたセレとエリスにどんな迷惑がかかるかもわからない…………。
追い打ちをかけるように侯爵の声が降ってくる。
「スリ・ロータスの王族の瞳の色は、みな金色だそうじゃないか……」
「どういうことだ、クリプト! この男がその王族ということか?」
黒髪の子爵が、疑わしそうにイネスを睨みながら聞いた。
「ムガロア帝国との戦況が思わしくなかった頃、スリ・ロータスの年長の王子が二人、国外に逃亡したそうですね。……まさか、こんなところにいたとはね」
ザイベリー侯爵はヒヤリとした冷たい視線はそのままに、口角を上げて微笑った。
イネスは気持ちの悪い汗が背中を流れるのを感じた。まさか、こんなところで自分の正体が暴かれるとは…………自分がのんびりし過ぎたのだろうか。
「私は他国の問題に興味はありませんよ。安心してください。あなたがどこぞの王族であろうと、私には関係ない。この美しい魔真珠も相場の値で買い取りましょう。……ただ、ちょっとしたお願いが一つあるだけです」
「……お願い、ですか。俺に何をやらせたいのです?」
「貴殿というか、貴殿のパーティに探してもらいたいものがあるのですよ」
「……俺だけではだめなのですか? 二人は普通の娘だ。巻き込みたくない」
「おやおや、随分と気に入っているのですねえ。『魔石の匂いがわかる』だけでも十分、普通ではないと思いますよ。それに、これから貴殿に頼もうと思っていることは、彼女なしでは成し遂げられないと思いますし」
「いったい俺たちに、何をさせるつもりなんですか」
イネスは奥歯を噛み締めながら、目の前の男の顔を見据えた。
「彼女たちは、貴殿を使うための道具であり、人質でもあります。貴殿が、これから話すお願いを快く引き受けてくれることを望みますよ。あの娘たちが酷い目に遭うのを黙って見てはいられないでしょう?」
長い金髪をさらりと掻き上げながら、氷のような目線を向けてくる男に、心底寒気がする。イネスは静かに息を吐き出すと、侯爵の話を聞くことにした。
「わかりました。彼女たちが承諾するかはわかりませんが、話を聞きましょう」
「ふふ、さっそく理解してくれて嬉しいですよ。時期的にもこれからがいいと思いますし……」
「お話を進めていただけませんか」
「おや、積極的ですね。いいでしょう。ある魔石を探しに行って欲しいのです。場所は隣国モルガニアです。我が国が以前、王国統一戦争をしたことはご存じと思いますが。その時、我が国王陛下が用いた魔剣のことはご存知ですか?」
「ええ、聖剣アルカンディア、でしたか。聞いたことはあります」
「なら、結構。その聖剣アルカンディアに嵌められた魔石、それと同じものを探していただきたい、それがこちらの条件です」
「剣をもう一本作る、ということですか?」
「……まあ、そんなところです。詳しくは、一度王都に来ていただかなければなりません」
「王都、ですか」
「質問がなければ、さっそく他の二人にも王都に行く用意をさせてください。馬車はこちらが手配します。そうですね、私は一度我が家の領地に行かなくてはならないので、一週間後に出発でどうでしょうか」
“どうでしょうか” などと言われても、こちらには一切の選択権はないのだが。
「約束していただけませんか? その魔石を探して帰って来たら、彼女たちを無事に家へ帰すと。その後も何も手出しをしないと約束していただけませんか?」
必死すぎただろうか? その言葉にザイベリー侯爵は嫌な笑みを浮かべた。
「いいですよ、約束しましょう。その約束に貴殿を含めなくても良いのですか?」
意地の悪い言い方だ。
「俺の無事も保証してください。これが終わりましたら、この国を出ますので。俺はこのことを誰にも言わないし、思い出しもしない……ということでよろしいですか?」
「理解が早くて助かります。ギルドの者にも話を通しておきましょう。あの娘たちには、貴殿からうまく話をしてください。『今回の褒賞で、王都に招かれた』とでも言っておいてください。あなたがつつがなく話を進められることを望みますよ。くれぐれも、『逃げる』などとは思わぬことです」




