17 王都からの客
<買取品 内訳>
川真珠2個銀貨1枚
川魔真珠 1個金貨10枚
魔琥珀小金貨2枚
魔琥珀大金貨10枚
魔真珠1個(価格未定)
ということで、上の合計五点だけでも、金貨二十二枚、銀貨一枚の買取価格になった。荷馬車のレンタル代を払うため、金貨一枚分だけ銀貨百枚と交換してもらい、荷馬車代銀貨三十枚を支払う。
経費として他にイネスが用意してくれた、ロープ代銀貨二枚を差し引いて、魔真珠の大きな貝殻は、エリスが銀貨二枚で買い取ることにした。
他にエリスが見つけた川真珠は、いつも昼食を用意してくれるエリスの母にお礼として差し上げることになった。
差し引き合計金貨二十一枚、銀貨六十九枚が今回三人で分ける分だ。
それぞれ三等分で金貨七枚、銀貨二十三枚が今回の手取りとなった。
セレもエリスも、一人で金貨七枚を超える収入があったのは初めてだった。
「残りのあれですが、今日王都のギルドに連絡をとりまして、結果が出るまで、 少々時間がかかることをご承知おきください。連絡が来ましたら、追ってお知らせいたします。……くれぐれも申し上げますが、あれのことはご家族にも内密にお願いいたします」
最後までギルドマスターのストレングが念押しをして来た。
「こんなに……もらっちゃっていいのかな?」
「エリス、まだ魔真珠の分があるんだよ……すごいよね……」
「冒険者をやってよかったね……」
セレとエリスはそんな会話をしながら、先に立って歩くイネスに声をかけた。
「あの……イネス、今回もありがとう。今日はゆっくりしてね」
振り向いたイネスに、興奮や気負いは見られない。
「ああ、お前たちもゆっくり休めよ」
そう言うと、宿屋の方向に歩いて行った。
その後ろ姿を見送りながら、セレは思う。
イネスにとってはそれほど珍しくないことなのかもしれない。
あれほどの数のギルドの登録証を持ち、スリ・ロータスの王族なのに、何年も旅をしている。
……国で何かあったのだろうか?
後ろ髪を引かれつつ、エリスと二人並んで家への道を辿った。
* * *
――――四日後。
この辺りでは見たこともないような、立派な装飾の付いた黒い四頭立ての馬車が冒険者ギルドの前に停まった。扉には金で紋章が描かれている。
お付きの者と思われる黒い騎士服の護衛が二人、見事な馬に乗って付き従っている。
馬車から降り立ったのは、金のモールが付いた目つきの鋭い黒い騎士服の男が一人と、明らかに貴族と思われる上等な絹のマントを羽織った、長い金髪を靡かせた優美な雰囲気の男の二人だった。
その日、冒険者ギルドからの急な呼び出しで、イネスはギルドに向かっていた。ギルドに到着すると、ギルド職員のソディーとスマルト、そして先に来ていたセレスティンが待っていた。
「イネス!」
「ずいぶん早く来たのだな、俺も急いだつもりだったのだが」
「ちがうのよ、イネスさん。この娘はいつも通り朝からいたの。そうしたら……」
ソディーが説明しようとしたが、スマルトがそれを制して話を始めた。
「すまないな、イネス殿。実は王都からお偉いさんが乗り込んで来たんだ。
お二人とも貴族で、例のあれのことを聞いて王都から出張って来たらしい。
今、あれを見てもらっているところなんだが、とりあえず見つけた冒険者を呼ぶように言われてな……」
セレは緊張で顔が引き攣るのを感じた。イネスが来てくれてホッとしたが、貴族に会うなどと言われたら、どうしたら良いかわからない。
「とりあえず呼ばれるまでは、隣の部屋に待機していてくれ」
セレとイネスは、ソディーに二階の部屋を案内される。
椅子に掛けてみたものの、どうにも落ち着かない。
「セレ、そう緊張するな、大丈夫だ」
「だって、イネス……王都の貴族様なんて……」
「そう言えば、エリスはどうしたんだ?」
「……エリスは、今日仕事で……。今、ギルドの人が仕事場に迎えに行っているわ」
「そうか。……礼儀作法が心配なら、俺のやる通りやればいいから。それに貴族には、ブラックジャック洞穴でも会っているだろう?」
ドアが開いて、ソディーがお茶を運んで来てくれた。
「セレちゃん、お茶でも飲んで落ち着くのよ。イネスさんもどうぞ」
何とか落ち着こうとしてみるが、じりじりとした思いでどうにも落ち着けない。無理にお茶を流し込んで、咽せた。
「大丈夫か?」
やや呆れたようなイネスの声に、まったく落ち着けない自分が恨めしい。
ノックの音がして、エリスの顔が見えた。
「エリス〜。待ってたの〜」
思わず情けない声が出た。
「ごめんね、遅くなって。間に合ったのね」
「もう、緊張でどうかなりそう〜」
「やだセレったら。そんなこと言われたら私まで緊張しちゃう」
そうしているうち、スマルトが迎えに来た。
「エリスさんもお揃いですね。それでは、参りましょうか?」
スマルトを先頭にイネス、セレ、エリスと並んで一番広いギルド長室の応接へと案内されていく。
コンコンコンとドアを叩き、『失礼致します』とスマルトに続いて部屋に入る。
「お連れしました」
「ありがとうスマルト。下がっていいよ」
ギルドマスターのストレングが言うと、スマルトは静かに退出した。
応接のソファにゆったりと二人の男性が腰をかけている。傍に立ったストレングが、こちらを手招きした。
ソファから三歩ほど離れた所に並んで立つ。
「さてこちらが、この度の魔真珠を見つけた冒険者パーティです」
イネスは頭を下げて下を向いている。セレとエリスは彼に倣って頭を下げた。
「表を上げよ」
低い男の声に緊張がいや増す。おずおずと頭を上げた。
「こちらのお方は、クリプト・ザイベリー侯爵様です。国王陛下の財務を担当しておられます。そしてそちらのお方は、イオニス・ヴァンデンブラン子爵様です。子爵殿は王立騎士団黒騎士隊の隊長殿であらせられます」
ストレングがお二人を紹介すると、イネスが声を上げた。
「お初にお目にかかります。それがしイネス・バロッティと申します。旅の冒険者でございます。こちらはセレスティン・ピアース、隣がエリスライン・マードックと申します。お目にかかれまして、光栄に存じます」
もう一度、深々と頭を下げた。セレもエリスも慌てて真似をする。
「そなたたちがこの魔真珠を見つけたと聞く。その詳細を聞かせてくれぬか?」
柔らかな声で話しかけて来たのは、ザイベリー侯爵様のほうだった。
深海を思わせる深い青の瞳に、流れるような長い金髪、その柔らかな声を聞いていると、ほんの少し緊張も解けていく気がする。
「かしこまりました。お話しさせていただきます」
イネスは返事をすると、顔を上げて説明を始めた。
「最初に、市場で西の海岸から来た漁師にこんな話を聞きました。その男の住む村で十年ほど前、魔真珠を持った貝が見つかったと言う話です。
その話を元に、その話を知る年嵩の冒険者から更に話を聞きました。
場所をあらかた特定できたので、次に『海の潮回り』について、町の図書や図録を調べました。その調査結果を参考に、大潮の波の引く日を狙ってその海岸に出かけたのです。
その場所は、普段は海の中にあり、大潮のほんの数時間だけぎりぎり潮が引く洞窟でした。そこで三人で探索し、見つけたと言う次第です」
二人の貴族は静かにイネスの話を聞いていたが、すんなりと納得した表情ではないようだ。
「ただその場所に行って、適当に探したら見つけた、と言うのだな?」
黙って聞いていた、黒い騎士服に黒髪のヴァンデンブラン子爵が、納得できないと言う面持ちで尋ねてくる。
「そんな話に我らが頷くとでも思うか?」
低い子爵様の声が責めるように聞こえて、一度は緩みかけた緊張が極限まで高まって苦しい。
だが、イネスは黙ったままだ。
侯爵様が『まあまあ……』と子爵様をいなしてくれて、代わって優しげな声でイネスに尋ねた。
「其方は異国の出身と聞く。生まれはどちらかな?」
貴族様に尋ねられて、答えぬわけにはいかない。
「……生まれは、南の島国スリ・ロータスです。新たなる魔石を求めてまいりました……」
「ふむ、其方は魔石の島と名高いスリ・ロータスの者か……」
ザイベリー侯爵が興味深そうに訊く。
「スリ・ロータスでは魔石を探し当てる特別な道具でも使うのか……?」
「いえ、そのようなものはございません」
「聞けば、この度のたった三日の探索で、そなたらは『川魔真珠』や『魔琥珀』までも見つけたと言うではないか。そのような話を聞けば、怪しい術でも使うか、もしくは、これらが何処からの盗品ではないかと疑われても、致し方ないのではないか?」
「そんな! ……違います!」
思わず叫んでいた。
「セレ……」
ギルドマスターのストレングが青ざめる。
そこにいた一同の視線が、セレスティンに集まる。
この町の冒険者なら、セレの能力を知っている者も多い。が、知っていても皆暗黙の了解のように黙っていてくれているのだ。
多くはセレが皆に可愛がられているからだが、もう一つは父親が皆に口止めをしているお陰だ。
「お嬢さん、違うと言ったね。説明してくれるかな?」
ザイベリー侯爵の柔らかな声が、セレスティンを捕らえた。
「あの、あたし……子供の頃から『魔石の匂い』がわかるんです……」
セレが小さな声で言うと、
「匂い、だと?」
ヴァンデンブラン子爵が低い声で唸った。
「お医者である祖父が言うには、『魔石の存在』を感知した脳が、それを嗅覚に変えて知らせてくれるのでは、ということみたいです」
セレが消え入りながらそう言うと、ザイベリー侯爵が突然、笑い出した。
「ハハハハハッ……それはおもしろいねえ。実に興味深い!」
「待て、クリプト。まだそれが事実だって証拠はないんだぞ」
「そうだねえ、それは今すぐ証明できるものじゃない。ならば、お嬢さん。もう少し詳しく話してくれるかな?」
「はい。……海辺の岩場を探索していたんです。あちこち歩き回って潮が完全に引いた時、どこからか、すごく痺れるような甘い匂いがして来たんです。……それがどうにも抵抗できないほど強くなって、どんどん引き寄せられて行って。気がついたら海に飛び込んでいました。そうしたら、目の前に大きな真珠貝があって、必死で岩から引き剥がしたんです……」
「ほう……。では、その真珠貝の貝殻はあるのかな?」
ザイベリー侯爵の問いに、エリスが手を挙げた。
「あの、あります。私、持ってます」
貝殻は彼女がボタンやアクセサリーに加工するために、銀貨二枚で買い取ったのだ。
「今日ボタンを作るために、表面を磨きました。…こちらです」
エリスはそう言うと、鞄から大きな貝を取り出した。
綺麗な真珠光沢のある、大きな二枚貝が出て来た。
「大きいな……」
「実際はこれよりも一回り大きかったです。その……加工するために、いらないところを削ってしまったので……」
ザイベリー侯爵は、貝殻を手に取ってよく眺めた後、エリスに返した。
「君たちは長いことパーティを組んでいるのかな?」
「いえ、それほど長くはないです。元は私とセレスティン二人だったのですが、少し前のブラックじゃヤック洞穴探索から、イネスさんも加わりました」
「おや、ブラックジャック洞穴ですか? そこは我がザイベリー侯爵家の領地なのですよ。……もしかして弟のアンドリューに会ったりはしてませんか?」
そう言われて、エリスの頭にあの金髪碧眼の少年貴族がパッと思い浮かんだ。
「もしかして、氷晶石の得意な方ですか?」
「ご存知でしたか。それでは『賊に襲われていた可愛い女性の冒険者を助けた』という弟の話は本当だったのですね」
「は、はい! 困っていたところを助けていただきました。本当にすごい氷魔法で、驚きました……」
「そうでしたか。あなた方がご無事で何よりです」
ザイベリー侯爵が柔らかい声でにっこりして言うと、なんだかセレとエリスは本当に救われたような気になった。
「クリプト、後はこのお嬢さんたちを外して話がしたいのだが」
黒髪のヴァンデンブラン子爵が低い声で言う。
(何故イネスだけ残されるのだろう……)
別の心配が心の中でむくむくと育つ。
セレとエリスは部屋から退去させられた。




