16 高額買取り
町に戻って、冒険者ギルドに荷馬車を返し、今回の獲物の買取を依頼する。
イネスもセレもエリスも今回の収穫にはそれぞれに思い入れもあったが、あの国宝級の魔真珠を、たった一人の冒険者のコレクションにしておけないのはよくわかっていた。
ギルドの買取の窓口で、ソディー姉さんに上司のスマルトさんを呼んでもらうことにした。
「エリス、イネス。最初に言っておきたいの。今回の買取のことなんだけど、どんな結果になろうと三人で平等に分ける、ということでいいかしら?」
セレがそう言うと、エリスがすぐさまに反対する。
「だめよ! あれはセレがいなければ見つけられなかった物だもの。セレが受け取るべきだわ!」
「エリス、あたしは今まで通り平等に分けて欲しいのよ……あたし一人じゃ辿り着けなかったし、帰って来れなかったかもしれない。三人いたからこそ、無事に帰って来れたのよ。それに、今回の遠征のプランを立ててくれたのはイネスだし、三人で山分けでいいじゃない!」
「おいおい、何を揉めているんだい? お前たちらしくないじゃないか」
奥からスマルトが出て来て、めずらしく言い合っているセレとエリスを宥めた。
「先に、今回の分け前の配分を決めたいってセレが言い出して……」
エリスがスマルトに説明すると、スマルトが笑って言った。
「またお前たちは、お互いに譲り合ってるんだろう。いいじゃないか、今まで通り山分けで」
「そうなのよ! あたしはみんなで山分けって言ってるのよ!」
「だって、セレ……」
「まあ、見せてみろ。分けるのに困るほどのものか見るよ」
スマルトが買取用のトレイを、三人の前に差し出した。
「あの、スマルトさん……」
セレが少し困ったような表情になった。
「なんだ、もったいぶって。さあ、見せて見せて!」
スマルトが少し呆れたような顔をする。すると今度はイネスが、真剣な顔で言った。
「……たぶん、別室で見てもらった方がいいと思います」
「そんな大袈裟だな! この間のくらいなら、全然大丈夫だ」
「それが、その……」
イネスは一歩歩み寄ると、スマルトの耳元で何かを囁いた。
「なに、しんじゅ? ………まさか!」
スマルトの顔色が明らかに変わった。
「……イネス殿、それは誠か? ……もし、本当なら大変だ……へ、部屋を用意する。二階へどうぞ……」
三人は二階の会議室に通されることになった。
二階に通された三人は、とりあえず今回の買取り希望の品を、次々とトレイの上に並べていった。
川真珠、川真珠、小さいまこはく魔琥珀、とイネスが袋から出して並べていくのを、スマルトが目を皿のようにして見つめている。
「こちらが大きめの魔琥珀です」
拳ほどの大きさの魔琥珀を乗せた。
「おおっ!」
「次が川魔真珠です」
イネスが、淡い緑色に輝く美しい真珠の珠をそっと置いた。
「川……初めて見る……」
スマルトの目は釘付けになっている。
『そして……』とイネスが言葉を区切る。
「こちらが、『海の魔真珠』です」
その大粒の真珠は、生き物のように存在感を示しながら淡いブルーの光を放って、目の前に現れた。
(なんと……神々しい……光り輝いている……)
スマルトの目は、しばらくその魔真珠から動かなかった。呼吸をするのも忘れているようだ。
しばしの沈黙ののち、やっと呼吸を思い出したスマルトが感動を隠せずに言った。
「……このような素晴らしいものをお見せいただき、ありがとうございます。
ぜひ買取をさせていただきたいとは思いますが、少々ギルドマスターに相談をさせていただきますので、お待ちいただけますか?」
そう言うと、スマルトは部屋を出ていった。
「……こんなこと、初めてだよね」
エリスが緊張と興奮の入り混じった声を漏らした。
「うん……いつかこんな日が来るかもって、思ってたけど……緊張するね!」
セレが同じく緊張の面持ちで応える。
「いままでなかったのか? こうゆうこと……」
イネスが意外そうに尋ねた。
「ないよ。こんな凄い魔石、見つけたの初めてだもん」
「そうね。今までは『ちょっと珍しい魔石』ぐらいで……。イネスはあるの、こうゆうこと?」
「そうだな……だが、ここまでのものは……初めてだな」
ドアがノックされて、スマルトが戻って来た。
「失礼します。こちら、当冒険者ギルドのギルドマスターのアダム・ストレングです」
ストレングは元冒険者で、茶色の髪に意思の強そうな太い眉毛が印象的な大柄の中年男だ。セレの父ウルツ・ピアースの友人でもある。セレにとってはよく見知った叔父さんのような存在だ。
「イネスさん、初めまして。ギルドマスターのストレングです。セレ、エリス、今回は良くやったな」
ストレングはイネスに右手を差し出しながら、セレとエリスにも声を掛けた。
「それでは、見せていただこうか」
そう言うとストレングはポケットから手袋を取り出し、トレイに載せられた魔石に目を移した。
時折、『ほう』とか、『ふむ』とか呟きながら、一つ一つ丹念に見ていたが、最後にアクアマリンブルーに怪しく輝く魔真珠をその手に取ると、大きく息を吐き出した。
「……これが、『真珠の女王』と呼ばれる魔真珠ですか……」
しばらく眺めた後、トレイにそれを置くと、ストレングは何か考え込むように低い声で言った。
「このことは、他の誰かに話しましたか?」
イネスが三人を代表して言う。
「いいえ、知っているのはここにいる我々だけです」
「それは幸いです。そして、あなたたちが無事にここに戻れてよかった。もし、このことが噂にでもなったら、大変なことになります」
ストレングは真剣な表情で言った。
「そ、そんなにすごいことなの?」
セレが思わず呟くと、更にストレングが言葉を続ける。
「今、このギルドにはこの魔真珠を買い取れるほどの資金がありません。……おそらくですが、この魔真珠一粒でも、大金貨十枚以上の価値になると思われます。これがここにある、という噂が立っただけで、ギルドが襲われかねないほどのものだと断言できます」
セレはその言葉を聞いて、背中がゾワっとするのを感じた。
『そりゃあいつかは、ものすごい魔石を発見してお金をガッポリ稼いで……』なんて夢を語ってはいたが、いざそれが現実になってみると、まったく現実感がないのだ。
今までは、エリスが仕事の都合をつけて探検スケジュールを立て、二人で細々と魔石探索や、薬草採取などのクエストをこなして冒険者の端くれのような気でいたのだが、イネスが加わったことで全くスケールが変わってしまった。
冒険者として一段高みに登れた感じがして嬉しい反面、これはイネスによってもたらされた結果なのだ。
本来ならば、他国の王族であるイネスと並んで冒険をするなんて、望んでも得られるものではなかったはず……
(あたしはイネスの言う通りにしただけ……イネスがすごいだけなんだ……)
セレはギルドマスターの話を聞きながら、頭の中がそんな空虚な思いで埋まっていくのを感じた。
「とりあえず、口の固い公証人を立てて預かり証書を書きます。その後、早速王都のギルドに早馬を送って、回答を待ちます。他の買取品は今、査定額を出させていただきますね。本来ならこの大きな魔琥珀だけでも、すごい額になるのですが……こちらの魔真珠は、全てを吹き飛ばすほどの威力がありますね」
最後には少し冗談混じりに答えてくれたストレングだが、『くれぐれもこのことは誰にも話さないように』と釘を刺された。




