13 海への遠征−2
朝食を済ませた一行は、とりあえず次の干潮となる午後の時間まで、琥珀を探すことにする。
イネスはセレとエリスを連れて、先ほど琥珀を拾った広い方の川の河口にやって来た。
「まずはこの辺でさがしてみよう」
三人はそれぞれに探し始める。
セレは先ほどの琥珀の匂いを手がかりに、河岸を歩く。
「あった!」
エリスが海岸に近い小砂利の中から、小さな琥珀を見つけた。
「えーっ、もう見つけたの? 見せて見せて!」
エリスは水湧石のリングを嵌めた方の手で琥珀を洗い流してから、駆けて来たセレに見せる。
「本当だ、琥珀ね」
「匂い、する?」
セレは首を左右に振った。
「魔石の匂いはしないみたい」
「そっかー。でも琥珀は琥珀ね!」
「そうよ! 私も探す!」
セレは再び離れて行って、河岸を探し始めた。
セレはどこか遠くで、僅かな魔石の匂いがすることに気づいていた。
だが、それはとても微かで、どこからこの匂いがしているのかわからない。
(どこだろう? この匂いの元は……?)
気になって、セレはどんどん川をさかのぼり遡り始めた。
何故か、匂いの素が川の中からしているような気がするのだ。
水の中で匂いがするなんて初めての感覚なのだが、実際の匂いではなく、魔石を『嗅覚』という感覚で脳が受け取っているのだと思えば、あり得るはずなのだ。
「おーい、あんまり遠くに行くなよ!」
イネスの声がした。気にかけてくれているのだろうけれど、匂いはセレを導いて行くのだ。
「ごめーん、何かこっちにある気がするのぉ〜」
言いながらもどんどんと川岸を遡って行く。
イネスはセレとエリス、二人の様子を見ながら間隔を保っていたが、セレがどんどん河岸を登り始めたのを見て、何かを感じた。
「エリス、セレが何かを嗅ぎ付けつけたのかもしれない。行こう」
イネスは、海岸でしゃがみ込んで琥珀を探していたエリスに声をかけ、セレの後を追った。
(セレったら『魔石の匂い』がしたら他は何も目に入らなくなるから……)
エリスにとってはいつものことだ。
知らない土地でこれをやって、迷子になったことも何度かあった。
大抵は『面白い石みつけたの〜!』と、セレが上機嫌で戻って来るので、今更気にしていなかった。だが、イネスはそんなことを知らないので、心配してくれているのだろう。あまり離れすぎても困るので、一緒に行くことにする。
「……この匂い、この匂い……いったいどこから?」
もはや海岸は遠い。傾斜が急になって来て、ゴロゴロとした玉砂利のような石が河岸を埋め尽くしている。そこから河岸段丘になっていて、草や木が生い茂っており、河岸から少し離れた場所に石積みの防護壁があるようだ。
セレはどんどん川を遡っていた。
浅い川は澄んでいて、さまざまな水草や生き物の棲み家になっている。
川の中央にごく浅い中洲のような場所があり、ざぶざぶと渡って行ってみた。
水の中から黒紫色の貝がたくさん突き出している。群棲、と言ったらいいのだろうか、気味が悪いほどの数の貝だ。
「うわぁ、なにこれ……」
ちょっと引いてしまうくらい沢山……セレは背中がぞぞっとする感じがしたが、『魔石の匂い』はここからしている気がするのだ。
「おーい、大丈夫か?」
遠くでイネスの声がした。
セレは顔を上げて、声のする方を見た。イネスとエリスが追って来てくれていた。
「なんか、ここにあるのー! 来てくれる?」
二人の姿が徐々に近くなり、河岸の砂利を踏みしめる音がザク、ザクと近くなった。
ジャブジャブと浅瀬を渡り、中洲にたどり着く。
「わっ! 何これ、気持ち悪っ!」
エリスが顔をしかめた。
「この貝から、なんか匂いがするのよ……」
セレは貝の群棲を見渡して言った。ふとみると、ひときわ大きな貝が中央にそそり立っている。
セレは気持ちの悪さを堪えながら、他の貝を踏みつつ大きな貝に近づく。腰のナイフを取り出して、その貝の周りをザクリと掘った。
貝は、僅かに殻から出していた黒いドレスの裾のような外套膜をさっとしまい、二枚の殻を固く閉じた。
「これだと思う……間違いないわ」
セレは、その手の平よりも大きい貝を持ち上げて言った。
中洲から川岸に戻って、ナイフで貝をこじ開けようとするが、なかなかに固い。貝からすれば、殺されるかもしれない命の危機なのだから必死だろう。
「セレ、貸してみろ」
イネスが手を差し出した。
「うん、お願い」
イネスは貝を受け取ると、二枚合わせの貝の合せに近い、少し凹んだ部分にナイフの刃をぐっと差し込んだ。そのまま少しぐりぐりすると、貝の外殻を開く。
彼は、貝の中に指を突っ込んで何かを探した。
「ん?」
イネスの手が止まった。
「あった?」
僅かに緑がかった虹色の、川真珠の珠を摘み出した。
大きい。セレの親指の爪より大きいくらいだ。イネスがそれをセレに差し出す。
セレはそれを、不思議なものでも見るような気持ちで受け取った。
受け取った瞬間、彼女の身体に形容しがたい魔力が流れ込んだ。
それは、触れた指先から身体の隅々までさざ波のように渡って行く感覚で浸透した。
(なに、これ……?)
セレは自分がどこにいるのか一瞬、わからなくなった。
平衡感覚を失ってよろめいたところを、イネスに支えられた。
「どうした? 大丈夫か?」
「……ごめん、ちょっと眩暈がして……」
「何か、身体に影響を与える魔力があるのかもしれないな……しまっておこう」
イネスはそう言うと、懐から小さな革袋を出して川真珠をしまった。
「他に匂いがするものはないか?」
セレはそう訊かれて、周りを見渡す。
「う〜ん、途中の場所で『魔琥珀』らしい匂いを感じたんだけど、こっちの方が気になっちゃって……」
「そうか。じゃあ、ここから河口に向かって戻りつつ見ていこう」
エリスは二人を尻目に、川に無数にいる黒紫の貝を見つめていた。
おもむろに大きめの貝を掘ってみる。エリスはその辺で大きめの貝を十個ほど獲ると、岸辺に移動した。
平たい大きな石をみつけて、その上でコンコンと貝を開け始める。
貝を開いて中に真珠がないか確認する。十個全部割ってみたが、真珠は確認できなかった。諦めて二人を振り向くと、同じように貝を獲っていた。
二人とも端から開けている。
(よおし、私も頑張ろっと!)
エリスは再び、川真珠貝の群れの中に戻って行った。
それからしばらくの間、三人は夢中で貝を獲って開けていた。
「あったぞ!」
イネスが声を上げた。
「すごーい! 私ももっと探す!」
「それぐらいにしておけ。食べるのが大変だぞ」
「ええっ! これ、食べるの?」
「当たり前だ。もらった命をただ捨てるわけにいかないだろ」
「……そうだよね。申し訳ないよね、私たちの都合で……」
もうこれでやめよう……そう思った時、貝の中を探っていた指先に何かが触れた。
丸くてつるんとした感触。
「あったぁ!」
エリスは最後の一つで真珠を見つけた。
「よかったねえ、エリス」
セレが頭をなでなでしてくれた。
(よかった、嬉しい! お母さんにお土産ができた!)
エリスの脳裏に、いつも心配そうな笑顔で見送ってくれる母の顔が思い浮かんだ。
「こっちも、小さいの見つけたわよ!」
「そうか、ここはこれくらいにしておこう」
今夜は貝のスープになりそうだ。
三人は布袋に獲った貝を入れて、水が滴るのを気にしながら、河口へと歩き始めた。
「さっき匂いがしてた……この辺だわ」
「魔琥珀か?」
「たぶんね」
セレは、河岸の土手に生えた小さな柳の木を見た。
「イネス、この根元を掘ってもらっていい?」
「ああ、わかった」
イネスは水が滴っている貝の袋を下ろすと、持っていたバッグの中から、小さなスコップを取り出した。それでセレが指差した、横に伸びた根の下を掘る。
ザクザクザクと掘るうち、先が何か固いものに当たった。
別の根だ。
「その下あたり……」
セレが言う。
ザクッ、ザクッと掘っていく。
ガツン、と何かが先に当たった。
「あ、それよ!」
イネスはそこからは慎重に掘っていく。琥珀は太古の樹木の樹液が固まって化石化したものなので、化石とはいえ、樹脂なのだ。通常の石よりはずっと軟かいし、乾燥にも弱い。
慎重に少しずつ周りを突き崩して砂と土を取り除いて、やっと見えて来た。
茶色の塊は大きくて、柳の木がそれを守るように根を張っている。
「きっと掘るの大変そうって思って、後回しにしたの。……悪いわね、イネス」
(深い、って分かってたのか……それはそれですごいんだが……それにしても奥だな)
ガシガシと掘っているが、根が絡み合っていて、それが邪魔で取り出せない。
エリスが助け舟を出した。
「私、代わろうか? 手前の根っこ切っちゃっていいなら」
「これが切れるのか?」
その根は普通に人の手首ほどの太さである。
「たぶん……水の勢いを最大にして細く当ててみる」
エリスはイネスと交代すると、手を差し出して意識を集中する。
その細い指先からすごい勢いで飛沫があがった。
(ごめんね、柳の木さん。他の方に根を伸ばしてね)
エリスは柳の木にすまないと思いながら、勢いよく切った。
根っこはあっと言う間に切れて、周りに砂や土、根っこの残骸が飛び散っていた。
「琥珀は傷つかないようにしたつもりだけど……」
そう言って立ち上がったエリスに替わって、またイネスが根っこの下に手を入れた。
ボコッと音がして、大人の拳ほどもある『魔琥珀』が取れた。
「うわぁ〜!」
「すごい大きさ!」
「うむ、すごいな!」
三人とも夢中になっていて、気がつけば、もうそろそろお昼という時間になっていた。
「いったん宿に戻って、これを置いてこよう」
イネスはまた貝の入った袋を担ぎ直すと、先頭に立ってもと来た河岸を歩き始めた。




