大魔法使いアッシュと聖女の噂
アッシュは、中央に来てから、魔法学園に通いだした。魔力に目覚めたとはいっても、どのような属性で、魔力がどれくらいあるか、未知数だった。
鑑定士に見てもらったところ、驚愕の結果が出た。
通常、魔力がある者は
『闇・光・水・火・風』
の5分類に属性が別れる。
だが、アッシュは、前代未聞のすべての属性をもつ 『ハイブリッド魔法使い』 だということが判明した。魔力の保有量については、正確には図れない部分があるが、幼少期から既に、上級魔法使いに引けをとらない程の魔力を保有していた。
ただ、いくら持っているものがすごくても、使えなければ意味がない。学園では、特待生として各属性のスペシャリスト達から、魔力のコントロールについて教わった。
魔法使いの中でもまた、アッシュは異質だった。周囲からは、奇異と崇敬の目で見られていた。そんなアッシュと、対等に話ができるのは、幼馴染みのナタリーだけであった。
学園の授業が終わると、いつもナタリーが迎えに来ていた。アッシュが学園にいる間、ナタリーは侍女としてのスキルを学ぶために、貴族の屋敷で見習いとして働いていた。
ナタリーは校門に立っており、アッシュが見えると、いつも笑顔で
「アッシュ様、今日もお疲れ様でした。家に帰りましょう。」
と言うのだった。
アッシュは心なしか、ナタリーに会った瞬間だけは、訓練で疲労した体や心が癒される気がした。ナタリーは魔法使いではないのに、不思議だと思った。
アッシュが魔法使いとして、驚愕の力を持っているということは、貴族の間でも噂になっていた。いくつもの有力貴族が、
「ぜひ、我が家門の養子に。侍女も面倒を見る」
と提案をしてきたが、アッシュはどの誘いも断った。
「どの力も及ばない場所で、2人とも不自由なく暮らす」
これがアッシュの条件だった。
結局、専門機関として作られた魔法塔の一部に居住スペースを作り、2人は暮らし始めた。図書館、トレーニングルーム、食堂など、すべての施設が使えたので、特に不自由はなかった。
ナタリーが12歳になる頃までは、同じ部屋で、同じベッドで寝ていた。アッシュがそう望んだわけではないが、ナタリーがセントラルに来た初日の夜から言ってきた。
「アッシュ、そっちで寝てもいい?」
しっかりもので、自分より2つ年上のナタリーがそんなことを言うとは、アッシュは意外だった。
ナタリーは、ある日突然さらわれ、人の死を目の当たりにし、翌日には魔法使いしかいないこの場所に連れてこられたのだ。さらわれたのもアッシュが原因で、しかもアッシュの一言がきっかけで、ナタリーをここに連れてきてしまったという負い目があった。
「・・・好きにすれば」
ぶっきらぼうにそう言い、ナタリーに背を向けて寝た。一緒のベッドに寝るというのは2年間続いたが、それはある時を境に終わった。
朝、アッシュが目を覚ますと、ナタリーはこちらを向いて寝ていた。寝巻きが少しはだけ、胸元が見えていた。以前は胸など全くなかったのに、少し胸元が膨らんでいるのが見えた。
なんとなく、見てはいけないような、だけどもっと見たいような欲求に駆られた。その時、自分の体になんとなく違和感を感じ、かけていた毛布の中を見ると、自分の下半身が反応しているのが見えた。
アッシュにとっては初めての経験だったため、ひどく焦った。アッシュは、ごく一般的な性の知識を教えられていなかった。
火属性魔法の授業が終わり、他の大人よりも話しかけやすく、何でも知っていそうな初老の教師に思い切って話しかけた。
「先生、、、あの、朝起きたときに男のアレが反応してるのは病気ですか?」
かなり直球の質問に、初老の教師は一瞬固まったが、すぐにカカカッと笑った。
「アッシュもそういう年頃か!魔法使いとしては化け物のようだが、体は同い年の子と変わらないな!」
「安心しろ。病気じゃない。男なら当たり前のことさ。」
アッシュはその言葉を聞いて、少し安心した。ついでに、侍女の女の子と一緒のベッドで寝ているというと、今度は教師は顔色を変えて、「それは今日限りでやめておけ」と言った。
◇
今日は、上層会議がある日である。上級魔法使い達が招集され、急ぎ対応しなければならない問題について話し合う場だ。資料準備があるため、早めに会場へ来てほしいとナタリーは言われていた。
アッシュよりも一足先に会場入りしたナタリーは、先に到着していた人物に声をかけた。
「ウィリー!お疲れ様です。」
ウィルは、人好きのする笑顔でよっと手を上げ、ナタリーに挨拶した。
「ナタリー!待ってたよ。いつも手伝ってもらっちゃってごめん~。」
ウィルは、サラサラの金髪と、女性のように華奢で、きれいな顔の美少年だ。歳は18歳くらいだろうか。水属性の家門出身の彼は、一番年下だという理由で、よく雑用をやらされていた。
人懐っこく、おしゃべりな彼は、ナタリーが心を許す魔法使いの1人だった。魔法使いには珍しく、ナタリーを魔力無しだと、特別な目で見ない彼は、弟みたいにかわいい存在だった。
「お互い苦労するよね。魔法使いってほんと、性格悪くて人使い荒いやつばっかりだ。」
ウィルは冗談交じりにため息をつき、ナタリーは苦笑した。
「あら、ウィリーも苦労してるの?こっちは、王様の気まぐれに振り回されてばっかりよ。子どもの時からずっとね。」
ウィルはプッと吹き出し、それは言っちゃダメと口元でしーっ!と合図をした。冗談もそこそこに、2人で資料をまとめ、準備を始めた。
魔法使いばかりいるくせに、こういうところはなぜアナログなんだろうかとナタリーはいつも思う。事務処理をすべてやってくれる魔法があれば便利なのに。
それから、上級魔法使い3人と、有力貴族数人が続々と到着し、それぞれ席に着いた。ナタリーとウィルは記録係として、会場の端の方の席に座った。
開始時間1分前に、アッシュが到着し、堂々と席に着いた。ナタリーは、先に会場に行くことをアッシュに伝えていなかった為、少し睨まれた気がした。
会議は進行していき、火属性の上級魔法使いの1人である、ジークリート・ハインリヒがアッシュに報告した。ジークリートは、背中まである黒髪を1つに束ねた、精悍な顔立ちをした美丈夫だ。ジークリートは、魔法使いのみで構成された軍を率いる司令官であり、各地に出没する魔獣を討伐する為の指揮を任されていた。
常に冷静沈着で、部下に厳しいことから非常に恐れられていた。
ナタリーは、ジークリートが苦手であった。アッシュへの報告事項がある際、時々話すことがあるのだが、笑顔がなく、いつも仏頂面だ。それなのに、
「顔色が悪い、ちゃんと食べているのか。」
「大魔法使い様におかしなことをされていないか。」
など、会う度にまるで父親のようなことを聞いてくる。何を考えているのか分からない人物だ。
「報告します。西部地方で強力な魔獣12体が出現しました。今までに、このレベルの魔獣が5体以上出現する前例がなかった為、苦戦しましたがなんとか制圧することができました。」
「12体を制圧?すごいじゃないか」
風属性の上級魔法使い、イース・エイドリアンが言った。イースは、金髪に青い目をした、奔放な雰囲気をした青年で、いつも飄々とし、掴み所がない。噂によると、女性遊びが激しいらしかった。
「幾度にわたり、魔獣の出現を予言した聖女が現れました。今回も、その聖女の予言通りに魔獣が出現したため、対処することができました。」
『聖女の出現』という言葉を聞き、その場にいた一同は驚きの声を上げた。
「その聖女ですが、今度は国内数十ヵ所で、大規模な魔獣の出現があると予言しています。」
ジークリートは言葉を続けた。
「その予言が当たった場合、魔獣によって、国が滅ぼされる危険性があると私は考えています。」
アッシュは顔を上げ、鋭い目でジークリートを見た。
「聖女か。教皇以来の予言者がでてきたと?胡散臭い話だが、信憑性は?」
「今までに、3度に渡り予言を的中させました。出現場所、個体数も当たっています。この予言により、大多数の命が助かりました。信憑性は高いと考えます。」
ナタリーは、
『 国存亡の危機を予言する聖女 』
の話を、神妙な面持ちで聞いていた。
アッシュがどう判断するか、皆が固唾を飲んで見守った。
「・・・聖女とやらに、会う必要があるな。俺もこの目で、本物の予言者かどうか確かめたい。」
アッシュの言葉により、聖女はセントラルへ召還されることとなった。