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侍女 ナタリーの日常

「アッシュ様、起きてください。朝ですよ。」


 ナタリーはカーテンを開け、寝ていたアッシュに静かに声をかけた。今日は天気が良く、日差しが心地いい。寝惚け眼のアッシュは、目を擦りながらしばらくボーッとし、窓の外を眺めていた。


 アッシュは今年で20歳になる。セントラルに来てから、12年もの月日が流れていた。


 輝くような白銀の髪と、長い睫に縁取られたグリーンの目、シャープな顎のライン。薄めだが、形と色ツヤのいい唇、長い手足と、見かけに依らず筋力の付いた身体。アッシュの美しさは少年時代から損なわれていなかったが、今はさらに色気と精悍さが増し、怖いほど異質な美貌をもつ青年に成長していた。


 ナタリーは、今年で22歳になる。アッシュと共に来たその日から、アッシュの身の回りの世話を中心に、12年もの間、アッシュ専属の侍女兼、補佐役として働いていた。


 ナタリーは、幼少期は肩くらいまでしかなかった黒髪を背中辺りまで伸ばし、いつも後ろで1つにまとめていた。よく見るとかなりの美人だったが、黒髪に黒い服、そしてどこか禁欲的な雰囲気が、周りからは、近寄りがたい女性と認識されていた。


 一般的な侍女が着るような、メイド服は着ず、アッシュ専属の者だけが着るデザインの侍女服をいつも着ていた。黒いロングワンピースで、カチッとした印象のあるその服は、黒髪で硬い印象のある自分にも似合う気がして、気に入っていた。


「アッシュ様、そろそろ身支度されませんと。9時から会議が始まりますよ。」


 ナタリーが再び声をかけると、アッシュは眠そうに呟いた。


「会議か。めんどくさいな・・・ナタリー、代わりに行ってきて。」


 ナタリーはため息をつくと、


「冗談もいい加減にしてください。バスタブのお湯はもう張ってありますよ。」


 と言いながら、冷ました水を入れたティーカップをアッシュに手渡した。アッシュは水を飲み干すと、のろのろとベッドから立ち上がり、バスルームの前まで歩いていった。ナタリーが後ろにいることも気にせず、着ていたバスローブを床に脱ぎ捨て、バスルームへ入って行った。


 ナタリーは長年の習慣で、当然のように落ちていたバスローブを広い、ランドリーカゴの中に入れた。


 アッシュは、基本的に風呂に入ること以外は、ナタリーに任せることが多かった。着替えもすべて手伝っている。


 中央(セントラル)に来た当初は、幼馴染みの荒れくれ者アッシュの着替えの世話をするなど、かなり不服だったのだが、この生活に慣れすぎて、今では完全に主従関係が成立している。風呂で髪を洗えとか、体を流せとか言われても、特に違和感なくできるだろう。


 ただ、ナタリーも年頃の女性であり、一応の恥じらいはあった為、着替えは手伝っても、アッシュの体にはなるべく触れないようにしていた。


 風呂から上がったアッシュは、新しいバスローブを羽織った。濡れた髪のまま、どかっと椅子に座り、用意してあった朝食を食べ始めた。濡れたままではいけないと、ナタリーはアッシュの白銀の髪をせっせとタオルで拭いていたが、アッシュから


「ナタリーも朝食早く食べろよ。」


 と一緒に食べることを催促された。


 アッシュは、何でもナタリーにやらせるくせに、ナタリー自身が自分のことを後回しにすることはひどく嫌がった。通常、侍女が主人と同じ部屋で食事を取ることはしないのだが、アッシュは自分が部屋にいる時は、常にナタリーと一緒に食事を取りたがった。


 ここでは、ナタリーに侍女としてはこうあるべきだと怒る人間はいないし、アッシュの決めたことに口を出す人間もいない。


 アッシュは、魔法使いの頂点に君臨する大魔法使いのトップである。大抵のことは、アッシュの思い通りであった。


 アッシュとナタリーが暮らしているこの塔は、上級魔法使い達の居住地とも隔離されており、最低限の警備をする魔法使い数名と、料理や雑務を担当する侍女数名しかいなかった。

 大魔法使いなのに、警備は薄いのかと気にはなるが、アッシュの魔力はそもそも桁外れのため、他の魔法使いが何人いようと、それほど変わらないのである。


 アッシュは、よく知らない人間が自分の周りにいるのを極端に嫌うため、直接アッシュとやり取りができるのは、魔法使いでもない普通の人間のナタリーだけであった。


 会議など、特別な時以外は、アッシュはほとんど魔法使い達と関わりを持たなかった。


 そうはいっても、大魔法使いとしての仕事は山のようにある為、連絡の橋渡し役として、ナタリーが補佐をしている形である。


 朝食を食べながら、ナタリーが文句を言った。

「アッシュ様、前から言っていますが、補佐役を1人、いや1人と言わず、3人くらい増やしてください。国中で起こっている問題が山のようにあるんですよ。私1人じゃ、アッシュ様と貴族魔法使い達の連絡係としては十分じゃありません。」


 アッシュは、黙々と朝食を口に運びながらつっけんどんに言った。


「不要だ。」


「それは貴族の魔法使いの連中が、大魔法使いが対応しなくていい事案まで挙げてきているからだろ。俺が動くのは、国家存続の危機がある時だけ。それ以外は俺でなくても解決できるはずだ。」


 アッシュは、きっぱりナタリーの提案を断った。ナタリーはそれでも、「しかし。。。」とゴニョゴニョ言っていたが、聞き入れてはもらえなかった。


 人員が欲しかった理由は、近年、魔法使いを輩出している貴族同士の、派閥争いが激化しているからだ。


 通常、魔法使いは貴族から輩出されることが多い。アッシュのように、平民から魔力を持つものが出てくる場合もあるが、その時は有力貴族が後ろ楯となり、養子に入ることがほとんどであった。


 姓も、後ろ楯も持たないアッシュが、魔法使いのトップにいることで、現状、権力が分散して保たれているような状態であった。


 大魔法使いの権限と権力は、派閥争いに大きな影響を与えるため、味方に付けよう、相手を出し抜こうとバチバチにやりあっている状態なのである。


 ナタリーは魔法使いでないため、魔法使いからは 『魔力無し』と見下されており、アッシュヘ取り次げ、意見を通せ、秘密裏にあれをしろこれをしろと、無理な内容を押し付けられることが多いのである。



 アッシュは最年少ながら、実力のみで大魔法使いの職に就いている。風変わりなのは昔から変わらず、派閥争いも、富も権力も、我関せず。という様子だった。


 自分の置かれている状況をアッシュヘ伝えることができず、ナタリーは内心ため息をつくのだった。










 



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