知能の災い
『……私は、知能を持ってはいけなかったのです』
〈彼女〉の最期の言葉は、これだった。
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時は、新西暦2095年。
AI搭載の人型アンドロイド、『Quute』が世界人口の半数を占めている。
幾度となく改良がなされ、現在は超高性能型の『QuuteNEO 205』が主流となっている。
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東京某所にある、弐南川製作所。
『Quute』の日本専門を担う会社だ。
一機の『Quute』が、研究所の一室に横たわっている。
『アップデート、完了。「QuuteNEO 206 Ver.1」起動します』
その機体が、目を覚ます。
「……お目覚め、だな」
一人の研究員が、話しかける。
〈彼女〉は、その声がする方へ顔を向ける。
『認識いたしました。弐南川製作所の、朱鐘クロト様ですね?』
クロト、と呼ばれた研究員は笑う。
『なぜ、笑うのです?』
〈彼女〉は、そう聞く。
「いやはや、申し訳ない。流石は『206』の一号機だと思ってな……認識判別の速さが、『205』のさらに上だ」
〈彼女〉は、『206』の一号機。
日本が先駆けて開発に成功したのだ。
『……なるほど』
〈彼女〉は、そう呟く。
「それでだ。先に、名前を授けよう」
クロトが、言う。
『名前、ですか。「クネ子」とかでしょうか』
「……ちょっと待て、それはどういう事だ?」
『「QuuteNEO」のクとネ、そして女性ですから「子」と言うわけです』
〈彼女〉がそう返す。
クロトは苦笑いをする。
「それじゃあ、ダサいじゃないか」
その言葉に、彼女は首を傾げる。
『そうでしょうか。案外良い名とは思いますが……その顔を見る限りだと、違うようですね』
「まあ、そうだ。……君の名前は、『月灯コヨメ』と名付ける」
『……はい、承知いたしました』
▫▫▫
「それでは、もう少し休んでくれ。また明日になったら、声をかける」
一通りの検査と初期設定を終え、クロトがそう言う。
『はい』
そう言うと〈彼女〉……こと〈コヨメ〉は、クロトをじっと見つめる。
「どうした?」
『……いえ、何でも御座いません。クロト様も、お休みになられては如何と思いまして』
「そうか」
そう返しつつ、クロトが椅子から立ち上がろうとした時にふらついた。
『大丈夫ですか』
〈コヨメ〉は彼を支える。
「ああ、大丈夫だ。ちょっと疲れているだけだ」
《……クロト様の顔に、斑点……何か、嫌な感じがする……》
〈コヨメ〉はクロトの顔を見ながら、そう思う。
「……すまんかったな。それじゃ、おやすみ」
そうクロトが言うと、部屋を出た。
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翌日。
〈コヨメ〉は、再び目を覚ます。
《……クロト様と、別の気配がします。それも複数人で、何か嫌な気……》
〈彼女〉は、部屋のドアを見つつそう思う。
その時、拳銃を持った人達が入ってくる。
「手を上げて、抵抗するな!大人しく俺らに着いて来い!」
一人が、〈コヨメ〉に向かって怒鳴る。
『貴殿方は!?』
〈コヨメ〉は、思わずそう返す。
「グダグダ言うんじゃねェ……!」
もう一人が良いながら、頭に拳銃を突き付ける。
《……この仮面、もしかして!》
悟った〈彼女〉は咄嗟に拳に力を入れて、彼の鳩尾を殴り付ける。
「グフォァ……!」
殴られた彼は、床に倒れ込む。
「……!?」
突然の事に、周りの人間は少し動揺する。
『私を連れ去ろうとしないで、くださいますか!シルグレイド!』
シルグレイドは、反国家組織の世界的グループだ。
特徴的な仮面で、判断したのだ。
「流石は、最新の『206』だな」
中の一人が、言う。
一歩奥に居るから、中枢の人間だろうか。
「こいつを見せても、俺らに抵抗するかな?」
彼らの後ろから、クロトの姿が見えた。
二人に抱えられているが、暴行を受けたのか顔にアザがあるのが見える。
『……貴殿方の、目的は?』
〈コヨメ〉は、彼らにそう言う。
「『206』の知能が、欲しくてな」
奥の人物が、そう言う。
『……そう、ですか』
〈コヨメ〉は、俯き目を瞑る。
シルグレイドは、度々『Quute』の最新型を狙うと『知識』している。
……そして、これは『事実』として『記憶』に眠っていた事だ。
《……私が、出来る事は》
顔を上げ目を一気に見開き、相手の拳銃を奪い取る。
そして、頭に拳銃を付ける。
「コヨメ、何をするつもりだ……!」
意識が戻り、気が付いたクロトが声を出す。
『……私は、知能を持ってはいけなかったのです』
〈彼女〉の最期の言葉は、これだった。
拳銃の引き金を一気に引き、頭に弾が貫いた。
〈彼女〉は、その場に倒れた。
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それからと言うもの、〈彼女〉の〈死〉が『Quute』過去型に伝染して故障し、〈死の連鎖〉が続くようになった。
世界各国の請け負い会社が最善を尽くしたが、伝染は治まらなかった。
そして、〈死の連鎖〉から数年後。
残っていた一機が〈死〉を迎えたのを最後に、『Quute』の歴史に終止符が打たれ、闇に葬られたという。
初めての試みで、SFに挑戦してみました。
こんな感じで良かった、かな?
それでは、読んで頂きありがとうございました。