第三十七話 火星サバイバル② ある兄妹の話
興味を持っていただきありがとうございます。稚拙な文章表現ですがご容赦ください。
グロい表現あり。 凍傷や褥瘡など、身体的表現など、苦手な方はここで閉じてください。
この作品は不定期投稿です。一話二千文字から三千文字くらいを予定しています。
SFもので物理法則は無視しています。言葉の選択も映画やドラマで聞く表現を常識の範囲で並べています。勉強不足で申し訳ありませんが、お付き合いいただき、楽しんでいただければ幸いです。
南半球の東側、広大なヘラス平原の中に最大級のインパクト・クレーターがあって。内部へ入るトンネルを抜けると、その空は膜を張るように反射率の低い金属の雲で覆われている。
雲の下、底辺にある小暗い町のはずれ、一軒家には二人の子供と妻に先立たれた男の三人が住んでいた。
発電機関に勤務する男。地表にある監視塔に分け入り、太陽光と雲の熱エネルギーから得た電力を町へ供給する。
毎日、休まず働いていて、二人の子供が幼かった頃に、妻は風土病で亡くなった。男はどうしてもっと家族と一緒にいる時間を持たなかったのだろう、と自問する毎日だった。
生前、妻の日常は子供達を寝かしつけてから、夫の帰りを待つ。
体調を崩すようになって、病院を受診した頃には、すでに病いに冒されていて、目に見えない細菌が体を蝕み、いつしか病室を出れなくなった。
火星の極寒にやられたらしい。末期になると手足がどす黒くなって、組織が死んでしまったように脱落した。そのうち肉片が崩れ、白い骨がむき出しになる。
かろうじて生き残った境界部分からも、ドロリとした乳白色の盛り上がりが姿を見せると、繁殖した細菌が出てきてゼリーの腐ったような臭いが周囲に漂う。
状態を検知したAI医療ポッドが患部を洗浄し始めて、点滴を追加すると痛みが落ち着いたせいか、彼女の口元が少し緩んだ。
彼女は全身が短期間で白く貧血となり、再生力を失っていくその病気は、身体に新しい皮膚を植え付けても生着しなかったため、命を助ける方法はなかった。
「さあ、いつまで起きているんだい、お前たち。いい子にしてれば、お母さんも元気になって、きっとすぐに帰って来てくれるぞ」
だが、いくら子供たちに嘘を言ってみたところで、男の自己満足でしかないことは、子供たちでもわかることだった。
仕事に行っては、妻のいる病院に寄って帰る。満足に動けないで、日に日に妻は痩せて行くばかり。
それでも妻は、少しでも明るく振る舞って見せて、男を勇気づけるため、食事を頬張ってみせた。男が帰るといつも調子を崩していた。
兄妹は男が帰るまで、二人っきりで、夕暮れまで留守番をする。
家の中には家事ロボットが忙しく、働いてくれていて、それは二人の遊び相手でもあった。
妹は兄を、兄は妹を信頼できる家族として、お互いを励まし合う。兄は時々、母親にこっそり電話をした。とてもたわいもない話をして、一日の出来事を彼なりに面白くして見せた。
兄は幼い妹の面倒を見ては、おままごと遊びで彼女の機嫌を損ねないように努める。時にはませたポーズで見栄を切るように、視線を合わせたり、派手に動いては周囲の注目を集めようとして見せた。
四人はお互いの存在を信頼して、生きているだけで満ち足りていた。両親がいない時間が当たり前の二人だったが、母親と音声のみの通信で会話する時が、二人にとってとても楽しい時間だった。
「ねぇ、ママ。早く良くなって、一緒に暮らせたらいいのにね。そしたら、お母さんの料理のお手伝い、いっぱいしてあげるから」
「じゃあ、お母さん、張り切っていっぱい作っちゃおうかな」
「僕はハンバーグがいい。目玉焼きがのったヤツが食べたい」
三人は声をあげて笑った。
三人の夢のような時間は、「お母さん、少し疲れちゃった」とお母さんのアバターがAIのプログラムのように、いつもここで終わる。
兄妹にはお母さんの病院に行くことも、外泊して一緒に食事をすることも難しかった。とても寂しい思いに包まれる。
大人は嘘をつく。
* *
その年、太陽の黒点が異常発生して増大した太陽フレアが太陽系を襲い、ニュースでは太陽にもっとも近づいたとされる白銀色の機体がその映像を流していた。
その余波で、クレーターの表面にある金属の雲が異常なほど高温になり、男の勤務する発電機関にも襲いかかる。防護識別圏の管制AIが雲の中に水分を含ませ、緊急冷却を試みるが表面温度が一千度を超えた。
有機体でできたロボットの外装も熱を帯び始めていて、鉄の溶解温度を超える1538℃、それ以上になっても設備自体は耐える。
ただ運が悪いことに、中性子星ができるような超新星爆発から放出された莫大なエネルギーが放射線のビームとなって、火星の軌道上を光線が貫いた。
ガンマ線バーストが太陽の荷電粒子とぶつかる時、その周囲は超高熱となって電子と陽電子に変わった。熱い粒子は大きなガス雲を作り、黒い霧が質量を持ち始める。
上空でそんなことが起きていることを知らない兄妹は同じベッドにお互いの体を寄せてもぐり込む。二人並んで寝ると温もりを感じた。
「なんか熱いな」兄は外の熱気を肌に感じる。
「お父さん、帰ってこないね」幼い妹が不安そうに身を震わせた。
申し訳程度に安心させようと、兄は妹の手をギュッと握ってみせる。額をくっつけるようにすると気分が和らいだ。
「きっと、仕事が忙しいんだよ。終わったらすぐに帰ってくるさ」
兄は窓の外をひと睨みすると、雲が渦巻き始めているのが見えた。
雲が下に降りてきて膨張したように見える。時折、雲の隙間からピカピカ光る光景が不気味だった。
一方、発電機関で働く男は警戒に追われていた。
子供たちはもう寝ているだろうか。金属の雲の温度上昇が止まらない。計器を一瞥すると、まだ数時間は持ちそうだが、干からびた有機体のボディとひび割れた継手の具合から見ると、いつロボットの冷却装置が壊れてもおかしくなかった。
死ぬかもしれないと思うと、男はゾッとした。子供が家で待っていると自分に強く言い聞かせる。
ゴオッと熱風が金属の雲が渦を巻き始めた。光とともに大きな衝撃が建物を揺らす。異常を知らせる警報が施設に響き渡ると、タービンが緊急停止する。
防御プログラムが作動すると、突然コンソール画面に『error』表示が現れて、プログラムが中断された。
電源も正しく入っていて、プログラムも正常に動いている。
問題は外壁で起きていて、プラズマによる直撃雷が電極の一部を吹き飛ばしたのだ。避雷器によって電気制御の損傷は免れたものの、耐熱性能のない電子機器に負荷がかかると独自の防御反応を示し、接続部を切り離していた。
このクレーター都市にも人類がいて、多くのロボットや工業施設が立ち並ぶ。
施設をメンテナンスや修理を請け負った管理AIも太陽フレアの影響が出ていて、自動メンテナンス・ロボットが出動できずにいた。
この修復プログラムを遂行するには誰かがそこに行かなければならない。それもシステムを熟知しているものが適している。
少しばかりの沈黙が管理棟の中を流れた。
「我々は英雄を必要としている」本部のモニターから研究所のネームプレートを下げたリーダー格の年配者が提案したのは、新技術や対処可能な設備ではなく、現場の対応力だった。
周囲は理解するものの、何があってもおかしくない。ここにいるのは自分ただ一人。経験のあったその男は理想的だった。
男は泣き出したい気持ちだった。
「大丈夫だ。君にならできる」
年配者の甘い言葉が聞こえてくる。男はモニターをチラリと見て、「考えさせてくれ」と腕を伸ばして、モニター電源をオフにする。
子供と妻の写った写真を手に取ると、「今夜は帰れそうもない。」と呟いた。
「はあ・・・やるしかないのか。行かなきゃ、明日、俺たちは電源を失うことになる。二人の子供を連れて逃げ出すこともできるんだ。どうしたらいい?」
端末に写る妻のアバターに毒づいた。頼りにならない男、一人ならそれでもいい。男はまたため息をついた。
「あんたはどうしたいのさ?」妻のアバターはなじるような仕草で男に視線を投げかける。
男はただ、じっと雲を睨んでいるだけだった。
「ねぇ、あんた・・・。もう発電は止めてあるんだし、あなたが行っても修理できない可能性だってあるんだから。・・・こうしたらどうだろう。現場に行くだけ行ってみて、偵察だけしてくるんだ。応援を呼んでおいて、修理は次の人に任せるのさ。あんたが犠牲になることはないよ! 社会からは非難を浴びるだろうけど、生きてりゃ、なんとかなるもんだよ。死んだ私が言うのもなんだけどね」
男はギョッとした。男は地上の高温化恐ろしさを知っていた。雲の温度が二千度を超えるようなことになれば、一時間ばかりが経つと、体温が一気に上がり、脱水のような目眩が始まる。
人間はそこから逃げようとするが足が動かない。唇はカサカサに渇き、目は涙さえ失って、窪んでいく。心が荒むと、生きるために略奪を始めた。
雲が町に蓋をするようにあるため、周囲には近づけず、生き物はやがて底に溜まると、次第に息が詰まり、呼吸が浅くなる。町を大鍋で沸かすように、人が蒸し殺されていく。
やがて町の真ん中には死人の山が築かれるのだろう。胸奥の悪くなるような、ムッと鼻につく強烈な異臭を放って腐る前に、カラカラに乾いて日干しになってしまう。何かの拍子に火が付くと、紙のように焼けて煤になるのだ。
自分は見て見ぬふりをするわけではない、応援は呼ぶ、あとは神様が決めることだ。
「・・・それじゃ、だめだ。そんなことは俺にはできない。・・・すまねぇが、応援をよこしてくれ。やって見たいことがあるんだ、施設を再稼働させる」
「バカだねぇ、あんたは。心配したって、おまえさんも一緒に野垂れ死ん仕舞うよ。二人の子供はどうすんのさ?」
このままいけば、火星のどこに行ってもほぼ同じ状況だろうから、あとは我々人類の運次第だ。運がよければ生き延びられることだろう。
(俺は一生懸命やったんだ。子供たちはお前が説明してやってくれ。)
『大きな嵐の渦が形成されています。マイナスの質量膨張を観測。スクリーンに映します』
「こいつはすごいな」上空の嵐の渦がどんどん大きくなるのを見て、男は呟いた。
気がつくと金属の雲の温度が千六百度を超えていた。男はただ、アシストスーツを着込んでゆっくりと雲の中に登っていく。
死にたくない。
直径百六十キロメートルを覆う雲の中央部に浮いている電極。継ぎ目に沿ってレールがあり、途中まで加速器を使って頂上まで打ち上がると弾丸のように放物線を描き、男の乗ったカプセルは減速マグネットチューブを通って電極部に到達する。
表面が暗い。反射率が低く、熱がこもる。
男は防火装置を稼働させた。高温の雲の中に砂やガラスを散布すると表面が光り輝き始める。地上を襲うエネルギーが雲に反射されていく。暖気と寒気が交わると上昇気流が生まれ、雲が上下方向に高く膨れ上がった。
数時間にわたって発達すると背の高い積乱雲の下降気流が下に向かって漏斗状の雲を造る。
渦巻きが地上に届き、チタンの粒子を含んだ竜巻が進路上にあるものを破壊した。突然その空間に姿を現した爆弾低気圧が壊した建物の破片の波を上空に巻き上げる。
破片の塊が電極まで到達すると襲いかかってきて、男はとっさの反応ができず、近くにあった手すりをつかんで体を支えた。
電極にかなりのサイズの破片がひっきりなしにぶつかってきて、全ては一瞬に起きた。男の目の前に冷たい大きな塊が飛び込み、手すりごと吹き飛ばしたのだ。
体が宙に浮き、男を取り囲む世界が遠ざかっていく。足場のいくつかが壊れ、衝撃が身体を襲う。覚悟はしていたが、防熱と絶縁に特化したアシストスーツの装甲は貫通に対する耐久性を見込んでいなかったのだろう。
支柱のようなものが外れて、胸部を直撃したようだ。息ができず、喉元に血が溢れてくると、急に意識が薄れていく。落下していく途中、周囲がゆっくりと流れて見えて、遠くに我が家が見えたような気がした。
体にかかる風圧で今にも力尽きそうになる。朦朧とした男に妻が手を伸ばしてきたように感じて、一瞬だけためらった。
(ごめん、約束を守れなかった・・・今から行くよ。)
(何、バカなことを言っているんだい。あんたは父親としては失格だよ。でもね、見てごらん。町は無事だったみたいだから、安心しな)
クレーター都市の人間が自ら生き延びたことを知ることはなかった。
翌朝、研究所の職員が男の家を訪ねて、お父さんが死亡した事実を伝える。
「どうしよう、お兄ちゃん。お父さんもお母さんもいなくなっちゃった」
「大丈夫だよ、心配ないよ」
兄は瞳に大きな涙を浮かべた幼い妹をなだめ、自分も声をあげて泣きたくなるのを一生懸命に我慢する。二人だけで生きていくことも、料理して、美味しいハンバーグを作ることも難しかった。
いつでもそばにいてくれる家事ロボットのおかげで、ひもじい思いをすることはなかったが、孤児となった二人は大人の言うことを聞くしかない。
「お兄ちゃん、二人だけで暮らせたらいいのにね」幼い妹は夢物語を作って、笑って見せた。ロボットが二人の頭を優しく撫でて、牛乳とお菓子を机に用意すると、二人の目が輝いた。
食べているところに、家の戸口で呼び出しのベルが鳴る。
モニターにはまるで若鮎のようになまめかしい女が玄関に立っていた。長い黒髪が風になびいていて、手足は折れそうなほど細く、スラリとした均整のとれた肢体は少女と言ってもいい年頃だった。
「こんにちわ、オニヅカ ヨウコと申します。研究所から来ました」
少女はモニター越しに会釈して挨拶する。
兄妹は保護施設ではなく、家事ロボットと一緒がいいと希望したため、管理する研究所に預けられることになっていた。
「これからは家族よ。だから、わたしのことはお姉ちゃんって呼んでね」ヨウコは二人に合うと、ギュッと抱きしめてみせた。
(第三十七話 おわり)
火星の話を続けていきます。次話も楽しんでいただければ幸いです。
若い頃のオニヅカヨウコ女史を登場させました。まだ兄妹に名前はありませんが、本編に関わってくるかは不明です。
作者は心があまり強くないので、あたたかく見守っていただければ幸いです。
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頑張って、次話が読みたいと思っていただいた方は応援よろしくお願いします。
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