第三十二話 サミュエルとリン⑩
興味を持っていただきありがとうございます。稚拙な文章表現ですがご容赦ください。
作中の微小粒子は電荷を持っておらず、電子に触れることでイオン化していきます。
この作品は不定期投稿です。一話二千文字から三千文字くらいを予定しています。
SFもので物理法則は無視しています。言葉の選択も映画やドラマで聞く表現を常識の範囲で並べています。勉強不足で申し訳ありませんが、お付き合いいただき、楽しんでいただければ幸いです。
リンは小さく息を飲み込んだ。
正直にいえば、人間の性能なんて、ロボットに比べればはるかに劣る。だが、電子機器の意識が空気のように消失してしまう天体現象を目の当たりにして、作戦そのものが安全に帰還できる限界を超えているように見えた。
仮にも天文台観測所の職員で、火星の天候は熟知しているだったが、スペースボートで未知の領域に飛び込んだ景色は、いつも見ていた風景とは違っていた。
「それはいったいどういうことだ?」サミュエルは助けて欲しいなんて一言も言っていない。
「白状すると自分に正直でいたいのよ。私は今の状況に興味があるの、そしてもっと知りたいと思っている。それにきっと役に立つわ」ドアのところに立つリンの胸に後悔はしたくないという念が湧いていた。
私にできることなんて何一つないかもしれない。
「なぜ、君は本当に戻りたいのか?」廊下の明かりが彼の横顔に深い陰影を与えていた。
一瞬たじろいだものの、いつもの有能なアシスタントではなく、ありのままの自分を見てほしい。「サミュエル、私は本気よ」リンは彼の目をまっすぐ見る。
現実は甘くない。「いいだろう」彼はこれ幸いとばかりに彼女の言葉に納得した。
せつなげな緑の瞳と男らしい顔、あいかわらず、とてもセクシーな目が彼女を凝視する。サミュエルはとても魅力的だった。あの浅黒いたくましい胸に身を投げ出してしがみついたらと考えると、リンは興奮する。
もしそんなことができたら、私を引き離そうとするかしら?それとも介抱してくれるのだろうか?
「さあ、どこから始めるのかしら?少佐」
問題を先送りするのは人間の特権よ。答えを探るのは簡単、でもそれは今じゃない。
マーズ・フェニックス基地では、刻々と特殊工作車の発車の準備が近づいていた。
工作車がゆっくりとデッキから誘導路へ進んで行く。
なぜ、今なんだ?なぜ彼女なんだ?彼女を誘惑するつもりはなかった。やるしかないからやる、ただそれだけ。
黒い霧の悪夢に立ち向かうには外部からの支援が必要だ。電子よりも非常に軽い中性子の塊は元に戻ろうとエネルギーを求めて彷徨っている。
実際もうすでに帯電量がゼロではなくなっていて、クーロン力によって磁場を形成し始めていた。
「君はこの位置で待機してほしい」そこは水の通り道の意味を持つチャネルという呼び名の扇状地帯に広がる宇宙軍の施設から二十キロメートルほど場外を示す。
そこに何があるかなんて、民間人のリンは知らされていない。ただ、そこは火星の地図上で空白地帯とされている高原の間に埋もれた場所に、ゴードン社の私有地があった。
「あと十五分で、始動です」宇宙軍の科学士官が声を上げた。
サミュエルは微笑み、了解とうなずく。
「わかったわ。でも、そこには何があるの?」リンは質問を先んじたつもりで、彼に言った。
彼は大股で歩きながら、導かれるようにリンの前に立った。筋肉質で無駄のないスポーツマンらしいカラダつき、リンは息をのみ、彼が目の前に現れると、胸が高鳴るのを覚える。
「君は刺激的なことは好きかい?」
彼がなんて言ったかははっきり聞こえなかった。サミュエルはにっこり笑うと、リンの手をとった。
なにが起きているのかわからない。でもそんなことはどうでも良くて、とにかく信じられず、リンは動転して息もできなかった。
「ぼくを信じる?」サミュエルはリンの片方の手のひらを広げさせると自分の両手で包み込むように何かを握らせる。
「サミュエル?なにを」リンは事態を飲み込めず、ぼんやりしていたが、サミュエルが両手で包み込んだままの手の中にブレスレットにしては硬い感触、なにか身につける装飾品のような。
「時計かしら」彼の温もりを感じた手から手渡されたものを恐る恐る広げようとすると、「それは鍵だ」サミュエルが言った。
これが夢なら覚めないでほしい。
「正確には、格納庫の鍵だ」サミュエルの冷静な声に、リンはいささか期待を裏切られた気分になった。
「格納庫なのね?」ほうらやっぱり、恋人のいる私生活が頭に浮かんだかもしれないが、この男は根っからの飛行機乗りである。
リンは二人の楽園の妄想に別れをつげ、格納庫の場所を示すマリネリス峡谷のひび割れた奥地、宇宙軍の施設地帯がつづく流水地形を探した。
ここはアウトフローチャネルと呼ばれ、過去に洪水起きたとされる場所は、平面で大きな谷底を形成している。本流と呼ばれる一本の大きな滑走路の横に支流と呼ばれる水路の様相を呈した小さな滑走路にそれはあった。
「リン、君の力が必要なんだ。そこにぼくのガンシップがある」
「ちょっと待ってちょうだい!」リンは押し付けられた腕時計型のスマートキーを彼の方へ押し戻した。「わ、わたし、あなたの宇宙船とか、操作できる技術もないのよ」
サミュエルが唐突に投げた『役割』に戸惑って、しばらくすると不満を爆発させた。
「これに君が乗るわけじゃない、ガンシップは無人機として飛ぶ。地上管制の仕事の範囲内だから、安心していい。」リンのキャリアウーマンとして発揮される能力に満足していて、彼女の温かさや無垢な官能性にサミュエルの気持ちは安らいだ。
(第三十二話 おわり)
サミュエルとリンの話を続けていきます。次話も楽しんでいただければ幸いです。
作者は心があまり強くないので、あたたかく見守っていただければ幸いです。
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