第三十一話 サミュエルとリン⑨
興味を持っていただきありがとうございます。稚拙な文章表現ですがご容赦ください。
無重力について質量の消失といった表現がありますが、これは筆者の妄想です。
この作品は不定期投稿です。一話二千文字から三千文字くらいを予定しています。
SFもので物理法則は無視しています。言葉の選択も映画やドラマで聞く表現を常識の範囲で並べています。勉強不足で申し訳ありませんが、お付き合いいただき、楽しんでいただければ幸いです。
リンはサミュエルをまぶしそうに見た。
彼はいまブリーフィングの部屋を出ていく。特殊工作車まで歩いていけばいい。トンネルを抜け、別の通路に入って、2.5メートル四方の昇降機を降りればカタパルトデッキはすぐその先だった。
いまやサミュエルの目に映るものは真っ暗な黒い闇とその中に浮かぶ黒い霧。黒い闇がすべてを無に誘うように広がる。それはこれから始まる、長い一日を予感させた。
東西に横たわるマリネリス峡谷の最深部にある宇宙港は最大幅二百キロメートルという規模の谷間にあって、その西端百キロメートルの位置にマーズ・フェニックス基地がある。
火星の上空は常に偏西風の西風が常に吹いていて、時折、砂嵐となって地上を襲う。そして西の空に発生した重苦しい黒い霧が不吉な影を落とした。
基地から西方を見るとすでにAIを乗せたブロアー車がかき集められ、二七両編成の車列を組んでホバーエンジンにより浮揚して地面をはうように進んでいく。
0.1気圧の火星では空気の圧縮もそれほど必要ないため、ホバリング用プロペラの回転数はそれほど多くない。ただホバーエンジンは強風に弱く、失速一歩手前の低速度で慎重に目標地点に向かった。
なんとか壊れずに、全部役に立ってくれるように願っている。
サミュエルは宇宙軍が用意した大型の特殊工作車に搭乗して、出撃する。
命令とはいえ、他人が整備した車両にいささか不安がよぎるが、ここで逃げるわけにはいかない。ここには小勇者の姿はない。
上空に我が機を飛ばすことができれば、捜索モードで戦術の幅が広がる。支援ドローンを展開し、レーダー等のセンサーによる情報収集や作戦を行うことで、リスクは大幅に低減させることができた。
ミニbotを非搭載にした小勇者を無人機で飛ばすには、誰かに管制システムのあるトレーラーハウスで誰かが操作しなければいけない。
誰かが、サミュエルは瞬間息が止まりそうになった。そう、誰かが。
彼はとても不思議な魅力があって、その瞳は彼女を思いのまま操る力を持ってる。
リンはその瞳にロマンスを求めていた。だが帰って来れるだろうか?また会えるだろうかと動揺を気取られないよう毛布をゆっくり撫でた。
作戦に参加するサミュエルをただ見送るだけなんて、いやでたまらない気持ちになる。それでなくとも彼はモテる男のタイプに違いない。
それも複数の女性が追いかけるタイプだ。彼は理想のタイプでお金持ちの坊やで、高嶺の花。決して手の届く相手ではないことは頭ではわかっている。
優しい言葉や甘い雰囲気で気長に待つことなんてしていたら、際き合う頃にはただのお友達で終わってしまう。
リン自身は彼のことをなにも知らない。サミュエル・ゴードンに出会い、心を差し出したいと願った。唇を許し、皮膚と皮膚が擦れ、体の隅々まで知り尽くすように、それは軽い摩擦から始まって、体の中心に彼を感じ結ばれることを望んだ。
それほどまでに衝撃的で、彼に強く惹かれた。良識のあるプロフェッショナルとして、サポートできるとしたらジッと帰りを待つなんて考えられない。
「待って!」リンは見送ったはずの扉に手をかけると、サミュエルが薄暗い廊下を進んでいるのが見えた。
「ん?」彼は声を聞いて一瞬凍りついたように動きを止めると、ゆっくりと後ろを振り向いた。
彼を囲む五人の軍部の士官たちも横になびくように一斉に振り返る。
「私たち良いチームだと思うの!」リンは追いかけて言った。
大人しくしてるなんてできない。やっとの思いが、それだけを言葉にする。「なんの話だったかな?」サミュエルは彼女の言葉を聞き返す。
この時点ではまだ司令室管制センターも、軍部のエリートたちも気付いてはいなかったが、重力崩壊型の中性子の爆発で吐き出された暗黒物質は分解された陽子のなれの果て。つまり失った電子を吸収して再び、中性子の塊として吐き出された。
暗黒物質は大量のエネルギーを吸収していく。質量の変化は圧力と重力のバランスが崩れ、周囲はその中心に向かって引き込まれる。
膨大な質量の消失は、空間の収縮によって莫大な重力エネルギーが解放された。重力に影響される物質は強く圧縮されていて、重力の働きの異なる空間は密度の薄い空間に引っ張られ、吸い出されていく。
重力によって引きちぎられた空間は穴となって、位置エネルギーを生み出し、気流を発生させた。それは火星にあったものがゆっくりと回り始め、地表では徐々に円盤状の渦を巻き始めていた。
サミュエルはリンを穴が開くほど見つめた。彼女は観測センターの職員で、暗黒の物体が黒い塊を増しながら近づいてきた時も、エネルギーがかき消され、暗闇に飲み込まれた時も、有能だった。
信頼できる管制官の突然の申し出は理解できない。トラブルに巻き込まれたことを心配していたのに、挨拶程度の食事の約束を交わして、終わるはずだった。
年齢は同じくらいか、年上だろうか。やや長めの黒髪が首筋にかかり、肌は白くて繊細な愛らしい表情、華奢な体つきは少女のようだった。
幼女や少女を好む恋愛感情はない。これまでも美しい女性たちと楽しく、なんの後腐れもない付き合いをしてきた。
愛と欲望を間違えて、結婚なんてしてしまったなら、花嫁の頬を滝のような涙を溢れさせるに決まっている。ただ目の前で彼女の瞳をのぞいた途端、リンに心を奪われていた。彼女は誠実で、頭が切れて、なおかつ大胆だ。
瞳の奥に何ものにも動かされない意思の強さがあった。
(第三十一話 おわり)
サミュエルとリンの話を続けていきます。次話も楽しんでいただければ幸いです。
作者は心があまり強くないので、あたたかく見守っていただければ幸いです。
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