第三十話 サミュエルとリン⑧
興味を持っていただきありがとうございます。稚拙な文章表現ですがご容赦ください。
時間軸が前後します。
この作品は不定期投稿です。一話二千文字から三千文字くらいを予定しています。
SFもので物理法則は無視しています。言葉の選択も映画やドラマで聞く表現を常識の範囲で並べています。勉強不足で申し訳ありませんが、お付き合いいただき、楽しんでいただければ幸いです。
リンは胸の奥で臆病風に包まれていた。
「不安そうな顔だね」サミュエルはエレベーターのなかで、落ち着かない様子で彼女の顔を伺っている。
「あなたのせいよ」
* *
火星から高度六千キロメートル上空を周回軌道している衛星フォボスから帰還するスペースボートの中にいたリンは、最近の太陽系の話題の一つである宇宙線量増大について観測データの収集のため、天文台職員としてチームに参加していた。
宇宙線量の増大は粒子が収束し合い、加速した瞬間に衝突した原子は核分裂を引き起こして、イオン化されたたくさんの蒸気が雲を作る。
マリネリス峡谷へ侵入した直後、機体はヒモ状の霧を確認していた。雲を突き抜けた時には操縦不能となっていて、あやうく天体に衝突するところを回避したのだ。
スペースボートの飛行ルートはは高度三万キロメートル上空にある衛星ダイモスから搭乗客たちを乗せて飛び立つと、途中でフォボスを中継して火星に帰還する。
翼を重ねて飛行するシャトルの二番機は、暗闇の空で降下率を正常に維持できなくなったまま、機体が二百四十度横回転していた。それは3秒後に超音速を超えるスピードで階段状になった峡谷の地面に激突する方位をとっていた。
目標地点であるマーズ・フェニックス基地から東へ九十キロメートルの地点だった。その直後、機体は激しい衝撃と共に炎に包まれて、真っ二つになり、搭乗していた乗客はフロントガラスにぶつかった羽虫のように座席にくくり付けられたまま押しつぶされ、跡形もなかったという。
誰が乗っていたかはわからないが、リンは運よく生き延びた。その後、さまざまな方法でシャトル事故が伝えられながら、雲が消えるまで宇宙港は発着が禁止される。
生と死の境界をサミュエルは探し求めている。スペースボートの発着ゲートは僚機の事故で騒然としていた。
「こうやって死ぬことだってあるんだ。」リンは意味不明なブリーフィングを説明で聞きながら、目の前にいる戦闘機乗りを見ている。彼は「今日はついていない」とつぶやいた。
それから何分くらい経過しただろうか。ブリーフィングの途中で部屋の扉が開き、五人の緑の制服を着た軍部の士官が姿を現す。
「とてもいい状況じゃないな」サミュエルはささやいた。
「誰かを探してるみたい」リンは彼に声をかける。
先頭の黒い帽子を被った男は、経験を積んだ上級士官らしく、「見つけた」と自信たっぷりな様子でこちらに向かって手を振ってきた。
「サム、将軍が呼んでる!」背が高く、痩せた男性が彼の元にたどり着く。
「中尉、僕は忙しいんだ」サミュエルがムッとした様子で答えると、予想通りの回答に中尉と呼ばれた男は苦々しげに顔をゆがめた。
「最新の報告書だ」中尉は印刷した報告書をサミュエルに手渡す。
マリネリス峡谷に風がすすり泣く。火星の嵐が一段と大きくうねって、黒い夜空を黒い雲が飛ぶように流れている。夜の闇に溶け込む霧は暗黒物質となって、かすかな光さえ覆ってしまう。
不吉な黒雲はプラズマ状態となったイオンで出来ていて、電子を吸収すると真空という質量へ還元された。
銀河の起源である原子核は新しく生まれる元素となって、火星の重力場に引き寄せられる。何もなかったところに新しい天体ができるように高密度を求めて、大気がゆらいだ。
それは超新星の発生に似ていて、爆発と収縮を繰り返して大きくなる。
いかにも場違いな大気のゆらぎの発生は火星の重力を崩壊させた。このまま続けば、暗黒物質は宇宙における巨大な核融合炉となって、さらに腹を立てたかのように核融合反応を起こした。
さまざまな元素が積み重なり、新しく火星の表面に物質を作り出そうとする。まるで呪いにかかったかのように周囲を重力崩壊に巻き込んで収縮すると、新しい中性子のコアが誕生し、そして崩壊していく。
まるであの世とこの世を行ったり来たり繰り返すようにして、莫大な重力エネルギーは星を作るのだ。
ただその暗黒物質は再び雲の間から月夜をのぞくまで、取り除いて仕舞えばなにごともなかったかのように火星の空に消えていく。
彼らはあるものを待っていた。探査車よりかなり大きい、トレーラーに二機の重苦しい大型の円筒を両脇に取り付けた影を投げている。
作戦の全貌をあらわにすると、どうやら地上にいるお化け扇風機を取り付けた特殊工作車で暗黒物質に近づいて、外部から新鮮な大気を送り込むらしい。
空間に充満した雲の塊をゴロゴロと転がして、ガスは大きく変形して上空に蹴り上げると、バラバラになった雲は火星特有の砂嵐に紛れて、粉々になる。局所的な砂嵐が吹き上がると上空でダストの循環の中で蒸発したイオンの雲は凝結して二酸化炭素や氷になるのだ。
サミュエルはブツブツと毒づいたが、今度は自分がため息をつきながら、漆黒の宇宙を見上げる。
マーズ・フェニックス基地のデッキには、黒い車体のフェニックス・ランド・ブロアーがオレンジカラーの宇宙服を着た整備士が冷たい風が切り裂く中を誘導して、黄色い明かりで照らし出されながら移動していく。
「これは優先事項だ」必要は万事に優先するとどこかの海賊小説に出てきそうな文句である。サミュエルは自由人と言っても宇宙軍に所属していて、ゴードン社が開発する最新鋭の軍用実験機のパイロットだった。
「君のお姉さんの署名もある」
そのころ、マリネリス峡谷の北側にある流水地形を生かした宇宙軍の火星の要塞では、参謀本部が置かれ、宇宙の安全を確かなものにするため軍議が重ねられていた。
宇宙軍が宇宙港と周辺宙域を見下ろすように、そり立つ断崖の上に要塞を築いていて、何隻ものスペースボートや輸送船が停泊するドッキング・ベイは栄え、港は安心して運用され、輸送を行っている。
それも全て宇宙軍が太陽系の巨大な交通網を優れたネットワークで輸送をコントロールしているおかげだった。それぞれの惑星には将軍が配置され、その下に参謀本部があり、サミュエルの姉は次官として名を連ねていた。
姉が軍の中でも上級役員だから、弟は自由に過ごすことができたのである。
「最新鋭のAIを積んだ管制衛星もやられた。君とショーの力が必要なんだ」
「大丈夫なの?」リンは不可能を可能と言う彼らの精神を疑ったが、スペースボートを操った現実は紛れもない事実だった。
「この僕を心配してくれるのかい?」
「あなたは私のヒーローよ。絶対に生きて帰ってきてね」リンは自分に起きた出来事について考えると、彼にすぐにでも愛の告白をしたくなった。
「勝手に殺さないでくれよ、リン。でも、うれしいよ。ありがとう」サミュエルは微笑み、立ち上がって行こうとすると、「ねえ、サミュエル、食事の約束を忘れないでね」リンは思わず叫んだ。
リンは自分の愚かさに泣きたくなる。「私のこと、覚えていて欲しいから」とても厚かましい自分がいた。
「わかった。君にはいろいろしてもらったから、約束するよ」サミュエルは自由な冒険家。あと腐れないように、きっと用意周到にきちんとお返しをし終えたら、どこかに飛び立っていくのだろうけれど。
リンは彼の食事に誘ってくれるという言葉に、かすかにうれしさが込み上げる歓びを感じた。
「終わったら、会いにいく」と言って、彼はくるりと背を向けた。
(第三十話 おわり)
マーズ・フェニックス・ランダーは2007年〜2010年にNASAの管理下で打ち上げられた探査機です。本文中に登場するブロアー車は名称を参考にしています。
サミュエルとリンの話を続けていきます。次話も楽しんでいただければ幸いです。
作者は心があまり強くないので、あたたかく見守っていただければ幸いです。
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