第二十一話 アステロイド・ワン⑨
興味を持っていただきありがとうございます。稚拙な文章表現ですがご容赦ください。
この作品は不定期投稿です。一話二千文字から三千文字くらいを予定しています。
SFもので物理法則は無視しています。言葉の選択も映画やドラマで聞く表現を常識の範囲で並べています。勉強不足で申し訳ありませんが、お付き合いいただき、楽しんでいただければ幸いです。
この四十二年間、グリークマンは独身で、輸送機乗りだったせいか、長い青春を宇宙の中で過ごしている。
職業柄、出かけるより落ち着いてずっとそこに留まることは非現実的な選択だった。
これまでも女性のベッドに近づいたことはある。でもそれは宇宙港あたりを彷徨いている売春婦の手狭なワンルームが多かったし、クラブで知り合った女性とのその日限りの恋もあった。
アステロイド・ワンの船長に乗り込んだ時点で、自分本位で無責任な行動はできないと思っていたし、七年間、きちんとした人間のつもりで宇宙ステーションの役割を守ってきた。
上下・左右に激しく揺れるアステロイド・ワンの中で彼女は野生的だった。半径百メートル近い船体が錐揉み状態になって放り出された時に味わった恐怖は科学的な反作用を生み、肉体は楽しみや喜びを求る。
グリークマンは思った。ブレンダが強められた恐怖情動により肉体に対する反応に対してコントロールを失っていると感じた。彼女もホッとしたのだろう。ただ環境によって適応した記憶が新しく作られる。
誤った電気化学的な伝達によって、体が動いてしまったに違いない。きっと別の男性と勘違いをしているのだ。誰でもいいはずがないが、その滑らかな感触が押し当てられた唇から伝わってくると、我慢していた興奮が意識を支配する。
でも、このままではまずい。
感情のまま危険な冒険をしようとする思春期ではない。きっと性的衝動が大胆な行動をとらせて、無意識で情熱的になっているに違いない。
空腹な時に食欲が満たされた心地よい満足感を得ようとする感情と似ている。生命を保存しようとするあれだ。
ブレンダがこれまで、こんな奔放な真似をしたことはなかった。グリークマンは彼女の過激な愛情表現をやめさせようと脇下の辺りに手を触れる。
抵抗しようとしたが、逆に彼女の両手に押し戻され、揺れるトラスの側壁に固定されてしまった。
体が壁に押し付けられた衝撃を感じて、アッと思わず唇が開くと、無抵抗になった口の中にブレンダの舌が押し込まれて、お互いの舌が触れる。
不意に夢の中から現実に引き戻されて、踏み込んではいけない感覚が頭の中で渦巻く。初めて感じる彼女の唇はとても柔らかくて温かかった。
彼女を見ると、ここで起きた恐怖の記憶を上書きするように、何かと闘うように必死で瞳は憂いを帯び、大胆で厳しく今まで見たことのない表情をしていた。
十秒が過ぎた、息を求めて口を動かすを彼女の舌が潜り込んできて、絡みつく。目と目が合った気がした。現実を受け入れるには彼女は理性を情動で抑えるしかないのかもしれない。
キスに反応するつもりはなかったが、ブレンダのことを思うと騒ぎ立てるのはやめておこう。
求められたキスをキスで返すと彼女の手がヘルメットの留め金を外す。ブレンダがキスをやめて、ゆっくり顔を離した。
彼のヘルメットに手を伸ばすと、その行く手をグリークマンの手が遮り、ゆっくりと彼女に顔を向けた。
こんな馬鹿げたことかもしれない、行儀はいい方ではなかったけれど、そうしたいと思ったからブレンダはロケットが火花を散らして燃え上がるようにキスをした。
粘膜同士がつながった時間、生きているという充実感が彼女のこころを満たしてくれる。
それはまるで魔法のようだった。そうしなければ心がもたなかったのかもしれない。
離した舌さきの感触がこの男性の唇を味わいたいと再び求める。
「ブレンダ・・・いけない・・・」グリークマンは懇願した。
「・・・わかっているわ。でも、今は愛してほしいの」危機的状況から逃れた緊張が引き金となって、ブレンダは苦しそうな声をあげ、目に涙が浮かぶ。
精神のバランスを維持するための、彼女なりのユーモアだろうか。
「ボーイフレンドはいないのかい?」ブレンダを突き飛ばすようなことはしなかった。グリークマンは間違ってると思った時は、低くトーンを落とした声で話しかける。
「ここに来る前にはいたわ」ブレンダは考え込んで言った。
「君は気持ちに素直すぎるんだ。今なら引き返せる、僕は君みたいに若くないんだ」
「どういう意味かわからないわ」不思議そうに彼女が尋ねた。
「わからなくてもいい。真剣な交際を考えるには年齢が違いすぎるとは思わないか?」
「人を愛するのに年齢なんて関係ないわ」ブレンダは真面目な顔で続ける。「誰かを好きになったら、全てを受け入れることができるわ」
情動の赴くままに欲求を満たしたいと望んだ彼女の唇は濡れて、瞳は陰りを帯びていた。立ち止まり、グリークマンはブレンダほうを見た。彼女もまた彼を見る。お互いの視線が重なる。
「ブレンダ」ああ、やっぱりこれはまずい。グリークマンは自分の気持ちを抑えきれず、ブレンダの顎を指でたどって、優しくキスをした。
こんな状況でなければ、どんなに素晴らしいことだろう。ブレンダの顔を両手で包み込むと、グリークマンはソッと身を引いた。「僕はこの世で一番幸せ者だ。」
「でも、今はやるべきことがある、わかってくれるね。」ブレンダの目元に浮かぶ涙を指先で軽くぬぐうと、彼女の手が腕を包む。
「うん」ブレンダはうなずいた。
「こんな僕でいいのなら、君を求めていいのなら、あなたを大切にしたいと思っている」グリークマンは自分がとても身勝手だと感じた。
ミッションクルーのジョージやエイムズが生きていれば俺よりも若いし、理想的なカップルだろう。彼らが現れれば、彼女にふさわしい未来があるに違いない。
ただし、生きる未来があればの話だ。突然、全てを失うこともある。いまだに液体燃料による補助電源のみが頼りで、船体が全ての電力を失うのは、時間の問題だった。
明らかに機能停止してしまったメインコンピューターから切り離した正常なシステムが音を立てて、宇宙ステーションの傾きを修正していく。
グリークマンはヘルメットの留め金を閉めた。アステロイド・ワンを放棄するつもりはない、ブレンダもようやく悟ったようにゆっくりと顔をあげる。
これから機能停止した司令室を再稼働させる。なんとかして宇宙ステーションから脱出する方法を見つけなければならない。生き残りをかけた戦いは始まったばかりだ。
(第二十一話おわり)
一時的なロマンスですが、今後もどこかで描くつもりです。
もうしばらくはアステロイド・ワンの話を続けます。次話も楽しんでいただければ幸いです。
作者は心があまり強くないので、あたたかく見守っていただければ幸いです。
もし、良かったなど感想をいただければ作者が喜びます。返信等はしておりませんのでご容赦ください。




