まるで鏡を見ているよう
ドッペルゲンガーを知ってるか?
この世の中には、自分と全く同じ姿をした“モノ”が存在するのだという。そして、まるで鏡を見ているようなそいつに出会ってしまった人間は
死ぬのだと。
「──つまりそのドッペルなんちゃらに会っちまった、と」
甲平はラーメンをすする手を止めもせず言った。
「おめでとさん」
「真面目に聞いてくれ、冗談じゃないんだ」
駅前に新しく出来た本屋。バイト帰りに何となく行ってみたんだ。
あまり行かない道だからか。帰ろうと思ったら、いつの間にか変な裏路地に迷い込んでた。
ふと、視線を感じた。
あるいは気配というべきか。でも何故か同時にこうも思った。
見ちゃいけない、と。
「なのに──うっかり見ちまった」
そこに、いた。
細い道を抜けたその向こう。
俺と全く同じ顔。同じ姿。
こっちを、見ていた。
あわてて目をそらした。絶対にそれ以上見ちゃいけないと思った。
……そのあとのことはよく覚えていない。とにかくメチャクチャに走った。
気がついたら、いつもの駅前だった。
「鏡でも見たんだろ」
「だから冗談じゃないんだって」
「俺が冗談で言ってると思うか?」
知ってる。甲平の話は冗談ばかりだ。
でもこの顔でこう言った時だけは別だ。
あぁ、本気で言ってる。
「てかさ」
ようやく手を止めた。
「要するに、お前さんはどうしたいんだ?」
目が覚めた。バカげた話だ。
聞いてもらってどうなる話でもなかった。これは俺の問題だ。
俺はもう一度その場所へ行ってみることにした。
ぼんやりした記憶を頼りにウロウロする。と
気配が、した。
辺りを見回す。どこだ?
──いた。
道の向こう。俺と同じ姿。あいつだ。
俺は意を決して向かって行った。
「鏡だったよ」
最低のオチだった。
「道の先が空き店舗になっててさ。奥が鏡張りになってた」
鏡でも見たんだろ。
まさか本当に正解だとは。
「どうした?」
てっきり大笑いされるものと覚悟して電話したってのに。
返ってくるのは、無言。
「笑い話にもなりゃしないってか」
「あいや、お前さんのマヌケは知ってるが」
困惑したような甲平の声。
「この話って、昨日しただろ?」
「は?」
昨日はそこへ行ってた。甲平とは会っていない。
「バカ言え」
だったら甲平はいったい
誰と、この話を?
「俺が冗談で言ってると思うか?」
電話はぷつりと切れた。
玄関の呼び鈴が鳴る。こんな時間なのに。
行っちゃいけない気もした。開けたらダメな気もした。
でも俺は、玄関を開けてしまった。
そこにいたのは──