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悪くない一日

「助けて!」

就職活動中だろうか、リクルートスーツを着た見知らぬ若い女が、必至な形相でこちらに手を向けてくる。

まるで現実感が無い光景。

うつ伏せになり、馬乗りにされた女。それは分かる、ド級の非日常のシーンだが、未だあり得る話だ。

問題はその上、女の髪を掴み、汚い歯並びの口を近づけていっている生物が、

・・・見たこともない、2足歩行の緑色の肌の怪物であるという事だった。


いざという時に自分は行動が出来る人間だと思っていた。

シュミのマラソンのために普段から体は動かしているし、度胸もある方だと思い込んでいた。

だがいざとなると、行動するどころか、何も考えることすらできず、

呼吸すら満足にできず、ただ見ていることしかできなかった。


--------------------------------------


その日は悪くない一日だった。

隙を見てはランダムエンカウントする上司の飲み会イベントもなく、プロジェクトの合間で珍しく定時上りができた。

暫く投稿の途絶えていた小説が更新され、楽しみにしていた話の続きを見ることが出来た。

往年の名作ゲームのリメイク版が、無事に我が家へ到着していることも確認した。

ご近所のスーパーに向かって、近頃めっきり冷え込む様になってきた夜道を歩きながら、そんな事を考えていたと思う。

実際悪くない日だったのだ、少なくとも、その時までは。



『ポポーポ ポポポ、ポポーポ ポポポ、ポポポポーッポ♪』

スーパーに響く何ともご陽気な曲を聴きながら、店内を見て回る。

いつもより早い時間に来たため、家族連れなども多く、とても賑やかであった。

(時間もあるし、今日は料理でもしようか・・・)

適当な食材を買い物かごに入れていく。


肉コーナーに行くと、割引がされている肉があったのだが、若い女性が前に立っていた。

(彼女が取らなければ、買わせてもらおうかな。)

気まずくならない程度の距離を取り、近くのワイン特集コーナーで選んでいるかのような振りをした。


その時、・・・何の予兆もなく、ただ一つの前触れもなく、ソイツはそこに居た。

身長は小学生高学年ぐらいだろうか、腰布だけを着て、2足の足で直立する緑色の肌のソレは、

人にとても近く、同時に、致命的に人ではない何かだった。


『ポポーポ ポポポ♪』

あれ程多く客が居たはずなのに、その瞬間、確かに話し声が完全に無くなり、曲以外の一切の物音が聞こえなくなる。


次の瞬間、店のいたる所から、悲鳴が鳴り響く。

異常な状況に、頭が回らない、体が動かない。


「グギャギャ」

ゆっくりと近づいてきたソイツは、大きく口を開け鋭い歯を剥き出しにし、そのまま俺の目の前にいた女性に近づいて行った。

女性も必死に抵抗をしているが、ソイツは小柄な割に力が強いようで、全く引きはがせていない。

「助けて!」

必至な形相でこちらに手を向けて来ていた・・・。

--------------------------------------


まるで現実感の無い状況に、俺は動けないままであったが、・・・ようやく頭が回り始めた。


誓って言うが、俺は別に善人じゃない。

TVや映画である、所謂お涙頂戴物で感動したり、アメコミヒーロー映画だって大好きだ。

だが一方で、わざわざボランティア活動などで人助けをすることもないし、無償で何かをしようと思ったことすらない。

緊急時なら自分の命を最優先に行動して当たり前だと思うし、

それは決して悪いことではないと考えている。


(冗談じゃないぞ!)

逃げ道を探す。

女性の横をすり抜けて逃げようにも、人型のソイツは他にも何体もいる様で、見える範囲だけでも別の個体が立っていた。

安全なルートは無いのか、辺りを見回したとき、ふとワインの瓶が目に入る。


この時のことは自分でも説明がつかない。

訳が分からない内に、気づいたらやっていた。

だからそれは決して物語の主人公達のような意義のあるものではなく、

ちょっとした偶然によりたまたま起きたことに過ぎないのだ。

気が付いた時にもう、近くの棚に並んでいたワインの瓶をつかみ取り、

「離れろ!」

フルスイングで、俺はソイツの頭に瓶を叩きつけていた。


「ギィイイイ!!」

うつ伏せに倒れこんだソイツは頭をかばう様に手で囲む、その頭を腕ごと何度も瓶で殴りつける。

目に入ったソイツの爪は見るからに分厚く尖っていて、人間のそれとは違い、本来の爪としての機能を十分に果たす事は容易だろう。

倒したいから殴っているのか、反撃されるのが恐ろしくて殴っているのか、自分でも分からないままに、

腕を振り続けた。

やがて瓶に大きなヒビが出来たころ、再び頭にクリーンヒットし、ソイツが激しく痙攣して動かなくなった。


(ようやく死んだのか?)

荒い息を整えようと、ゼイゼイと呼吸を繰り替えし、辺りを見回す。

女性は・・・無事の様だ、見た限りでは怪我は無いように見える。


「助けていただいて、ありがとうございます。あの私は、・・・」

「今はそんな場合じゃない!逃げるぞ!」


しっかりとした女性なのだろう、丁寧にお礼をしようとしてくるが、

今この時に関しては、完全に不要だ。


「す、すいません。では出口へ行きましょう」


それには答えず、辺りをもう一度見回してみる。

殆どの客たちは、出口に向かって走っており、その他はただうずくまって動けない者や、怪物に襲われているなど様々だ。

だが・・・この次々と聞こえる悲鳴が、出口の方から聞こえてくる様なのは、気のせいだろうか。

どうするべきだろうか・・・


1.出口へ向かって逃げる

出来ればこうしたい所だが、先ほどから聞こえる悲鳴が気になる。

出口に怪物たちが待ち構えているのかもしれない。

他の客が襲われている隙を見て逃げられるかもしれないが、賭けの要素が非常に強い。


2.他の客たちと協力して怪物を倒す

俺の愛するヒーローたちならきっとこうするだろうし、望ましい選択だ。

だが俺はヒーローでもないし、客たちもそれは同じだ。

協力を呼び掛けるにも時間はかかるし、モタモタシテいたら他の客を殺し終わった怪物たちが、集まってくるだろう。

・・・却下するしかない。


3.最高の俺はベストなアイデアを思いつく

是非とも選びたいところだが、それが出来たら苦労しない!

まあ未来の俺に期待するのも手ではあるが、それは決断が出来ずまごついているのと何が違うのかという話だ。


時間はない、選ばなくてはならない。

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