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第9話

 久々にやってきた夜会で、コリンナは困惑していた。


(……何かしら、これは)


 夜会が始まってから既にけっこうな時間が経ったけれど、誰一人としてコリンナをダンスに誘う人がいない。それどころか、先ほどからろくに話しかけられないのだ。


 こんなこと今まであっただろうか? いや、ない。社交界の花と呼ばれたコリンナにとってこれは初めての体験だ。ダンスに誘われなかろうと、流行に敏感な令嬢たちとドレスや髪型やあれこれと話が尽きないものなのに。


(考えてみると、私から誰かに話しかけることってあんまりなかったかもしれないわね……)


 友人の姿があれば別だが、残念ながら今日の夜会には友人が見当たらない。コリンナが知り合い程度の人に積極的に声をかけることはなかった。そんなことしなくても、コリンナの周りにはたくさんの人が集まってきたのだ。


(お兄様は挨拶に行ってしまったし、こういうときけっこう暇なのね……)


 欠伸を噛み殺しながらコリンナは周囲をこっそりと観察した。というのも、周りからの視線が痛いのだ。


「ねぇ、お聞きになりました? シュタルク家のコリンナ様と、グレーデン侯爵が……」

「まさかあの変人侯爵と婚約するんだろうか?」

「いやいやまさか! おかしな薬でも侯爵に飲まされたんじゃないか?」


 大人しく壁の花になっていたコリンナの耳に届いたのはそんな声だった。

 察するに、コリンナとリヒャルトのお見合いについてあちこちの貴族の耳にも入ったのだろう。

 社交界の花と呼ばれるコリンナと、変わり者で有名なリヒャルト。二人は身分が釣り合っていてもそれ以外はあまりにちぐはぐで、面白がられているのだ。


 同じ年頃の令嬢にとっては強力なライバルの婚約が決まるのは喜ばしいことだろう。ましてその相手が自分たちは選ぶことのない変わり者の侯爵ともなれば。


(いくらあの人が変でもちょっとひどすぎるんじゃないの? 私は薬なんて盛られてないし、洗脳もされてないけど?)


 そもそも噂を口にする多くの人々はリヒャルト本人に会ったことなんてないだろうに。随分好き勝手に言えるものだ。

 ああやって噂話に踊らされている人たちのなかでどれほどの人間が、本当のコリンナを知っているというのか。……家族にだって見せない顔があるのに。


(まぁ、壁の花っていうのもたまには楽でいいわね)


 落ち着いて周囲を観察できるのは悪くない。誰がどう思っているのかがよくわかる。


 ――そう思っていたところだったのに。


「麗しのシュタルク嬢がこんなところで何をなさっているんです?」


 広げた扇の下で口元をひくつかせながらコリンナは声をかけてきた男を見る。


(……ギャンブル好きの伯爵家次男よね。以前すっぱりと『お断り』したはずなんだけど、なんでまた声をかけてくるのかしら)


 コリンナが一度きっぱりと断った男性はそのほとんどが二度と声をかけてこない。この男もその一人で、何度も同じ夜会に参加していたがこれまでは声をかけてこなかったはずだ。


「……やはり、どんなにうつくしくても性格に問題があるとろくでもない男しか見つからないんですか?」


 次男はコリンナに近寄ってきたかと思うと声を潜めてにやりと笑う。


(――はぁ?)


 コリンナはその言葉に眉を寄せる。

 今この男はなんと言った?

 性格に問題があると。そう言った? コリンナに対して?


 ……それだけではない、ろくでもない男というのはおそらく、リヒャルトのことを言っているつもりなんだろう。


「どうしてもとおっしゃるなら――」


 私がお相手してもいいですよ、とそんなことを言おうと口を開く男を前に、コリンナはパチンッと扇を閉じた。


「やはりろくでもない男は以前に私が言ったことをもうお忘れなのかしら? それならもう一度言って差し上げますわね」


 にっこりと、コリンナは笑みを作った。

 大輪の花のようにうつくしい完璧な笑顔で、最高の毒を含ませて告げる。


「あなたのお屋敷に鏡はないのかしら?」


 ――ろくでもない男はどっちよ。


 怒りで真っ赤になった顔を見るのは二度目だった。





 正直、怒っているのはコリンナも同じだった。腸が煮えくり返るとはまさにこのことだろう。

 夜会の翌日、コリンナはグレーデン侯爵家に向かっていた。


(絶っ対に!)


 グレーデン侯爵家に到着するとコリンナはずんずんと気合を入れて歩き始める。こんな姿は夜会ではとてもじゃないが見せられたものじゃないが、リヒャルト相手にはそういうことも考えなくなっていた。リヒャルト自身も何も言わないだろうが。


(絶対にああいう馬鹿を見返してやるわ! 侯爵をまともにしてあっと言わせてやるんだから!)


 コリンナにしてみればギャンブルに溺れてばかりの男のほうが『ろくでもない』と思う。しかしあの男にとってはリヒャルトは『ろくでもない』んだろう。社交界には顔も出さない、屋敷に引きこもって何をしているのかもわからないのは事実だとしても、あんな男にも馬鹿にされるのか!


(確かにろくでもないところもあるけど! 見た目とか見た目とか見た目とか! でも一応あれでも研究して国のためになることをしているわけでしょ!? ギャンブルばっかりで何もしていない人間より千倍マシよ!)


 リヒャルトの働きが、多くの人間に理解されていないことが問題なのである。……もちろんコリンナだってすべてを理解しているわけではないけれど。


 彼がもう少し社交的で、自分の研究を人にわかりやすく話しているような人だったら――あんな風に馬鹿にされたりなんてしないのだろう。理解している人間はきちんと彼を理解している。たとえばルドルフがそうなんだろう。だからコリンナを差し向けたのだ。


 とはいえ問題は、リヒャルトの社交性の無さにあるわけだが。



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