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第6話


「コリンナ、お見合いは順調かな?」


 数日おきにグレーデン侯爵家を訪ねるコリンナが今まさに家を出ようとしているところに声をかけてきたのは、今回の首謀者である兄だった。


「……あの人の頑固さに呆れているところです」


 じとりと兄を睨みつけながらコリンナは呟いた。

 リヒャルトの生活態度も見た目も、いっこうに改善されていない。着替えてきたらしいと思ったら今度は前回会った時のままの姿だったり、髪を梳かしてきたらしいと思えば髭はこれまで以上にぼさぼさだったり。どこかがマシになったと思ったら別のところが元に戻っている。


 コリンナが訪ねることで多少なりとも研究漬けの毎日に変化が起きているかもしれない、という程度。それでも使用人たちからはリヒャルトが少しでも休息をとってくださるようになったと感謝された。コリンナはリヒャルトの休息を知らせる係じゃないと言いたい。


「お兄様はあの人の素顔をご覧になったことがあります?」


 一体どれくらい前からあんな状態なんだろうとコリンナは兄に問いかけた。そもそもルドルフとリヒャルトはいつ頃知り合ったのかコリンナは知らない。


「はるか昔に。ご両親が存命の頃にね」

「なるほど、注意する人間がいれば少しは改善されるってことですね。……嫌がっていないで本気でご結婚なさるべきじゃないかしら?」


 今リヒャルトの周りにいるのは使用人だけだ。彼の状況を放置しない、対等な立場の人間がいれば自然と改善されるだろう。もちろんリヒャルトがその人物の言うことに耳を傾けるのなら、という前提条件が必要だけど。

 しかしコリンナの発言にルドルフは苦笑した。


「アレのところに嫁ぐ令嬢がいると思うかい?」

「……今のままでは厳しいですね。わかりました、目標はあの髭と髪をどうにかすることにします!」


 服装が多少だらしなくてもとりあえずあの顔もわからないような髭を剃るなり整えるなりすれば、今よりは格段にマシになるだろう。


「とんでもなく不細工かもしれないけど、それは気にしないのかい?」


 リヒャルトの顔を見たことはないんだろう? とルドルフは笑う。

 この兄に比べれば、どんな男でも見劣りするのは知っている。だからコリンナはもともと男性の顔の美醜はそれほど気にしていないのだ。自分に釣り合う条件にしているものの、ルドルフ以上の美形なんて今まで見たことがないから。


 それに。


「たとえ不細工でもあの人にはそれを補えるだけの頭脳がおありでしょう?」


 グレーデン侯爵家の研究は王家からも認められているし、支援もされている。そしてリヒャルト・グレーデンはその侯爵家でも天才だと言われるほど賢いのだとか。


「天は二物を与えず……と必ずしも言い切れるわけではありませんけど、人より秀でたものを持っているんですもの。十分では?」


 目の前にいる兄はまさに二物も三物も与えられたような人だが、それは極めて稀な例だ。

 けろりと言い切るコリンナに、ルドルフはくすりと笑う。


「コリンナはやっぱりちょっと変わってるよね」


 そんな大変心外な言葉にコリンナはむっと顔を顰めたが、出立の時間なので言い返そうとした言葉は飲み込んで馬車に乗り込んだ。





 グレーデン侯爵家は今日もその家の主以外は完璧だ。いささか頼りない使用人たちも仕事ぶりはしっかりしているし、屋敷には埃一つなく花瓶には花が活けられている。

 そんな綺麗に整えられた屋敷にはとても相応しくない男がコリンナの目の前にいた。


「――君って暇なの?」

「暇なわけないじゃないですか!」


 開口一番に言われた言葉にコリンナは即座に言い返した。


「だって三日とおかずにうちに来るから、よほど時間があるのかなって思うでしょ」

「あなたがうっかり死んでないか心配だからですよ!」


 この男、放っておくと寝食を忘れてしまうのだ。水分補給だってきちんとしているのか怪しい。


「……お互い、時間稼ぎのためにこんなことしてるわけですけど、あなたは本気でご結婚なさったほうがいいんじゃなくて? 一緒に暮らす人がいれば少なくとも私も命の心配なんてしませんよ」


 早く結婚しろという周囲の声が煩わしくなるのもわかるので、コリンナもリヒャルトを刺激しないようにやんわりと告げる。


「君みたいに根性がある人はいないんじゃない? 最初の何回か注意して、すぐに諦めて別居して仮面夫婦になるのがわかりきってるよ」


(そうね……その展開のほうがありえそう……)


 よほどの世話焼きかよほどの善人でない限り、愛がなければすぐにリヒャルトを見放すだろう。

 そしてリヒャルトにも、改善しようという意思はないらしい。


「君こそ僕にかまっている場合じゃないんじゃないかい?」


 呆れを含んだリヒャルトのセリフに、コリンナは心の中では「ふん」と鼻を鳴らした。もちろん実際にはそんなことしていない。一応これでも淑女なので。


「お生憎様ですけど、私は見つけようと思えばすぐにでも相手は見つかります」


(問題だらけのあなたと違ってね!)


 コリンナはこれまで問題があって婚約を断られてきたわけじゃない。求婚の打診は数え切れないほどあったし、数は減ったとはいえ今もまだコリンナを妻にと望む男はいる。


「そういえばなんで君はさっさと婚約しないの?」


(もう少しマシな言い方はないの?)


 さっさと婚約すべきとも聞こえる言葉にコリンナは一瞬だけ眉を寄せた。

 コリンナは背筋を伸ばし、胸を張ってリヒャルトを見た。


「私は『高嶺の花』になると決めたんです」


 そう告げる姿が、まさに一輪の花であるように見える。大輪の花だ。


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