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第5話

 それにしても、とコリンナはため息を吐く。


「美的感覚が正常なのにどうしてご自身はそんなにだらしない格好をしているのかしら」


 コリンナは信じられないという顔でリヒャルトを見る。まぁ慣れれば見ていられないわけではないのだが――いややっぱりちょっと慣れない。コリンナの身の回りにいる男性は常に紳士たれと教育されてきたような人たちである。兄のルドルフのだらしのない姿すら見たことがないのだ。


「うつくしいものをうつくしいと感じることと、自分の身なりをどうするかは別問題だ。……君こそ、随分自分の容姿に自信があるんだね?」


 リヒャルトの美的感覚が正常だと言ったのは、つまりコリンナをうつくしいと思うことは正しいと自分で言ったようなものだ。

 コリンナは謙遜なんてしない。自分の容姿はうつくしいと素直に思っている。


「ええ、それはもちろん。私にはこれくらいしかありませんので」


 にっこりと微笑むコリンナに、リヒャルトは怪訝な面持ちになる。


「これくらい?」


 自信満々に微笑むくせに、リヒャルトにはコリンナが言っていることはどこか自分を卑下しているようにも聞こえた。視覚的な情報と聴覚的な情報がまったく一致していない。

 けれどコリンナとしては何ひとつおかしなことは言っていないつもりだった。


「私には秀でた頭脳もございませんし、人より優れた体力があるわけでもありません。淑女の嗜みとして音楽や刺繍はそれなりにできますけど、それなりです。私が他の方より優れていると胸を張れるのはこの容姿くらいだと比較的幼い時には気づいておりましたので、常にそれを磨き続けてきたんです。うつくしいのは当然でしょう?」


 なんせコリンナは公爵家の娘だ。その財力をもってよりうつくしくなろうと努力してきたのだから、容姿に自信があるのは当然だ。そうでなければ、これまでのコリンナの努力を否定することになる。これまでコリンナを磨き上げようと手をかしてくれたシュタルク公爵家の使用人のことも。


 だからコリンナは胸を張る。私は綺麗でしょう? と。


「……ああ、なるほど。ルドルフは頭も顔もいいからね」


 しばし考え込んだあとで、リヒャルトはそう呟いた。

 ルドルフは。

 その言葉だけで、リヒャルトが何を言いたいのかわかる。


「別にお兄様と比べられて捻くれたわけじゃありませんよ」

「本当に?」

「嘘をついてどうするんです。兄妹ですからもちろん比べられることはありましたけど、どれも事実ですから捻くれようがありません」


 兄のルドルフの見た目はコリンナとよく似ている。コリンナが男性になったのならああなるだろう、という容姿だ。その上、幼い頃から次期公爵として厳しく育てられてきたが、どんな教師も手放しで褒めるほど優秀な人でもあった。その優秀さは、妹のエミーリアも持っている。

 コリンナが褒められることと言ったらこの見た目だけ。それは幼い頃にすぐに気づいた。


「長所を伸ばしていくのは当たり前のことじゃありません?」


 結果、コリンナのうつくしい容姿は唯一無二の武器になった。ダンスを断るために「鏡を見て出直してきてくださる?」なんてことを言っても、まぁあれだけうつくしい人ならばと苦笑いで済まされるくらいには。


「……君って本当にルドルフの妹なんだなぁ」

「なんです改まって」


 しみじみと呟くリヒャルトに、コリンナは眉を寄せた。そんなことを言われるような言動も行動もした覚えがない。


「方向は妙に逸れてるけど、努力家なのはそっくりだなと思っただけ」


(……努力家?)


 私が? とコリンナは首を傾げた。


 努力家というのは、リヒャルトの言うとおり兄などのことを言うのではないか。あるいは、可愛い可愛い天使のようなエミーリアとか。

 そりゃあもちろん、この容姿を保つためにいろんなことをしている。よりうつくしくように手入れは欠かさない。けれど実際には、髪の手入れにしても肌の手入れにしても使用人たちがやってくれることのほうが多い。


 コリンナはただ座っているだけだ。それをコリンナの努力と呼べるだろうか? ……とてもそうは思えない。

 努力というものは、時間を削り、体力を削り、身を削り、それこそ血が滲むような積み重ねだと思う。





 リヒャルト・グレーデンとのお見合いは表面上は穏便に進んでいた。コリンナが何度も会う男性というのはかなり珍しい。

 相手があのグレーデン侯爵という点に父は顔を顰めていたものの、特に何も言ってこなかった。口を出してコリンナがへそを曲げては困るとでも思ったんだろう。


 鏡に映るのはうつくしい女性だ。少女とはなかなか呼びにくい年齢になってきた、と思う。コリンナも、もう十八歳になる。


 白銀の髪は繊細な光を集めて細い糸にしたかのようにきらきらと輝いているし、翠色の瞳はどんな宝石よりも透明感があってうつくしい。生まれ持ったその色はどうやら多くの人が綺麗だと思う色らしく、それだけでも聞き飽きるほど褒め言葉を浴びせられてきた。

 肌にはしみひとつなく、爪はいつも花びらのように整えられ、桃色の唇はふっくりと艶やかに。そしてにっこりと微笑めば社交界の花である『コリンナ・シュタルク』の出来上がりだ。


 コリンナは『コリンナ・シュタルク』という芸術品に手を加え続けているだけだ。しかしそれは永遠に完成することはない。それでもコリンナはやめることはできなかった。


 やめたら最後、コリンナには何も残らないから。



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