緋
『緋』
《始》
うちの庭では、とある一本の花だけが一年中咲いていた。父は時時それを見て、『この花はお前の母さんの生まれ変わりなのさ。だからずっと咲いていてお前を見守っているんだ』と口にしていた。母は私が二歳の時に病気で死んだらしく、顔も知らない。だけれど毎年「母の日」には、この花の前にカーネーションを捧げる。(花に花を捧げるのはどこかおかしな感じなのだけれども。)そうして、父と二人で母を憩い、親子という特別な関係を噛み締めるのである。
《一》
未だ幼かった頃のある春の日。私は父とドライブに出かけた。父の車は真っ赤な色をしていて、格好が良く、いつか同じ車を乗りこなしてみたいと思う程、私も大好きだった。
『みてみてっ、おとーしゃん。おなじくるまだよ』
ドライブに行っても、景色はそっちのけで同じ赤い車ばかり探していたらしい。そしてその日は帰り道の途中で寄った土産店で、車のキーホルダーを買ってもらった。もちろん真っ赤に輝く一品を。それを私は手に跡がつくくらいにぎゅっと握りしめていたのを覚えている。
その日、父はずっと笑顔だった。
《二》
小学生の頃のある夏の暑い日。私は父と海辺でスイカ割りをした。今となっては、二人でするあそびではないような気もするが、私は懸命だった。
ああ、そうだ。無我夢中だったのは、『割る』事ではなく『食す』ことだった。
手を果汁でベタベタにするほど貪った。
そしてその日も赤い車に乗って帰ったのだった。
いや、違う。そのはずだったのだ。
だけれど私は違う赤い車に乗ってしまった。幸い、運転手が善人で助かったのだけれど。
『みてみて、おとうさん。手がべたべたぁ』
その声に反応したのが父でなかったあの苦い思い出をこの先も忘れることは出来ないだろう。
その日、必死で私を探す父の姿を見て、私は愛されていると心から感じた。
《三》
中学生になって迎えたある秋の日。紅葉が色鮮やかになった頃にはもう、周りの同級生は皆、『反抗期』の真っ只中だった。しかし、私はそうはならなかった。むしろ、父の方が私と距離を置きたいという感じであった。
『見てよ、お父さん。百点取ったの。はなまる付きよ!』
反応は薄いままだった。それに加えて、夜遅くに家に帰ってくる日が多くなった。
シャツに口紅がついていないか、ちょっと気になってしまった。
赤いペンで『素晴らしい』と書かれた用無しの紙を両手でクシャクシャにしてやった。
この日から、父に対して寂しさと独占欲を感じるようになった。
《シ》
高校三年生の冬。私は早々に推薦合格を決めた。それに、アルバイトでの給料と親戚からのお年玉、父からもらった合格祝いの全てを使って運転免許も取得した。だから受験勉強に励む友人をよそに、暇を持て余していた。
高校生になっても父は相変わらず家に帰るのが遅かった。そしてそれは母の日という特別な日でさえ当てはまるようになった。
そうなってしまったからこそ、父を喜ばせて、もう一度『親子』という関係を見直したいと私は考えていた。
ああ、そうか。もうすぐクリスマスか。
サンタの置物を見て思いつく。
ああ。ケーキを作ろう。苺がいっぱいの。
寒くて手が霜焼けになっていた。
そして迎えたクリスマス当日。私は手づくりのショートケーキを作った。
父も今日は家にいてくれているみたいだ。
ああ、今日は一緒にいられる。
『見て。私今日お父さんのためにケーキを作ったんだよ!!!』
父の返事は無かった。
「ああ、そうか」
私の手は今日も『赤』くなっていた。
その日の父の様子とユラユラと揺れる蝋燭の火は対照的であった。
《終》
深呼吸をして、真っ赤な手で車の鍵を持つ。
『庭に、もう一輪、彼岸花を植えなきゃね。変な女に見つかる前に』
朝日を眩しいと感じながらも憧れの車のエンジンを思い切り踏んだ。
アカるい未来に向かって。
人生で初めて小説を書きました。
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