4
億劫だ。
僕は二人だけしか居ない電車の中でそう思う。勿論、駅員さんは省いて計算している。とどのつまり僕と親友の花森谷地だけが乗員となっている。
「しかしまあ、鈴木さんは何を思ってお前に弁当を渡したのか……やっぱ、分からんなー」
僕はその一言を聞いた。だが、僕にも真実は分からない。
「何でだろ……」
「何でだろうな」
その会話が終わった時、いつもの急ブレーキがあった。そう、一つの駅に着いたのである。谷地と恋波幸太郎(僕)が降りる駅はあと五つ先。
いつもなら何ら変哲のない駅。だが……そこに居たのだ。カラオケ帰りの一人の女が。
「なっ!」
思いがけないタイミングで谷地が声を上げた。
「ど、どうしたの?谷地……」
「いや、まさかな……」
僕の声が聞こえない程に谷地の意識は窓の外にあった。
そして、扉は開く。
「ご乗車くださーい」
入ってきたのは老若男女の沢山の人々だった。沢山と言っても精々五、六人。だが田舎ではこれでも驚きなのだ。
その時入ってきた一人の少女。高校生くらいだろうか?その少女は他校の制服を着ていた。
「よーす!」
その少女はこちらな声を掛けてきた。詳しく言うと、こちらに居る谷地に声を掛けた。
「よお……驚いた」
「えへへ、そうなんだー」
その少女の声から嬉しさが嫌と言うほど伝わってくる。
この子は多分……
「谷地、彼女さん?」
十中八九そうである。……多分。
「……そう!紹介する、彼女の——」
「吉良星未来でーす!」
めんどくさそうに語る谷地を退けて、まさかの彼女さんが乗り出してきた。
「んで、あんたは?」
「ああ、僕は恋歌幸太郎と言います。よろしく」
「ん!よろー!」
そして会話は終了した。
僕が黙ってた事もあって谷地は未来さんと喋り出した。
しかし、こうして見ると本当に恋人同士なんだなーと思う。
羨ましい……。
「ん?どうかしたか?」
僕がまじまじと見つめていた事が気づかれたのか、谷地は僕に喋り掛けた。
「いやー本当に恋人同士なんだなって」
「……恋人」
不思議と二人が赤面になった。
「別に見せびらかしている訳じゃないぞ!見るなぁ!」
と谷地が言う。
「えへへ、そんなにベストカップルに見えるぅ?」
と未来さんが言う。
流石、付き合って一年を超えた恋人同士とは思えない程の熱々カップル。
少し引く……親友の見てはいけない面を見た気がする……
「ああ、そうだ!聞いてくれよ未来!」
「どかした?」
「それがさ、俺の親友が初めて恋したらしくて……
その後、僕の恋事情を暴露しまくった谷地。
「というわけだ。未来はどう思う?」
「付き合っちゃえば、弁当渡すなんてそーと好きだよ。もし好きでも無いのに弁当そのまま渡すやつなら、気狂いとしか思えん」
その言葉を聞き、僕は激怒した。
「ッ!いくら親友の彼女でも……鈴木さんの悪口は許さない!」
「はいはい。そう思うなら好きだと思いなよ。怒るって事は、少しでも鈴木さんはキチガイだと思ってる証拠だよ」
「ッ!」
確かに……彼女の言う通りな気もする。だが、なんか違う気もする……複雑な気分だ。何とも形容しがたい。
「ほならね理論になるけど、怒る気持ちを彼女への愛に向けたら?キチガイじゃないとしたら好きな事になるし!ポジティブに考えようよ!ポジティーブ!」
「……はい」
気落とされた。凄まじい圧力だ。
「あっ!私ここの駅で降りるの!」
……いつの間にか二駅を超えていた。
「じゃーな、未来」
「ばいちぃー!」
「未来さん!」
「どかしたー?」
「ありがとう」
僕の勘違いかも知れないが、未来さんは笑った。それは侮辱する笑いではなく、頑張れと応援する笑顔だった。
「二人ともバイバイ!」
そしてまた、僕は億劫な気分になる。
会話が無いまま目的地に着いた。
「降りるか」
「うん」
そして、電車を降りた。
「よし!——俺の家コッチだから、じゃあな!」
「ああ」
そして、別れる。その時、谷地は声を上げてこう言った。
「チー牛!じゃねーな、幸太郎!電車での俺との会話は全部忘れろぉー!じゃあ、明日期待してるぞぉー!明日ここに七時集合だぁー!」
内心嬉しかった。その言葉を聞けて。
「了解ー!」
その声を谷地が聞いたかは分からない。だけど、僕の気持ちは決まった。
未来さんと谷地が背中を押してくれたのだ。
「……さて、帰って弁当洗うか」
話のきっかけを作るために。
くどいかも知れないがもう一度言う。
「僕は……鈴木さんが好きだ——どうしようも無く好きだぁぁぁぁあ!!はあ……はあ……」
(決意は決まった)
明日……明日絶対に話しかける!
絶対に!
「よし!」
僕は収まりきれない気持ちを押さえつけ家に帰った。
……これは、奥手な人間が好きな子に話しかけるだけのお話しである。