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今日は格段と鈴木さんが魅力的に見える。
リンスでも変えたのだろうか、鈴木さんの髪はいつもよりサラサラしていた。
って!?
(僕は何を考えているんだ!)
こんなの変態みたいじゃないか!
僕は一番後ろの窓際の席に突っ伏し悶えていた。
「うぅ」
しかし……鈴木さんの髪はあの時から綺麗だったな……1学期のあの日から……
1学期の頃。
「なあチー牛ぅ。次移動教室だせ、早く行こうぜ」
「はー。あのなー、チー牛って言葉を知っているのはチー牛だけなんだぞ」
「そうかそうか。つまり俺に喧嘩を売っていると——いくらだ?すぐさま買ってやるよ」
僕に拳を突き出している男は僕の旧友の花森谷地。この男は自分がオタクである事を頑なに否定する変人だ。しかも羨ましい事に恋人持ちだ。
羨ましいし恨めしいが、谷地は事恋愛に至っては最強の助っ人である。しかし僕は鈴木さんの事を谷地に話そうとは思わない。というか話せない、高校一年生になり初めて恋をしたのだ。つまり、鈴木澪さんは僕の初恋の相手というわけだ。そんなチキンな僕が他人に恋愛相談などできるとでも?いいや出来ない。恥ずかしいのだ。
だから僕は谷地に相談できないし、喧嘩も売れない。
「辞めとくよ。谷地に喧嘩を売るとクレームを入れられそうだ」
「……だな!」
「絶対分かってないな……」
「まあいいだろ!行こうぜ、遅刻しちまう!」
「だね!」
僕と谷地は急いで階段を降りる。ホーム教室は四階にあり目的の教室は一階にあるのだ。しかも残り時間は僅か一分。急ぐのも無理はないだろう。
「早くーチー牛早くー!」
谷地が呼んでいる……しかしここで問題が起きた。
「何やってんだ?」
「実は……尿意がやばい」
「マジか……初遅刻オメ!じゃあなチー牛!」
マジか……友達を容赦なく見捨てやがった。
(仕方ない。遅刻しよう)
この歳になってお漏らしは恥ずいからな。
そして僕はトイレへ向かった。
「ふー」
(スッキリスッキリ!)
「スッキリィィィィィ」
奇声をあげてみる。
この時間帯にここを通る人は居ない。二階には教室が無いし……もうチャイム鳴ったし……。
まあ!気を取り直して今すぐ行こう。五分だけなら先生だって許してくれるだろうし。
僕はトイレを出た。
その時見たのだ、授業中にも関わらず……廊下を彷徨いている鈴木さんを……
(どういう事だ?)
ダメだ……動揺するな。
僕は深呼吸をして気分を落ち着かせる。そして辿り着いた結論。それは……
「僕が生み出した幻影か……」
最近アニメでこんな設定を見た。
とまあこんな冗談は置いておいて……
「鈴木さぁん」
声が裏返ってしまった……スッキリのせいだな。
我ながら気持ち悪いのである。
「あっ!恋波くん!」
ッ!?滅多に喋らない鈴木さんが僕の名前を!?
「……えっと。鈴木さん、こんな所で何してるの?」
変に意識してしまう。
「えっえ……と移動教室の場所忘れちゃって」
鈴木さんは普段一人で居る。それ故に周りには真面目な印象を与えている。
それなのに……それなのに……ギャップが凄くて可愛い!
「あっあーそうなんだ。僕で良ければ案内するよ……」
「本当!嬉しい……あっありがとう」
鈴木さんは顔を赤らめてそう言った。男子と話す事自体苦手なのだろう。
「じゃじゃあ行こうか」
「うっうん!」
やべぇー変に意識してしまう。
鈴木さん綺麗だな……髪の毛とか特に……
「……チー」
あの頃の思い出は良かったなー。
「……チー牛」
驚く事なかれ!僕はあの日から二学期の後半まで一度たりとも鈴木さんと話していない。
「おい!幸太郎!」
「はっ!」
「やっと起きたか」
幸太郎……とは僕の名前だ。
「昼休み……あと五分で終わるぞ」
「……お弁当——食べてないのですが!」
その時、グーと腹が鳴ってしまった。
幸い教室には鈴木さんと僕と谷地とクラスメイトの二人しか居なかった。
だが!だがぁ!
「鈴木さんに聞かれた……」
「んえ?鈴木?」
「……」
(しまったぁ!)
「鈴木って——」
コトコトと上履きが床と擦れ合う音がする。
「恋波くん!あのっ……お弁当忘れたの?」
そこに居たのは鈴木さんだった。
「……っえ!?えっあの……その……」
喋れねぇー!というか何故ここに鈴木さんが?
やばいやばいやばい!心臓が爆破しそうなくらい動いているぅー!!
「あの……恋愛くん……」
「え!?あの……そう忘れたの!」
俺は今……鈴木さんと話したの……か?
「じゃあ、これあげる!この前の……お礼」
鈴木さんは耳元でそう言った。
「あっありっあり……ありがとう」
「うっうん!じゃあね!」
話せた……鈴木さんとお喋りした……
「はは……はは……」
僕は鈴木さんが置いていったお弁当から卵焼きを取った。
「美味しい」
僕は自然と泣いていた。それ故に気づかなかったのだ……
隣の男が唖然としている事に。
「鈴木さんが喋った……しかも、コイツと……」
その後、谷地はガッツポーズを浮かべてこう言った。
「それは草」
コイツは間違い無くチー牛である。