予告風味 地球連邦軍様、異世界へようこそ
米中冷戦の激化により、滅びの瀬戸際を迎えた人類。
そんな人類を救ったのは、異星由来の文明管理機械。
通称”ナンバーズ”だった。
彼らの後押しにより、人類が地球連邦という形で一つにまとまり、星の海へ進出して約一世紀。
人類はナンバーズから与えられた技術により、繁栄を謳歌していた。
しかし、エネルギー元であるダイソン球の安全確保の必要が生じ、人類はダイソン球にワープゲート越しに隣接する無数の有人惑星群、通称”異世界”を制圧する必要に駆られた。
このために創設されたのが、地球連邦軍異世界派遣軍。
構成員の殆どをアンドロイド達に頼った、特異な軍隊である。
この物語は、一人の男の不幸から始まる。
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二十一世紀の初め。
ネット小説では定番の出来事だが、俺はトラックに轢かれた。
会社からの帰りだった。
そんなクソみたいな出来事の後、目を覚ましたらこの時代、2165年にいた。
なんでも、ナンバーズとかいう宇宙人によって全ての国が統一され、地球連邦が創設されているのだという。
おまけに、アンドロイドによってほぼ全ての労働は代替され、ベーシックインカムにより衣食住全てが保障。
さらに希望者全てに、成人と同時にパートナーとしてアンドロイドが一体支給される。
それも希望する性別、見た目、性格の特別製をだ。
そのため、全ての地球人類は働く必要も無く、好みの伴侶を得て、のんびりと遊ぶだけの人生を送れる。
まさに俺が目覚めた現代は、天国だった。
この俺、一木弘和を除いては。
俺が目覚めた時、すでの俺の肉体は存在しなかった。
植物状態の人間は、脳みそだけ冷凍するという過去に施行された法律のためだった。
もっとも、同様の処置を受けた人間の大半は、俺と違って培養された肉体や機械の身体を得て蘇生され、早々に人生に復帰していた。
ところが、俺は運が悪かった。
肉体の培養に必要なデータが手違いにより存在しない上に、脳と既製品の義体の相性が悪く、身体が見つかるまで百四十年も眠っていたのだ。
おまけに……。
これが一番厄介な問題だったのだが。
よりによってようやく適合した体が、軍の55式強化機兵というAI制御のロボ兵器。
要は、有名なロボットアニメの機動兵器を身長二メートルにしたような代物だったのだ。
人間離れしたこの体に馴染むためのリハビリに苦しんだ上、法による保証額を遥かに超えた、高額なこの義体の代金を支払う必要に駆られた俺は、労働する必要の無い現代で働く必要に駆られた。
求人がほぼ存在しない、この時代でだ。
それでも、俺は。
あの娘と一緒にいるために。
働かなければならなかった。
だから。
異世界派遣軍に入った。
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異世界派遣軍第049機動艦隊。
およそ百五十隻の航宙艦と、地上降下部隊である第四四歩兵師団からなる部隊。
その旗艦”シャフリヤール”の、艦 隊指揮 所。
広大なスペースに、多数のオペレーターアンドロイドが並び、巨大なメインモニターに多数の情報が表示される艦隊の心臓部。
その部屋の、そして艦隊の主であるアブドゥラ・ビン・サーレハ司令の前には、今一体のロボットと、五人のアンドロイドが並んでいた。
「今回の作戦においては、特別に地上派遣部隊司令部を結成し、任務にあたる。構成員は以下の通りだ」
精悍な顔つきのサーレハ司令が、司令部の人事を告げる。
「派遣部隊司令、一木弘和代将」
強化機兵の体を持つ、過去から来た男。
「司令付き副官、マナ大尉」
サイボーグの伴侶である、アンドロイドの少女。
「副司令兼情報参謀、殺大佐」
そして、
「外務参謀、ミラー大佐」
過去から来た、
「作戦参謀、ジーク大佐」
男を、
「文化参謀、シャルル大佐」
支える、
「尚、地上派遣部隊主力は、一木代将が師団長を務める、第四四師団に支援隊を付けた増強師団とする」
個性的な、アンドロイドの少女達。
「さて……君たちの降下先は、ダイソン球のあるエデン星系から、現在最も遠い惑星ワーヒド。その唯一の陸地に存在する国家……」
そう言って、サーレハ司令がメインスクリーンに表示された地図を示した。
青い、海ばかりの星にある、たった一つの大陸。
「ルーリアト帝国。君達には、この帝国を連邦の傘下へと収めて貰いたい」
こうして、男は赴く。
ある少女が待つ、惑星へと。
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帝都、とだけ称される、名前無き街。
ルーリアト帝国の首都であるこの街の中心部には、巨大な建築物がそびえていた。
皇帝が住まい、この大陸を統べる国家の中枢。
偉大なる帝城。
その中の塔の一つ。その屋根の上で、二人の少女が星空を見ていた。
「ミルシャ、見えるか? 今夜は円月だ。月が欠けることなく、帝国を照らす女神ハイタの加護が最も厚い夜だ」
活発そうな少女だった。
温暖なルーリアト帝国らしい、短い股引に、腹を露出させた薄手の服装。
そして、皇族の証である黒い外套。
帝国第三皇女たる、グーシュリャリャポスティだ。
そして、彼女と一緒にしっかりと手を繋ぎ、寄り添って寝そべっているもう一人の少女。
片目を黒髪で隠した、物静かな印象を受ける少女だ。
グーシュと違い、長袖長股引を着込み、胸だけを覆う皮鎧を着込んだ典型的なルーリアトの女騎士。
「知っているに決まってるじゃないですか……。殿下が僕をここに誘うの、何回目だと思ってるんですか?」
第三皇女のお付き騎士、ミルシャだ。
文句を言っていても、その口調は柔らかく、指を絡めて繋がれたその手には、深い愛情が感じられた。
共に少女同士だが、皇族とお付き騎士との恋愛は、嗜みだとされる風潮がルーリアトにはあった。
二人は、ご多分に漏れずそういった関係だ。
「ふふ。ハイタが見ている下で、お前に愛を囁くのに、回数が問題になるのか? わらわは、何回言っても飽きないがな」
「そんなこと言って……星空を見に来たときは、僕の事なんかより、星空自体の方が気になるんでしょう?」
少し怒ったような、少し笑ったような口調でグーシュを咎めるミルシャに、グーシュはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「ばれたか。確かに、お前も好きだがわらわは、星が好きだ。この夜空に広がる、無数の星たち。あの星辰の世界に広がる、星々は多くの道を内包している。わらわは、それを考えるのが好きだ」
うっとりと星への思いを語るグーシュを、ミルシャが愛おしそうに見ていた。
グーシュは、無限に広がる星空を見ていた。
そんな時、煌々と煌めく丸い月の縁が、薄く輝いた。
「なんだ?」
「どうしました、殿下?」
「今、月が輝いた……まるで月の裏側で何かが光ったようだ!」
勢いよく上半身を起こすと、興奮した様子でグーシュは月を指さした。
「聞いた事の無い星辰現象だ。なんだろう、気になるな! いっそのこと、この前呼んだ説話の様に星辰からの来訪者であれば面白いのにな!」
ウキウキと心躍らせるグーシュは、ミルシャと繋いでいた手を離すと、屋根に置いていた一冊の本を手に取った。
その本の表紙には、「対決! 騎士団対星辰より来たりし侵略者」と書いてあった。
「あーあ……また殿下の悪い癖が……」
すねるミルシャを気にも留めず、グーシュは説話と星空に夢を見る。
彼女は未知を知る事を求めた。
彼女は彼方から来る未知を求めていた。
そして、それは。
もうすぐ叶う。
輝いた月の背後には、空間湾曲ゲートを開き、この星系にやってきた航宙艦の群れがいるのだから。
この物語は、一人の不幸な男が。
一人の未知を求める少女に出会う事で、始まる物語である。
いずれ、少女は男に告げるだろう。
「地球連邦軍様、異世界へようこそ」と。