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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
引きこもり魔女、森を出る
9/98

魔女試験その3

 部屋の中には人数分の椅子が並んでおり、その向かいにルカと、彼の部下らしき人物が二人座っていた。どうやルカ以外の二人は書記を務めるらしく、ミシェル達ではなく、机上の紙を見つめながら、真剣な面持ちで筆ペンを握っていた。



「座れ」



 ルカの言葉に、皆が一斉に腰を下ろす。筆記試験の時よりも、空気がピンと張り詰めているようにミシェルには感じられた。



(それにしても、本当に綺麗な男性です)



 至近距離で見るルカは、本の挿絵のように美しかった。まるで神話やおとぎ話から抜け出てきたかのように現実味がなく、完全な存在。緊張感とは別の高揚感がミシェルを襲った。

 他の魔女たちも皆、ウットリとした表情でルカを見つめている。褐色の肌に黒髪が特徴の魔女だけが唯一、キリリとした表情で前を見据えていた。



「まずは全員に質問する。名前と出身地、それから得意な魔法を教えてほしい」



 ルカが端的に質問事項を告げる。トップバッターに指名された魔女は、声を震わせながら質問に答えた。その次の魔女も、初めの魔女を準えるように答える。



(次はあの魔女さんの番……)



 三番手は褐色の肌の魔女だった。



「ディーナ・マーティンです。出身は南方のデトラーニュ地方ですが、現在は王都に住んでいます。得意なことは魔法薬作りです」



 ディーナという魔女は、まるで予め用意していたかのように、スラスラと質問に答えていく。絶対的な自信があるのだろう。瞳がキラキラと輝いているようにミシェルには見えた。



(すごいなぁ……私もあんな風になれる日が来るのでしょうか)



 羨望の眼差しをディーナに向けながら、ミシェルは小さく息を呑む。



「次――――金髪の娘、お前が最後だ」


「へっ⁉ 」



 ルカの視線がミシェルに突き刺さる。いつの間にやらディーナの次の魔女も答え終えていたらしい。ミシェルは慌てて居住まいを正した。



「すっ、すみません! ミシェル・ウィリアムズと申します。出身地は西方のシェンナー地方で、得意な魔法は……えっと、火や光を扱うのが得意かと」



 しどろもどろになりながら、ミシェルは答えた。



(早速クリスとの練習が役立ちました)



 行きの馬車の中、出身地ぐらいは言えねばならないと予習をしていたのが功を奏した。あれがなかったら、ミシェルは自身の出身地すら答えられなかった。他の魔女に比べると拙い自己紹介だが、ミシェルはほっと胸を撫でおろした。



「では次に、王室専属魔女に必要なものは何だと思う? 」



 ルカは冷めた表情のまま再び質問した。魔女たちの顔に動揺が見える。十年以上の間空席だった役職なのだから無理もない。それが担う役割も、求められているものも未知数だろう。



「ミシェル、次はおまえから答えろ」


「はっ、はい」



 ミシェルはビクリと身体を震わせながらも、真っすぐに前を見据えた。



「私は正直王都に来るまで、自分がどんな仕事の試験を受けるかすら分かっていなかったのですが」



 言い訳がましさを感じながらも、ミシェルは自分なりに言葉を紡いでいく。ルカはそんなミシェルを見ながら、値踏みするように目を細めた。



「国のために働くのですから、知識や魔法の技術、それから、それらを学び続ける姿勢が必要なのだと思います。あとは、王族の方々の意向に沿うこと、国の利益に繋がる働きをすること……でしょうか」



 そこまで言い終えると、ミシェルは恐る恐るルカの顔を見つめる。どうやら及第点だったらしく、彼の表情がいくらか和らいでいた。ふぅ、と安堵のため息を吐くと同時に、次の魔女が回答を始めた。



(何とか答えられました)



 膝の上のトネールを抱き締めながら、ミシェルは笑った。結果がどうであれ、自分の言葉で何かを答えること、その経験は今後に大きく役立つ。そう思えた。



「私は何よりも自分の考えを持つことが重要だと考えます」



 そんなことを考えていると、先ほどのディーナの番になったらしい。一切淀みのない、凛とした声が会場に響いた。



「現国王の治政は素晴らしいと思います。けれど、女性の政治への参入や、地方の財政格差、外交など、もっともっと改善できることがあるはずです。それを反映していくことこそ重要だと思います」



 ルカはピクリと眉を上げて反応した。好意的に捉えているのか、寧ろその逆か。ミシェルには判断が付かない。



(私とは全然違う回答です)



 ミシェルはひっそりと息を呑んだ。

 それからまた一つ、また一つとルカが質問を重ねていく。

 どうやらルカはディーナに興味を持ったらしい。明らかに他の参加者に対する目つきとは異なっていた。

 それからルカは、ミシェルにも多少興味を持ってくれているらしい。質問に答えるたび、詳細を問われるようになった。



「ミシェル、おまえは極端に社会の問題が解けていなかったが」



 いくらか質問が重ねられた後、ルカがミシェルを指して言う。



(筆記試験の内容まで頭に入ってるんですね……! )



 ミシェルは思わず頬を紅く染めながら、小さく俯いた。

 筆記試験から面接まではほとんど時間が無かった。ルカの手元には何の資料も置かれていないことを考えると、大層物覚えが良いのだろう。



(恥ずかしいです……)



 とはいえそれは、紛れもない事実だ。ミシェルはそっとルカの顔を見上げた。



「何か理由があるのか」


(理由……)



 ルカが問いかけると、ミシェルは徐に口を開いた。



「実は私はつい先日まで、祖母と二人きり……森の中で暮らしていました。社会のことを学んではいけないと、新聞を読むことも許されませんでしたし、人と接する機会も殆ど無かったので……」



 あれこれ考えたが、他に答えようが見つからなかった。ミシェルの言葉に思う所があったのだろうか、ルカは少し考え込むような仕草をした。



「……あの! こちらからも質問を宜しいでしょうか! 」



 そう声を上げたのは、ディーナだった。ルカは少し目を見開いたが、やがてゆっくりと頬杖をつく。



「許そう。何を問う? 」



 どこか挑戦的なルカの表情は魅惑的で、周りの魔女たちが一斉に頬を染める。ディーナは緊張した面持ちで唾を呑み込みながら、再び口を開いた。



「どうして……どうして本来ならば最も重要視されそうな実技試験を最後に回したのですか? 」



 ディーナの問いに、ルカは声を上げて笑った。思わぬ主の反応に、書記の二人も口をポカンと開けている。

 ディーナは美しくも険しい表情を浮かべていた。ミシェルはこれまでの試験を思い返しながらゆっくり目を瞑る。



(もしかして、この方……)



 結局ルカは、ディーナの問いに答えを与えることは無く。

 ディーナとミシェルの二人を含めた八人が、最後の実技試験へ進めるとアナウンスされたのは、それから数十分後のことだった。

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