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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
王都に戻った魔女、幸せの意味を知る
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隣国からの来訪者

(こうして城内を歩くのも久しぶりだな)


 感傷的な気分に浸りながら、ルカは笑った。この2か月間、殆どの時間を自室に引き籠って過ごしていたので、生まれ育った城だというのに、随分余所余所しく感じてしまう。

 侍女や政務官たちが頭を下げて道を開ける様を、ルカは苦笑しながら見遣った。


(私はそんな風に頭を下げるべき存在ではないのに)


 そんなことを思いながら、ルカの心臓はチクチクと痛む。

 ルカの判断が皆を危険に晒したのだ。非難や罵倒をされても仕方がない。そう覚悟していたはずなのに、怖くて皆の顔がうまく見れなかった。


「ルカ様?」


 隣を歩くアランが怪訝な表情を浮かべる。

 事件の後も、アランとはある程度顔を合わせていた。とはいえ、こうして行動を共にするのは久しぶりだ。ルカの何かがアランに違和感を覚えさせているのかもしれない。


「どうかしたのか?」

「……いえ、何でもございません」


 アランはそう言って微笑むと、前を向いて歩き始めた。



「この度は急な訪問にもかかわらず、お目にかかる機会をいただき、ありがとうございます」


 青味がかった黒髪を持つ青年が、ルカと国王ヘリオスの前に跪いている。凛とした美しい声、無駄なく引き締まった肉体に、風格を感じさせる佇まいだ。

 王が顔を上げるよう伝えると、ルナリザーの第3王子――――エイダンがゆっくりと顔を上げた。

 金色の美しい瞳にスッキリとした目鼻立ち、自信に満ちたその表情は、これぞ王子と称賛したくなる風貌である。


(なるほど……兄たちにはあまり似ていないな)


 控えめにエイダンを観察しながら、ルカはそんなことを思う。

 先の会談で顔を合わせた彼の兄、第1王子のジェゾは、どちらかといえば影のある人物だった。けれど弟のエイダンは、どちらかといえば陽の印象が強い。側にいるだけでこちらの調子もあがるような、そんなタイプだ。


(とはいえ、今の私には少々キツイ)


 ルカの性質は彼ととても似ているように思う。けれどそれは、本来ならばの話だ。人は自分とかけ離れたものに出会った時、それを自分の一部として受け入れるか、拒絶し距離を置く。今のルカはどちらかといえば後者だった。


「ルカ様、身体の具合は如何ですか?」


 先程まで王と言葉を交わしていたエイダンだったが、今度は直接ルカへと問いかける。ルカは余所行きの笑みを浮かべながら小さく礼をした。


「えぇ……もうすっかり良くなりました」


 それは半分本当で半分嘘だ。

 背中の傷自体は、ほとんど塞がっている。余程無理をしない限りは問題ないだろう。

 けれど、ルカは未だ政務に復帰していない。婚約者のミシェルや側近のアランに仕事を任せ、自分は部屋に引き籠っている。


「それは良かった。さすが、完全無欠と名高いサンソレイユの王子、ルカ様は健在なのですね」


 エイダンはそう言ってニコリと笑う。ルカは思わず唇を尖らせそうになって、寸でのところで止めた。


(私のどこが完全無欠なんだ)


 その言葉が本当ならば、城を侵略されることも、背中に傷を負う等という失態も起こさなかったはずだというのに。

 自分は王子としての資格を持たぬものだ。そう本音を口にできたらどんなに良いだろう。

 実際ルカは、現国王ヘリオスの実子ではない。彼の従兄弟であるゲオルギオスと、ヘリオスの王妃であったセレーネとの間に出来た子だ。

 王の子として育ててほしいというゲオルギオスの遺言に基づき、王子として育てられはしたものの、本来王位を継ぐ資格はない。

 とはいえ、今対峙している相手は他国の王子だ。ルカの弱った姿を見せることは、即ち国の弱味を握られることに等しい。自分のせいで国や民が危険な目に合うのは、もう懲り懲りだ。ならば演技でも完璧な王子として振る舞うべきである。ルカは穏やかに微笑みながら、エイダンに礼を述べた。


「ルカ様とは一度、ゆっくりお話をしてみたいと思っていました。お母さまであるセレーネ王妃は、ルナリザー国王である我が父の妹――――ルカ様は私の従兄弟でいらっしゃいますから」

「――――そうか。エイダン王子はセレーネの甥にあたるのだね。なるほど……そういえば面影があるな」


 王は懐かし気に目を細めながら、ルカとエイダンを見比べる。ニコニコと屈託ない笑みを浮かべるエイダンに、ルカは何とも言えない居心地の悪さを感じた。


「はい。年も近いですし、互いにこれから国を率いていく立場です。これを機に仲良くしていただければ幸いです」


 エイダンはそう言って真っすぐにルカを見つめている。ルカは心の中で小さくため息を吐いた。




 広い廊下をエイダンと並んで歩く。謁見の間ではゆっくりと話ができないからと、場所を移すことになったのだ。


「美しい城だ」


 エイダンはそう言って朗らかに笑う。


「ずっと、そう伝えたかったんだ」


 王が側にいないからだろうか。エイダンの口調は、随分と砕けたものに変わっていた。ルカは心の中で首を傾げながらも、エイダンに礼を述べた。


「あっ、そうそう。俺は応接室なんて堅苦しい場所は好きじゃないんだ。話しをするのは君が普段使っている執務室が良いな。そっちの方が落ち着く」


 エイダンの言葉に、先頭を歩いていたアランが目を丸くする。目配せをしながら、ルカに判断を仰いできたため、『執務室に案内しても良い』と小さく頷いた。


「かしこまりました。それでは、ルカ様の執務室にご案内いたします」

「うん、そうして」


 アランの言葉に、エイダンは満足気に微笑んだ。


(なんだろう……何かが腑に落ちない)


 まるで自分の城を歩くような軽やかな足取りで、エイダンは歩を進める。

 王子の執務室となれば応接設備を備えてあるし、客を招くこと自体は可能だ。けれど、それを当の客人から、こんな形で依頼されるのは違和感がある。


「ねぇ、執務室には今誰かいる?」

「あぁ。ミシェル――――私の婚約者がいるはずだ」


 エイダンの問いかけに答えながら、ルカはひっそりと息を呑んだ。エイダンが先程までとは比べ物にならない程に、嬉しそうに口角を上げて笑っていたからだ。


「それは楽しみだな!あのルカ様の心を射止めた女性ですもの……さぞや美しい女性なんでしょうね」

「えぇ。ミシェルは誰よりも美しいし、素晴らしい女性ですよ」


 何故だろう。エイダンの言葉には嘘や偽り、それから下心があるようには感じない。本心からの言葉だろうと、そう思う。けれど、ルカの胸にはピリピリと痛みにも似た感覚が走った。


「結婚は3か月後でしたっけ?」

「当初はその予定でした。けれど、私の怪我や城の修復で、少し日程が先延ばしとなったのです」

「それはそれは……ルカ様も早く花嫁姿を拝みたいでしょうに、残念ですね」


 そう言って、エイダンはまるで我がことのように嘆いている。ルカにはそれが、演技や社交辞令で話しているようには見えなかった。


(一体何故?この男、よく掴めない)


 隙を見せてはならない。そう思うと、自然と佇まいも変わってくる。

 やがて3人は、ルカの執務室に到着した。


「あっ、ルカ様!」


 扉を開けるとすぐに、ミシェルが笑顔で出迎えてくれる。自然とルカの口元が綻んだ。


「もうお仕事は終わられたのですか?ルナリザーの王子様は……っと」


 ルカが状況を説明する前に、ミシェルはアランの後ろに控えたエイダンを見つける。それから急いで口を噤むと、勢いよく頭を下げた。


「もっ、申し訳ございません!私、大変失礼なことを……」


 申し訳なさそうに頭を下げ続けるミシェルの腰を抱きながら、ルカはエイダンをチラリと見る。許してやってほしい、そうルカから伝えるつもりだった。

 けれど、エイダンは目を細めて笑うと、ミシェルの目の前へ歩を進めた。


「大丈夫だよ。……良かった。元気そうで安心した。ずっと、心配していたから」


 エイダンの言葉に、ミシェルが恐る恐る顔を上げる。


(安心?心配?二人は知り合いなのだろうか)


 ルカの頭に疑問が浮かぶ。けれど、ミシェルは14歳になるまで、森から一歩も出ずに育った。当時を知る唯一の友人がクリスであり、その他にミシェルを知る人物はいないと言っていたはずだ。


(王都に来てから知り合った?)


 そんなことを考えるが、ルカの知る限り、ミシェルの交友関係の中にエイダンのような男性はいなかった。


(二人は一体……)


「トネール」


 ポツリとミシェルは呟きを漏らした。ルカは思わずミシェルの顔を覗き込む。

 ミシェルが口にしたのは、先日非業の死を遂げた、彼女の愛猫の名前だ。

 似たような猫でもいたのだろうか。そう思って、ミシェルの視線の先を辿っても、そこには一人の男性――――エイダンしかいない。


「ただいま、ミシェル!」

「…………っ、トネール!」


 気づけばミシェルはエイダンの腕の中にいた。ルカの心臓が不穏な音を立てて軋んだ。


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