Doors
話は少し前の時間に遡る。
「ルカ様、こちらです」
騎士たちの先導を受けながら、ルカは城の中を駆け抜ける。本来ならば数分足らずで行き来できるはずの本城が遠い。
(アランは……父上は無事だろうか)
窓から窺える限り、城に火の手は上がっていない。敵の狙いはあくまで政権を握ること――――引いては王族やそれに仕える人間を制することで、城は出来る限り残したい。そういうことなのだろう。
(つくづく愚かな一族だ)
眉間に皺を寄せ、ルカは息を弾ませる。
とはいえ、彼らに温情を与えたのは他でもない。ルカ自身だ。
本当ならば国を脅かす不安因子はすぐに排除すべきだというのに、思い切ることができなかった。それ故に王や城の人間を危険に晒してしまった。
それだけじゃない。もしも、こんなにも私欲に塗れ、愚かな男に政権を握られれば、民にも大変な影響を与えてしまう。均衡を保っている他国がこれ幸いと国境を越え、攻め入ってくる可能性だって高い。だから、ルカの判断は誤っていたと言わざるを得ないし、大きな失態だろう。
(私が片を付けなければ――――)
唇を真一文字に引き結び、ルカは前を睨みつけた。
「ルカ様!ご報告を!」
その時、反対側――ルカの向かう方角から走って来た一人の騎士が、声を上げた。眉間から血を流したその騎士はルカに並走し、息を荒げている。
「話せ!」
「はいっ。敵は百人余り、複数の部隊に分かれ、城を攻撃しています。脱獄した男がいると思われる本隊は、国王様の部屋へ攻め入っていますが、未だ扉は破られていません。陛下の部屋の中には元々就いていた護衛の騎士と合わせ、アランが駆けつけているものと思われます。また、現在扉の前及び城の複数個所で敵方と交戦中です」
「分かった。クリスの所在は掴めたのか?」
「いえ、未だ姿が見えません」
先を急ぎながら、ルカは小さく舌打ちをした。
(まずいな……)
クリスの存在は、形勢を一気に引っくり返す。
王は旧知の仲であるアーサーの子、クリスを信頼している。アランにも、ルカやミシェルが覚えた違和感を伝える時間はなかった。扉の前で交戦している騎士たちが、彼等にクリスのことを伝えるだけの余裕があるとは考えづらい。
つまり、騎士たちが制圧されてしまい、かつクリスが味方の振りをして近づけば、扉は開かれることになる。
「時間がない!お前たちは父上の元に迎え!」
「ルカ様は如何なさるのですか?」
騎士たちはルカの後ろを走りながら、険しい表情を浮かべている。
「私はクリスを探す!恐らくは父上の部屋からそう離れていない場所にいるはずだ」
「ルカ様一人では危険です!せめて私を側に置いてください!命に代えてルカ様をお守りします」
「ダメだ!王の居室が破られれば、こちらは負ける。今は一人でも多く、そちらに人を遣りたい。おまえ達が敵を制圧するか、私がクリスを確保するか――――そのどちらかが叶えば少なくとも最悪の状況は阻止できる!」
ルカの考え全てをゆっくりと説明するだけの時間が今はない。仕事とはいえ、今の状況に恐れを抱く者もいるだろう。けれど彼等は諾の意を返しながら、決死の表情を浮かべていた。
「それからもう一つ、私と約束しろ――――死ぬな!生き延びろ!ここにいる全員、無事で朝を迎えると誓え!」
ルカは拳を強く握り、声を張り上げた。
心臓がバクバクと鳴り、汗が噴き出る。不気味な程に静まり返った廊下を駆けながら、ルカは目を凝らし続けた。
複数個所で交戦中とのことだったが、今のところ敵の部隊とはかち合っていない。陽動が済んだことを理由として、敵が戦力を一ヶ所に集めている可能性もある。
(増援は間に合うだろうか)
平和な国だ。夜間の警備に回す騎士は極端に少ない。だから百人足らずの兵だとしても、城を脅かすに十分な脅威となってしまう。城に住み込みの者は別として、通いの者達を呼び寄せるには時間が掛かる。
ルカは首を横に振りながら前を向いた。今は不安を煽るようなことは考えない方が良い。
(もう一度ミシェルに会うことだけを考えろ)
自分にそう言い聞かせながら、ルカは拳を握った。今頃は無事に城を抜けた頃だろうか。最後に目にした、不安げな表情がルカの脳裏に過る。
やがて、王の部屋へと続く廊下へと差し掛かる。先程までの静けさが一転、人々の呻き声、鉄のぶつかり合う音が微かに聞こえる。ルカは他の騎士達を見送りながら深呼吸をした。
ここから先は何があってもルカ一人だ。小刻みに震える身体を制し、ルカは前を向く。
「ルカ様、どうか……どうかご無事で!」
騎士たちは一人、また一人と姿が見えなくなっていく。ルカも真っすぐに前を見据えながら、再び走り始めた。
王の居室に近く、クリスが潜んでいそうな場所は限られる。けれど、どこを探っても、クリスの姿は一向に見つからない。
(くそっ……何処だ?何処に隠れている?)
クリスの姿をしていても、思考が別人のものであれば当然行動は異なる。中々姿を見せない敵に、ルカの心は焦れ始めた。
(ここにもいない)
それは、本城の奥。王の居室とは真逆に位置する部屋へ、ルカが足を踏み入れた時だった。
「お待ちしていましたよ、ルカ様」
ルカの背後で、バタンと扉の閉まる音が聞こえた。




