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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
王都に戻った魔女、幸せの意味を知る
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公私混同

「ルカ様っ」

「状況を説明しろ」


 手早く身支度を済ませたルカは、騎士たちにそう命じた。普段は護衛の騎士が部屋の外に2~3人控えている程度だが、この騒ぎでルカの元に駆け付けたのだろう。今は10人ほどが集まっている。


「はいっ。爆発が起こったのは東塔と本塔の間です。渡り廊下が分断されたため、本塔側と連絡を取ることができません。今のところ東塔に敵方が攻め込んでくる様子がないため定かではありませんが、恐らく敵は先日脱獄した一味の者かと」


 顔見知りの騎士の一人がそう言って頭を下げる。


(お父さん……)


 トネールを抱き締めながら、ミシェルは息を呑んだ。

 本城には国王――――ミシェルの父親の居室がある。東塔よりも、国王のいるあちらの方が警備が手厚いはずだ。とはいえ、ミシェルの背筋に緊張が走った。


「アランは今どこに?」

「恐らくは本城に。ルカ様からの任務を遂行すると聞いて以降、姿を見ていません」

「そうか」


 ルカの任務とはジェーンの拷問のことだろうか。険しい表情のルカを見つめながらミシェルは身を乗り出した。


「あ、あの……クリス!クリスは…………」


 こんな時、本来ならば一番にルカの元に馳せ参じるであろうクリスの姿が、どこにも見えない。けれどルカはクリスのことを尋ねることも、気にするそぶりも見せなかった。


「クリスは……」


 ルカは苦し気に表情を歪めながら口を噤む。それから躊躇いがちに口を開閉しながら、ゴクリと唾を呑んだ。


「――――皆、次にクリスを見たら、こちらの陣営の者と思うな」

「……え?」


 騎士たちが次々に戸惑いの表情を浮かべる。思わぬ言葉に、ミシェルは心臓がつぶれるような心地がした。


「クリスは……今のあいつは、私たちの知っていたクリスではないかもしれない。確信はないが――――そう、思って用心してほしい」

「は……はい」


 躊躇いがちな返事を耳にしながら、ミシェルは下を向いた。


(ルカ様は確信がないと仰っているけど)


 ミシェルには分かった。ルカはきっと、不確かだと思うことを口には出さない。

 先ほど自身の感じる違和感をルカに伝えたミシェルだったが、それは自分一人では確信が持てなかったからだ。普段やり取りする中でクリスの口調や物腰、記憶におかしな点はなかった。けれど、根本的な部分――――これまで彼が大事にしてきたことが違うのは間違いない。少なくともルカも、ミシェルと同じように感じた、ということだろう。


(クリス……)


 誰かに身体を乗っ取られているのか、それとも彼自身が変わってしまったのだろうか。真相は分からない。


(クリス自身が変わってしまったなんて、想像したくもないけれど)


 どちらにせよ、ミシェルはクリスの変化に今日まで気づくことができなかった。それが悔しくて堪らない。瞳には涙が滲み、肩が震える。トネールが小さく鳴き声を上げながら、ミシェルの腕からピョンと飛び降りた。


「おまえたち二人はミシェルを安全な場所へ。必ず守りぬいて欲しい」

「はい、ルカ様」


 思わぬ言葉と肩を包みこむ温もりに、ミシェルが顔を上げた。


「ルカ、様……?」

「城は今、安全じゃない。ミシェルはここから離れて、どこか安全な場所に避難してほしい」


 ルカは穏やかに微笑むと、ミシェルをそっと撫でる。けれどミシェルは首を横に振りながらルカに縋りついた。


「嫌です」

「ミシェル……」


 困惑した表情のルカを、ミシェルはキッと睨みつけた。


「私は王室専属魔女です!城が――――ルカ様や国王様が危険な目に遭っているのに私が逃げるなんて、そんなことできません!」


 こうしている間にも、状況は悪化しているかもしれない。ルカだってきっと、すぐに現場に向かいたいだろう。けれどその気持ちは、ミシェルだって同じだ。


「早く行きましょう。私だってルカ様や皆さんのお役に立ちたいんです」


 そう言ってミシェルは走り出す。けれどルカはミシェルの手を引くと、力強く抱きしめた。


「なっ……!?」

「先に行け。私もすぐに後を追う」


 ルカの言葉にうなずきながら、騎士たちは一人、また一人と先へ進む。けれど少し離れた所に二人、馴染みの騎士が残っているのがミシェルには見えた。


「……私も行かせてください。ルカ様の、お役に立ちたいんです。初めてお会いした時――――採用試験の時に仰っていたじゃありませんか。王室専属魔女に必要なのは、そういう力だって。私、できます。ルカ様の力になれます。だから……」


 ポロポロと涙を流しながら、ミシェルがルカに訴えかける。けれどルカは首を横に振ると、ミシェルの背に回した両腕に力を込めた。


「ミシェルの気持ちは分かる。公私混同をしている、その自覚もある」


 ルカはそう言って、ミシェルの頬を伝う涙を優しく拭ってくれた。まるで今にも泣き出しそうな、そんな表情をしながらルカは笑う。その事実がミシェルの心を軋ませた。


「だけど、それでも……私はミシェルに無事でいてほしい」


 気づけばルカの身体は小刻みに震えていた。


「ルカ様……」

「お願いだ。ミシェル……いったん城を離れてくれ」


 ミシェルはルカを抱き返しながら、眉間に皺を寄せた。

 ミシェルにだって、ルカの気持ちが分からないわけではない。けれど、ルカがミシェルを大事に想ってくれるのと同じかそれ以上に、ミシェルだってルカのことが大事だ。傷つけたくないし、失いたくない。


「私のことは心配しなくていい。絶対にミシェルの元に戻る。戻って、ミシェルを世界一幸せな花嫁にする」


 ルカは膝を折り、ミシェルと目線を合わせると、真剣な表情でそう言った。


「それから先もずっと、ずっと……一生幸せにする。だから今は私を信じて託してほしい」


 ミシェルの瞳にはもう、涙はなかった。ルカを見つめ返し、唇を真一文字に引き結ぶ。


(本当は今だって、ルカ様に付いていきたい)


 けれどミシェルは、コクリと頷いた。ルカはほっとしたように笑いながら、もう一度ミシェルをきつく抱き締める。息が止まりそうな抱擁の最中ミシェルはギュっと目を瞑った。


(ルカ様……)


 夜明けはまだ遠いのだろうか。窓から光が差し込む様子はない。

 走り去るルカを見送りながら、ミシェルは己の拳をギュっと握りしめた。

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