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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
王都に戻った魔女、幸せの意味を知る
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Notice

(――――――まだ夜か)


 窓の外をぼんやりと眺めながら、ルカは再び目を閉じた。

 いつの間に眠ってしまったのだろう。そう思える程の心地よい幸福感に包まれ、ぐっすりと眠ってしまったのはほんの数時間前のこと。けれど身体はとても軽く、頭も恐ろしいほどにスッキリしている。

 数日前まではどんなに頑張っても、夜明けを迎えてから微睡む程度に眠るのが限界だったというのに、人間の身体は複雑且つ単純に出来ているらしい。


(ミシェルが側にいてくれるだけでこんなに違うんだからな)


 腕の中で気持ちよさそうに眠る婚約者を見つめながら、ルカは笑う。


(昨夜、あんなに涙を流していたから心配していたけれど)


 幸いなことに頬も瞳も腫れることは無かったようだ。ミシェルを起こしてしまわぬよう、そっと頬を撫でながらルカは目を細めた。


(それにしてもクリスの奴には腹が立つ)


 深々とため息を吐きながらルカは眉間に皺を寄せた。

 ミシェルの側にクリスがいなかったその経緯。それはルカにとって信じがたいものだった。


(まさかミシェルに手出ししてくるとは……)


 ミシェルを抱えなおしながら、ルカは歯を食いしばった。

 クリスがミシェルを想っていることは、魔女採用試験の時から分かっていた。ルカよりも余程早く、幼い頃から一途にミシェルを想い続けてきたらしい。

 けれどこれまで、クリスはミシェルの意に反することはしなかった。第一にミシェルの意思を尊重し、彼女がルカを選んで以降も、その幸せを守るために心を砕いてきたことをルカは知っている。

 だから、ミシェルが嫌がると分かっていて、彼女に触れるなど想像もできなかった。

 それに、あんな物言いに態度を取っているが、それでもクリスはルカに忠誠を誓っていた。仕事は至って誠実にこなしていたし、勤務が終わってからも勉学や鍛錬、自己研鑽に励んでいる。それにアランの話では、ルカのいない所では、彼や国への忠誠心、仕事への想いを熱く語っているらしい。


(なのにどうして――――)


 意味のない自問自答を繰り返しながら、ルカはため息を吐いた。

 聞かない、という選択肢もあったのだろう。実際ミシェルは、最後まで経緯を口にすることを渋っていた。世の中知らない方が良いことなど山ほどある。

 けれどルカは、そうはしたくなかった。

 ミシェルが苦しんだ理由が、ルカとジェーンの関係だけでないことは明白だったし、ルカが聞かなければずっと、苦しみに囚われ続けると思った。もしかすると、自責の念に押しつぶされていたかもしれない。だからルカは、自身の決断に後悔はない。


(恨みはするけどな)


 腕に力を込め、唇を尖らせながらルカは小さく唸った。

 とはいえ今、ルカの心は驚くほどに落ち着いている。

 まるで記憶を塗り替えるがごとく、ミシェルに触れたためなのか、はたまた何度も口にされた『好き』の言葉の威力なのか。あんなことがあったのにも関わらず、熟睡ができるほど、いや、我を忘れない程度には冷静だ。


(今頃クリスはどうしているだろうか)


 ルカはふと、そんなことを思う。

 クリスはミシェルに部屋を追われた後、ルカの執務室には現れなかった。何処へ行き、何を思ったのか。想像することしかできないけれど。


『あの時のクリスは何かがおかしかった……そう思うのです』


 その時、ルカの頭にミシェルの言葉が木霊した。先ほど事の顛末を聞き出したときに口にしていた内容だ。


『いえ……よく考えると、今日だけじゃありません。何時頃からか……クリスが私の知ってるクリスじゃ無くなってしまったような気がして』


 ミシェルがそう話してくれた時、ルカはまだ冷静さを欠いていた。彼女の言葉にしっかりと耳を傾けるだけの余裕は無かった。事実を受け止めつつ、苦しみを紛らわすだけで限界だったのである。


(よくよく考えてみると、ミシェルの言う通り……何かがおかしい)


 ルカはミシェルを起こしてしまわぬよう、そっと起き上がった。

 おかしいのはミシェルに手を出したことだけではない。以前のクリスならばきっと、ミシェルの部屋から出たとしても、そこから離れることはなかっただろう。

 それだけではない。

 今考えれば、ミシェルがいなくなった時のクリスは、取り乱す周囲を余所に、やけに冷静だったように思う。仕事そっちのけで探しに出るだとか、四六時中心配の言葉を口にするだとか、それがルカの思うクリスだ。そう言った行動がなかったわけではないが、どうにも違和感が拭えない。

 ミシェルが戻って来た時だってそうだ。政敵の脱獄があったからと言って、本来のクリスならばミシェルを一瞥もしない等考えられない。


(クリスが……クリスじゃない?)


 ルカの心臓がドクンと跳ねた。汗が吹き出し、身体中の血が騒ぎ始める。


(まさか……まさか…………)


 考えれば考えるほど、疑念は確信へと変わっていく。


(一体いつから?入れ替わっているとして狙いは――――)


『ジェーンはルカ様の側に置いたうえで泳がせましょう』


 ルカの頭に、今度はクリスの声が木霊した。

 ジェーンが間者であることは当然、側近であるクリスにもすぐに伝えられた。彼女は元々、王の元に留め置き、当分の間様子を見る予定だった。けれど、それに意を唱えたのがクリスだった。

 あの時はクリスの策略は妥当だと思ったし、ほんの数分前まで、全ては上手くいっていると考えていた。脱獄した男はすぐに捕らえられ、ルカはミシェルと無事に結婚をする。二人を脅かすものは何もなくなると、そう信じていた。


(けれど、もしも全てが仕組まれているとしたら?)


 ジェーンに握らせた偽の情報も、もしもクリスが‟あちら側”の人間だとしたら――――。

 その時。ドンッ、という大きな音とともに、城がグラグラと揺れた。


「…………っ!?」


 ルカは息を呑みながら、ミシェルに覆いかぶさった。窓を閉じていても漂う何かが焼け焦げるような匂い。爆発音は一度で鳴りやむことがなく、二度、三度と響き渡り、城を揺らし続ける。


「……なっ、何が起こっているのですか!?」


 ミシェルも目を覚ましたのだろう。ルカに縋りつきながら震えている。


(クリス……)


 ルカはミシェルを抱き寄せると、爆発音の聴こえた方を力強く睨みつけた。

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