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魔女と王都と金色の猫  作者: 鈴宮(すずみや)
引きこもり魔女、森を出る
8/98

魔女試験その2

(やはりこんなものか)



 ペラペラと羊皮紙を捲りながら、ルカはため息を漏らした。

 彼の手元にあるのは、魔女たちから回収した筆記試験の答案と、その結果を集計したものだ。



(事前に出題内容を通告していなかったとはいえ、これは酷い)



 眉間に皺を寄せながら、ルカは羊皮紙を机へ投げ捨てた。

 今回出題したのは魔術の知識を問うものや国語や算数といった基礎学力、それから社会常識や、論文といった内容だった。

 魔術に関する問題は流石、王室専属魔女志望。解けて当然……と言いたいところだったが、思いのほか正解率は低い。問題を作れるものがいないという理由で、二十年近く前の前回試験で使用した問題をそのまま出題したのだが、今と昔では教わる内容が異なるのかもしれない。出題側がそんな言い訳をしたくなるような試験結果だった。



(とはいえ、きちんと点が取れている者もいる)



 答案の一つを引っ張り出しながら、ルカは小さく首を傾げた。彼女の魔術に関する知識は、他の魔女と比べて群を抜いている。



(だがこの娘、社会で全く点が取れていないんだよな)



 控えめで美しい文字で埋められた答案用紙だが、社会に関する部分については書いては消し、書いては消し、といった軌跡が残っている上、そのどれもが全く的外れのことしか書かれていないのである。



(これではまるで、社会から隔絶されていたか、どこか別の国から連れてこられたかのようなレベルだ……)



 サービス問題で出した王国の歴史や現国王の名前ですらも不正解だった。他の分野でボロボロだった受験者たちが、当然に答えていた部分だ。



(しかし……)



 真剣な眼差しでルカが羊皮紙を見つめた。何故だかこの魔女が書いた文字が、解答が胸に引っかかって堪らない。



「失礼いたします。ルカ様、そろそろお時間です」


「ああ、今行く」



 家来の言葉に手短に答えると、ルカは悠然と立ち上がった。



(まあいい。あとは俺のこの目で見定めるのみ)



 ルカは真っすぐに前を見据えながら、部屋を後にしたのだった。



 賑やかな控室の中、ミシェルは一人項垂れていた。主を慰めようと、トネールが必死に頬を舐めるものの、あまり効果は得られずにいる。



「私、自分がこんなにも、ものを知らない人間だとは思いませんでした」



 誰に聞かせるでもなく、そんな言葉が口を吐いて出る。

 初めの方、魔術に関する知識は自分でも驚くほどにスラスラと筆ペンが走った。言語や数の計算だってきちんと解けた自信がある。

 けれど、ある一点に差し掛かった時、ミシェルはまるで知らない言語を読んでいるような、そんな気分に陥った。書かれている単語、意味すら、全く理解ができなかった問題が多数あったのだ。



「陛下の名前すら知らないのなんて、きっと私ぐらいです」



 そう口にしながら、ミシェルの瞳には薄っすらと涙が浮かび上がっていた。

 ミシェルの祖母は、読み書きや計算は教えてくれたしあらゆる書物を与えてくれた。けれど、こと社会情勢に掛かるものは一切ミシェルへと渡さなかった。



「これまで必要が無かったと言えばそれまでですが……わたし自身、クリスともそんな話はしませんでしたし」



 しょんぼりと肩を落とすミシェルは、傍から見ていてとても痛々しい。漂う悲壮感から、周りも憐みの視線を向けている。中には鼻で笑い飛ばすようなものもいたが、ミシェルには気にならなかった。



「皆さん、そろそろ時間なので席についてもらっても良いでしょうか? 」



 すると、いつの間に現れたのだろうか。広間の中央に、物腰の柔らかそうな男性が一人立っていた。先程、ルカの左後方に付き従っていた男性だ。

 思い思いに過ごしていた魔女たちは皆、すぐに与えられた席へと戻って行く。男性はニコリと微笑むと、魔女たちに目配せをした。



「これから面接に入りますが、一人一人ゆっくりお話をお聞きする時間はありません。数人一組になって面接を受けていただきますね」



 主君とは正反対の緩い口調で男は言う。先ほどまでの緊張感が緩んだのか、魔女たちはほっとしたような表情を浮かべていた。



「あっ、そうそう! 面接をするのはルカ様です。くれぐれも粗相のないようにお願いしますね」



 付け加えるように口にしながら、男の瞳がキラリと光った。魔女たちが途端に身体を強張らせる。



(先程までの穏やかな印象とは全然違いますね)



 柔和と見せかけて隙のない。王室に仕えるものというのは、やはり一定の強かさが必要なのだろう、そうミシェルは思った。



「では、最初のグループの皆さん、こちらへ」



 名前を呼ばれた数人の受験者たちが、別室へと連れていかれた。ミシェルはどうやら最後のグループに当たるらしい。しばらくは自由にして良いと告げられた。

 膝の上のトネールを撫でながら、ミシェルはふぅ、とため息を吐く。



(学も無ければ強さもないのでは、やはり務まらぬ世界かもしれませんね)



 トネールは何も言わず、真っすぐにミシェルを見上げていた。もの言いたげな瞳にミシェルは微笑む。まるで、『おまえならば大丈夫だ』と、そう言われているように感じられた。



「ありがとうございます。本当に、おまえは賢い子ですね。それにしても……」



 ミシェルはゆっくりと辺りを見回した。面接を待っている周りの魔女は何故か皆、鏡を片手に前髪を撫でつけたり、紅を塗ったりしている。ソワソワとは落ち着きなく、笑顔の練習をしているものもいた。



(あのルカって方は一体……)



 どうやら魔女たちをそうさせるのは、責任者であるルカに理由があるようだった。

 先程の休憩時間にも、控室ではルカの噂が飛び交っていた。ミシェルは遠巻きに眺めるだけだったが、「まさかお目に掛かれるなんて」だとか、「見初められたい」といった言葉が聞こえたのが印象的だった。

 あの美しさに加え身分まで高いならば、若い魔女たちが浮足立つのも無理はない。ミシェルには良く分からないことだが、本で読んだことがあったし、街でのクリスも少女たちから同じような崇拝を受けていたので、きっとそういうものなのだろう。

 それからどれぐらい待っただろう。ミシェルは他の魔女と共に、部屋を移るよう言われた。

 最後のグループの魔女はミシェルのほかに四人。皆自信に満ち、美しい魔女たちばかりに見える。



「私、浮いてますよね」



 思わずミシェルは小声でトネールに問いかける。

 その瞬間、目の前の赤毛の魔女がフンと鼻を鳴らして笑った。



(あっ、やっぱり)



 ミシェルは苦笑しながら、眉を八の字にする。トネールは赤毛の魔女を睨みつけながら、首をブルブルと横に振った。



「さぁ、着きましたよ」



 案内人はとある部屋の前で止まると、目を細めて笑った。意味ありげに輝く瞳が、ミシェルを品定めするかのように見つめている。そんな風にミシェルには見えた。



「では、皆さん頑張ってくださいね」



 魔女たちはいっせいに息を呑むと、案内された部屋へと入って行った。

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